家畜な日々
非現実:作

■ 〜そして家畜は悦ぶ〜9

震える足は確実に目的地へと向かっていた。
あと……数10m。
自由への時間も刻々と無くなっている。

りぃぃいいん…ちりいぃいん……りぃん。

(駄目だ……よ、もぅ…駄目ぇえ)
偽女子高生に扮した私の歩幅は小さい。
早く行きたいのに、それを許さない2つの鈴の音。
両手でスカートを抑えながら歩くものの、どうにも丈が短過ぎた。
眼前、オバサンの唖然とする視線……突き刺さる。
(ゃあぁ〜…できなぃ……)
前髪で顔を伏せながらオバサンの横を通り過ぎる。
私はそう……勇気を出さなければいけないのだ。
ここで一言を……。
私が自由を取り戻すチャンスはこの一時しかない。

筈なのに……。

(できなぃよぉ……)
想像以上の羞恥心、あまりにも酷だった。
格好はもとより、この臭いに心が折れた。
それはあまりに臭過ぎる。
それを放っているのが……私。
立ち止まれない。
(この臭い……私の…体臭じゃないのにぃ)
ご主人様は言った「家畜らしい臭い」と。
でも、私の境遇を知らない人達にしたら、この悪臭は私の体臭だと思うだろう。
身体を動かす度に自身でも背きたくなるこの悪臭に、私は決心出来ない。

(ぁっ!?)
足が止まる。
いつの間にか、目的地の証明写真は目の前だった。
辿り着いてしまったらチャンスは失われる。
そして、別の不安が頭を過ぎった。
証明写真の隣には飲み物の自動販売機があり、そこには2人の男女がいたのだ。
恐らくカップルだろう。
後ろに立つ私の存在には見向きもせず、何やら楽しそうに選んでいた。
私は振り向いた。
何食わぬ素振りの主様達が見える。
(ち、近いですが)
心の中で拒否してみる。
…… ……が。
携帯が振動した。
不安的中だ。
心のざわつきを抑えられないまま震える手で、黙って携帯を耳にあてる。

「丁度いいなぁ」
「……」
「家畜も喉が渇いただろう?」
「……」
「ふふ、返事は無しか……まぁいい」

今気づいた、喉がカラカラだった事に。
極度の緊張で身体は水を欲していたのだ。
(で……も、怖い……)

「隣に立って、ジュースでも買ってみろ」
「ぇと」
「そうだなぁ栄養ドリンクがいいな、買って来い」
「…… …… ……」
「返事はどうしたっ!」

急に語尾の荒い声が聞こえた。
(っぅぅ…うう!)
逆らう事は……出来ない。

「……は……ぃ」

羞恥心で荒くなった息を整える。
震える足を叱咤させて、私は一歩を踏み出した。


極限の恐れと限り少ない希望を胸に、女の人の隣に並んだ。
(言って……欲しい)
「どうしたの?」そう声を掛けて欲しかった。
自分では勇気が出せない、だけど声を掛けてくれれば言える気がした。
俯きつつ立ち止まり、その限り少ない希望を待った。

「んン?」
「くさぁ〜〜い、オナラしたでしょぉ〜?」
「バッカ、してねぇ〜よっ!」
(〜〜っ……はぅ!)

一瞬にして打ち砕かれた。
臭いの事を言われると、もう駄目になる。
もう速攻でジュースを買って逃げるしかない。
私は初めて自動販売機を見上げた。

「……っ!?」
「……」
「…… ……」

目が合ってしまった。
ボッと顔が羞恥で赤く染まり、身体が震える。
慌てた様子でカップルは目を逸らしたのだが、私の存在は奇特なのだろう。
普通の立ち振る舞いが普通ではなくなっている。

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