清めの時間2
ドロップアウター:作

■ わたしも耐えなきゃ……

 香帆は、夏服の白いセーラー服姿で、保健室の冷たい床の上に正座していた。そうするように、さっき私が命じたのだ。つい一月前に中学生になったばかりの少女だから、顔立ちといい体つきといい、かなり幼さを残していた。
 香帆という少女は、とても真面目でしっかりした子だ。大人しいけれど、成績は良く、教師に叱られることはほとんどない。
 私は、部屋のほぼ真ん中で、パイプ椅子に腰かけていた。そして、相手を見下ろす格好で、冷たく言った。
「痛いこと、するからね」
 何の罪もない十二歳の少女に、私は無慈悲に告げた。
「今からあなたの体を、全身打つわよ」
 香帆は、一瞬ビクッと体を震わせて、それから私を見上げた。そして、「全身、ですか……」と小さな声で言った。
 よく見ると、肩や上着の半袖から伸びる細い腕が、かすかに震えている。やはり、体を痛めつけられると知ったショックは大きいようだ。
 それでも、すぐに泣き出したりしない分、気丈な子だと思った。入学したばかりの一年生にとっては初めてのことだから、動揺して泣き叫んでしまう子も珍しくないのだ。
 元々物静かな子だから、これでも精一杯の反応かもしれない。それとも賢い子だから、廊下で並んでいる時に同級生が泣きながら部屋から出てくるのを見て、何か嫌なことをされると覚悟していたのだろうか。
「これはね、儀式なの」
 相手をなだめるように、私は柔らかい口調で言った。
「それに修業でもあるのよ。あなた達が、心と体を鍛えるためのね」
 香帆は、うつむき加減になって、しばらく何も言葉を返そうとしなかった。
 私は、構わず話を続けた。
「『清めの時間』といってね、うちの学校ではもう五十年近く続いている伝統なのよ」
「……はい」
 香帆は、ようやくか細い声で返事をした。
 部屋には担任の私の他に、養護教員の水本と医師の二人が待機していた。生徒の健康状態のチェックと、「傷の手当て」をしてもらうためだった。
 女性でまだ若い水本は、今にも泣き出しそうな顔になっていた。目の前で繰り返される光景が、彼女にとっては耐え難いのだろう。
 私もこの学校に勤め始めた頃はそうだった。だが、元々年下の同性に対して加虐癖のある私は、あっという間に『清めの時間』の魅惑に心を奪われてしまった。従順な少女達を、「修行」という名目で思う存分痛めつけることができるのだ。私にとって、これ以上の至福はなかった。
「青山さん、あなたなら分かるわね?」
「……はい、分かります」
「辛いだろうけど、我慢しなきゃダメよ」
「はい……」
 香帆は少しも反抗せず、素直な返答を繰り返した。それでも表情は硬く、声が震えていた。泣き叫んだりしない分、必死に不安を押し殺そうとする姿が、かえって痛々しかった。

 私は、少し相手の不安を煽ってみることにした。
「青山さん」
「はい」
「今、どんな気分?」
「えっ」
 香帆は、怪訝そうな目で私を見つめた。
「……どうして、そんなこと聞くんですか?」
「だって、痛いことするって言われても全然反抗しないし、何だか平気そうだから」
「そっ、そんなこと……ないです」
 香帆は、妙に慌てた口調で答えた。平気そうに見られると、余計に痛めつけられると思ったのだろうか。
 それから、また声をひそめて言った。
「怖いです、とっても……できるなら逃げ出したいです」
「正直な子ね。じゃあ……」
 私は、意地悪な質問をぶつけてみた。
「もし、先生が『あなただけ特別に逃げていいわよ』って言ったら、どうする?」
 返答に困ると思ったが、香帆は即答した。
「逃げません」
 きっぱりとした口調だった。
「どうして? 痛いの我慢しなきゃいけないのよ」
「はい。でも、自分だけ特別っていうの……嫌なんです。他の子も我慢してるなら、わたしも……」
 ふいに、少女の目から涙がこぼれた。
「あらあら、急にどうしたの?」
「ごめんなさい。さっき久美ちゃんに、『香帆ちゃんだけでも逃げて』って言われたんです。久美ちゃん、何があったのか全然言わなくて。抱いてあげたら、体すっごく熱くて。でも、みんな耐えてるのにわたしだけなんて……」
 そこまで言うと、香帆は堰を切ったように泣き始めた。
 香帆は友達思いで、よくクラスメイトの悩み相談に乗っていた。自分のことじゃなく、友達のことで泣くというのが、この子らしいと思った。
 「久美ちゃん」というのは、香帆と同じく私のクラスの生徒である。おっとりとした性格で、香帆とは一番の仲良しだ。
 久美も、ついさっき私に痛めつけられている。途中ひどく動揺して落ち着かせるのに手間取ったが、基本的にはずっと従順で、私を大いに楽しませてくれた。
 真面目な香帆は、「久美ちゃんが我慢したのなら、わたしも耐えなきゃ」と思っているらしい。ということは、香帆も久美と同様に、よほどのことがない限り従順にしてくれるだろう。

 ふふっ、この子も楽しませてくれそうね……

 私は一人、心の中でほくそ笑んだ。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊