清めの時間2
ドロップアウター:作

■ あと、どれくらい……1

「香帆ちゃん、逃げて」
 保健室から出てきた久美ちゃんは、そう言ってわたしの前で泣きました。わたしはそっと久美ちゃんを抱いて、肩越しに背中をさすってあげました。
 そうすると、久美ちゃんは「痛いっ」と小さくうめいて、体を揺すりました。
「あっ、ごめん。大丈夫?」
 久美ちゃんを慰めながら、わたしはとても怖くなりました。これから、何をされるんだろうって……
 「清めの時間」について、わたしはほとんど何も知りませんでした。担任の先生からも、前の日に「生徒の心をきれいにする時間」としか教えられてなかったのです。
 でも、嫌な予感はしていました。「清めの時間」は朝から始まって、最初の二人が保健室へ行き、一人が戻ってくると次の生徒が入れ替わりに教室を出ることになっているのですが、戻ってきた子がみんな涙ぐんでいたんです。
 休み時間になって、その子達に「何があったの?」と聞く子もいたのですが、口止めされているらしく何も答えませんでした。
 その時初めて、わたしは不安な気持ちになりました。
「……青山さん、入りなさい」
 扉の奥から、担任の先生の呼ぶ声がしました。
 わたしは、久美ちゃんの体から手を離して、微笑んでみせました。
「後で話聞いてあげるから。もう、行くね」
「いやっ、香帆ちゃんも嫌なことされちゃう」
「ごめんね。気持ちはうれしいけど……久美ちゃんも、みんなも我慢したんだから。わたしだって、耐えなきゃ」
「香帆ちゃん……」
「すぐ戻ってくるから。待ってて」
 久美ちゃんを振り切るようにして、保健室の扉をノックしました。
「……1年A組、青山香帆です」
「どうぞ、入りなさい」
 わたしは、不安な気持ちを押し殺して、扉を開けて中へ入りました。
「失礼します……」
 保健室には、担任の野田陽子先生と養護の水本先生、それに白衣姿の若いお医者さんの三人が待っていました。
 久美ちゃんの様子を見て、すごく嫌なことをされるんだと覚悟していました。正直、逃げ出したかったです。でも、わたし一人じゃないから、ちゃんと我慢しなきゃって自分に言い聞かせました。
「上履きを脱いで、上がりなさい。こっちに来て」
 野田先生は、部屋の真ん中辺りでパイプ椅子に座って、わたしを呼びました。
「はい」
 言われた通り、わたしは上履きのシューズを脱いで靴箱に入れてから、先生の所へ行きました。
「そこに正座しなさい」
「……はい」
 今度も指示に従うと、先生に見下ろされる格好になって、少し威圧される感じがしました。先生はきれいな女の人だけれど、とても厳しくて、生徒は誰も逆らいませんでした。わたしも正直、ちょっと怖かったです。
「最初に言っておくけど……」
 野田先生が、静かな口調で言いました。
「青山さんは、他の子より時間かかるから。申し訳ないけど、そのつもりでいなさいね」
「えっ」
 先生の言葉に、わたしは戸惑いました。

「どういうことですか?」
 声が少し震えました。
「入学する時、青山さんは隣の市から引っ越してきたでしょう?」
「はい」
「これから行う儀式は、心と体についたケガレを祓うためのものなんだけど……青山さんは他の土地からもケガレを持ってきてしまっているから、普通よりも念入りに儀式を行う必要があるのよ」
「そう、なんですか……」
 何だか自分の住んでいた所を悪く言われているみたいで、嫌な気持ちがしたのですが、うなずくしかありませんでした。
「……それじゃあ、青山さん」
「あっ、はい」
 先生に呼ばれて、わたしは顔を上げました。
「始めるわよ。心の準備はいい?」
「……はい、大丈夫です」
 急に息が苦しくなって、声がかすれました。
 野田先生は、何だか冷たく聞こえる声で、わたしに告げました。
「痛いこと、するからね」
 いやっ、そんな……
 予想してはいたけれど、やっぱり怖くて……わたしは一瞬言葉を失いました。

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