清めの時間2
ドロップアウター:作

■ あの、どうしても……1

 体の痛みは、時間が経ってだいぶ和らいできました。でも、乳房はしこりを押されてまだうずくから、右手で軽くさすっていました。
 野田先生に指示され、わたしは丸椅子に上がって立ちました。
 やっ……
 あやうく、声を上げそうになりました。左手にぬるっとした感触があって、股間が濡れていることに気づきました。
 誰にも言えないけれど、初めてではありません。
 一月くらい前、たまたま両親の帰りが遅くなって、わたしは家で一人テレビドラマを見ていました。その時、恋人同士がそういう色っぽい雰囲気になるシーンがあって……妙にドキドキして、気がつくとパンツが湿っていました。
 あの後、こっそり風呂場へ行って、パジャマの下を脱いでシャワーで洗いました。自分がいやらしい子になってしまった気がして、変な罪悪感がありました。なのに、その日のことを思い出すと、何度か同じように下着が濡れてしまいました。
 わたしの、一番見られたくなかったの……先生達にも、お医者さんにも、見られちゃったんだ。こんな、いやらしい……
「青山さん」
 野田先生に呼ばれて、体がびくっとしました。
「ちゃんと顔上げて、こっちを見なさい」
「あ……はい、すみません」
 言われた通りに、顔を上げて先生達の方を見ました。こういう格好でいると、どうしてもうつむきがちになってしまいます。裸を見られてるって、やっぱり意識しちゃうから。
「本来は、一年生の最初のうちは『お祓いの儀式』で終わりなんだけど」
先生は、感情のない声で言いました。
「でも、さっきも言った通り市外から引っ越してきた生徒は、一年生であっても『洗浄の儀式』まで行うのがしきたりだから。辛いでしょうけど、我慢しなさいね」
 わたしは、ただこくっとうなずきました。
「……はい、分かってます」
 他の子よりも時間がかかるということは、最初で知らされていたから、今さら何とも思いません。むしろ、友達が自分よりも嫌なことされる方が、辛いです。
 それに、どっちみちこの学校にいるうちは、いつか経験しなきゃいけないんです。ただ、もう痛いのは嫌だなって……
「『洗浄の儀式』というのはね」
 裸で椅子の上に立たされたまま、わたしは先生の話を聞きました。
「さっきの『お祓いの儀式』でケガレを全部落としたから、二度とそういうものが心と体に憑かないようにする儀式よ」
「はい」
「そのために、全身をきれいにするの。まずは……」
 ふいに、先生が人差し指で、わたしの下腹部をつんと押しました。
「『不浄の水』を、体から出さなきゃね」
「ふ…じょうの、みず……ですか?」
 始めは何を言っているのか分からなかったけれど、すぐ思い当たりました。
「あぁ……あの、おしっ……」
 言いかけて、気恥ずかしくなって口をつぐみました。
「言わなくていいわ。そうよ、オシッコしてもらわなきゃいけないの」
「……はい」
 先生に言い直されて、また顔が熱くなりました。でも、この後自分が何をさせられるか、まだちゃんと理解できていませんでした。
「あの、トイレで……してくるんですか?」
 わざわざ聞いてしまったのは、やっと服を着せてもらえるのかなって、少し期待したからです。この時は、トイレに行かされるとしか思ってなかったから。裸でいるのは恥ずかしいし、それにすごく寒いんです。
「何を言っているの?」
 先生は、冷たく言いました。どうしてそんな言葉が返ってくるのか、すぐには意味が分かりませんでした。
「尿検査じゃないのよ。今ここで、私達の見ている前でしてもらうわ。これも、儀式なんだから……」
 説明されて、やっと意味が分かりました。
「えっ、ここで……ですか?」
 つい、大きな声を出してしまいました。

 頭の中が真っ白になりました。胸がドキドキして、息が苦しいです。保健室に入って、全身痛めつけられるって言われた時よりも、ずっとショックでした。
 そんな、わたしはもう十二歳なのに。中学生にもなって、人前でこんな恥ずかしいことしなきゃいけないの……
 先生は、わたしの足元を指差して、当たり前みたいに指示しました。
「青山さん、膝を曲げてしゃがみなさい。和式トイレでオシッコする格好になって」
 その時初めて、椅子の手前にタライが置かれている理由が分かりました。でも、さすがにすぐ従うことはできません。だって……あまりにも恥ずかしいから。まだ、もう一度鞭で打たれる方がマシだって思いました。
「青山さん、何してるの?」
 そのまま動かないでいると、先生に注意されました。
「あっ……はい」
 すごく嫌だけれど……でも、拒否するのも怖いです。逆らうと、もっと辛い目に遭わされる気がしました。
 元々、わたし達の学校はとても厳しいんです。体罰も普通にあって、わたしは何度も、クラスメイトが些細な事で先生に殴られるのを見てきました。さすがに、何もしていないのに全員がこういう事されるとは思わなかったけれど。
「……あ、あの」
 でも、すぐ従うこともできないから、恐る恐る先生に聞きました。
「えっと……どうしても、ここでしなくちゃいけないんですか?」
 声が震えました。
「無理だって言うなら、外でしてくる方法もあるわよ」
「えっ」
 あっさり言われて、少し戸惑いました。もちろん、ほっとする気にはなれません。代わりに何をさせられるか……もっと恥ずかしいことかもしれないと思ったから。
「トイレでする時はね……」
 先生はそう言って、ふいに保健室の扉の所へ行きました。それから、ふいに扉に手をかけて、少し開けました。
「きゃぁっ!」
 ほんの数センチだったけれど、今の格好を外の人に見られると思って、わたしは声を上げました。
「裸のまま、外に行ってもらうことになっているの。儀式の途中で服を着てしまうと、せっかく落としたケガレをまた吸い寄せてしまうから。それにね……」
 扉を閉めて、先生はわたしの所に戻って来ました。
「尿をちゃんと出したか分かるように、タライに入れて保健室まで運んで来なきゃいけないの。過去に何人か、儀式の途中でお腹が痛くなって、仕方なくトイレに行かなきゃいけなくなった子がいたんだけど……他の子に見られて、みんな泣いてたわ」
 わたしは、何も言えなくなってしまいました。予想してはいたけれど、こうして聞かされると、目の前が真っ暗になった気がしました。
 やっぱり従うしかないんだって、わたしは悟りました。
「さぁ、どうするの?」
 先生は、静かな口調で言いました。その視線が怖くて、わたしはうつむきました。
「そのタライを持って、外へ行ってしてくるか。それとも、最初に言った通り部屋でするか。どっちにするか、自分で選びなさい」
 すぐには答えられませんでした。どっちみち、すごく嫌な事です。これからさせられると思うと、泣きたくなりました。でも、どうすることもできません。
 覚悟を決めて……うつむいたまま、わたしは言いました。
「ここで、します。あの、保健室で……」
 すごく惨めな気分でした。

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