清めの時間2
ドロップアウター:作

■ 「ごめんなさい」1

 目が覚めた時、わたしはバスタオルを体に巻かれ、保健室のベッドに寝ていました。
 ぼやけた目で壁の時計を見ると、もうすぐ一日の最後の授業が始まる時間になっていて、びっくりしました。あれから二時間近くも、気を失っていたみたいです。
「よかった。目が覚めたのね」
 横を向くと、養護の水本先生が椅子に座っていました。
「だいぶうなされていたけど、大丈夫?」
「はい……くぅっ」
 起き上がろうとするけれど、体に力が入りませんでした。全身が、まだ痺れているような感じです。
「ああ、無理しないで」
 先生が、わたしの背中に手を添えて、助け起こしました。
「すみません……」
「いいのよ。気分悪くない?」
「はい、もう大丈夫です。あっ……そうだv
 ふと、大事なことを忘れていたのに気が付きました。
「久美ちゃんは? さっき来た子、どうなりましたか?」
 あの時、だいぶ意識が朦朧としていたけれど……久美ちゃんが保健室に飛び込んできたことだけは、はっきりと覚えています。
「邪魔したからって、すごい怒られなかったですか? 叩かれたりとか……」
 ばかな子。わたしなんかのために、あんな無茶しちゃって。散々泣かされて、また罰されるかもしれないのに……うれしかったけれど、なおさら心配です。
「落ち着いて、青山さん」
 先生が肩をつかんで、わたしをなだめました。
「あの子なら大丈夫。今頃、教室に戻っているわ」
 そう言って、先生はわたしの膝をぽんと叩きました。
「注意はされてたけど、青山さんが心配するようなことは何もなかったから。安心して」
「本当ですか? よかったぁ……うぐっ」
 安堵して、胸元を押さえる仕草をすると、そこが鈍く痛みました。
 乳房を何度も刺激されたせいで、少し腫れていました。その部分はほんのりと赤くなっているくらいで、あまり目立たないのが幸いです。
 右手でさすると、先生に氷袋を手渡されました。
「これで冷やして」
「あっ、ありがとうございます」
 タオルの結び目を外し、氷袋を胸元に差し込むようにして、乳房に当てました。そうすると、痛みがだいぶ和らぎました。
「……冷たい。すごく気持ちいいです」
「そう、よかった。でもごめんね、素っ裸のまま寝かせちゃって」
「あっ、いえ」
 素っ裸と言われて、ちょっと顔が火照りました。「清めの時間」と合わせて、三時間近くも服を着ていないんだって思うと、さすがに恥ずかしいです。
「せめて、下着だけでもと思ったんだけど。あの後すぐ、他の子を始めないといけなかったから」
「そんな……平気です。これぐらい」
 少し強がりました。幸い、今は男の人の目もなくて、タオルを許されているから……そんなに動揺はしません。
 水本先生には、それまで何度も手当てしてもらっていました。
 特に入学したばかりの頃、初潮が始まって体調を崩しがちだったので、よく保健室に来ていました。そんな時、先生にとても親切にしてもらって、本当に助かりました。
 先生は、すごく優しい人です。だから、先生が「清めの時間」に立ち会っていることに、わたしは複雑な気分でした。
 少しほっとするけれど、先生が辛そうな顔をしているのを見ると、わたしも切ない気持ちになりました。「水本先生は何も悪くないから、気にしないで下さい」って言いたかったです。段々、そんな余裕もなくなっていったけれど……

 水本先生が椅子から立って、カーテンの仕切りを開けました。
「青山さん、ちょっとこっち来て」
「はい……」
 わたしがタオルをぎゅっと押さえて、ちらちらカーテンの向こうを見ると、先生はにこっと笑いました。
「大丈夫よ。今、他に誰もいないから」
「あっ、そうなんですか」
 氷袋は持って、先生の後に付いて行くと、部屋の奥のシャワー室に連れて来られました。
 なぜか、三脚に載ったビデオカメラが、シャワー室を映すように置かれています。何だろうと気になったけれど、先生に指示され、わたしは中へ入りました。
 先生は、わたしから氷袋を預かって、その後ドアを開いた状態に固定しました。
「あの、これは……」
 カメラを向けられているのが変な感じで、わたしは先生の顔を見上げました。
「ごめんね。最後にやってもらうことがあるの」
 先生は口をすぼめて、すまなそうに答えました。
「儀式ではないんだけど、『清めの時間』が終わる時の決まり。カメラに向かって、言ってもらうことがあって」
「えっ、何を……ですか?」
 少し声が震えました。いくら女の先生とは言っても、バスタオル一枚の格好を撮られるなんて、恥ずかしいです。しかも、それだけで済まないかもしれません。
「まずは、自分の意思で『清めの時間』に参加したんだという確認。それと、今日のことは誰にも言わないっていう約束ね。あと、参加した感想も少し言ってもらえるといいかな」
「でも、言わないですよ。誰にもわたし……」
 あんな恥ずかしいこと、人に話すなんて頼まれてもしないです。
「そういう決まりなの。分かって」
 悲しそうな顔で先生が言うので、わたしは何も言葉が返せませんでした。
「それとね、青山さん……」
 先生は、今度はもっと言いにくそうに告げました。
「タオル、取ってもらうからね」
「ええ……」
 やっぱりって思いました。散々辱められたので、これぐらいじゃ驚きません。もちろん、嫌なことに変わりないけれど……
「あの、これ……誰かに見せるんですか?」
 どうしても気になって、先生に聞きました。
「うん、あのね……次の『清めの時間』までに、係の先生達で一通りチェックしなきゃいけないの。どの子がどれくらい耐えられるか、知っておかなきゃいけないしい」
 とても歯切れ悪く、先生は答えました。
「でも、チェックが済んだら消去することになっているから。少なくとも、部外者に見られることはないからね」
「……そう、なんですか」
 わたしは、案外たくさんの人に見られてしまうかもしれないと、覚悟しました。野田先生とか女の人なら、まだ我慢できるけれど……男の人に見られるなんて、考えるだけで憂うつになります。
「あ、あとね……ポーズいくつか取ってもらうから」
 カメラの高さを調節しながら、先生は説明を続けました。
「始める時みたいにお辞儀と、体操の動き。体育座り、それに開脚とブリッジ……恥ずかしいけどね」
 そう言われて、ますます追い打ちをかけられる気分でした。指示された通りにすれば、恥ずかしい部分をまともに見られてしまいます。先生も分かっているけれど、仕方なく言っているはずです。
「ほんと、ごめんなさい」
 また、先生はわたしに謝りました。
「青山さんにばかり、辛い思いさせちゃって。何も助けてあげられなくて」
「あの……もういいんです。先生、何も言わないで下さい」
 そんなふうに謝られると、いたたまれない気持ちになります。辛いのは他の子達も、それに先生だって一緒です。
「その代わり、きれいに撮って下さいね。十二歳の記念です」
 おどけたつもりだったのに、上手く笑えませんでした。
諦めるしかありません。どの子もみんな、裸を撮られたんです。それならわたしも、同じようにされます……今日は何度も、そう自分に言い聞かせました。

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