清めの時間2
ドロップアウター:作

■ ずっと一緒に……1

 ポーズをやめるのを許された時、わたしは泣いていました。もっと嫌なことも色々されたのに、ばかみたいです。
 しばらく仰向けになって、ぼんやりと天井を眺めていました。すると、水本先生が白衣とストッキングを脱いで、シャワー室に入ってきました。
「おいで。背中流してあげるから」
 先生に優しく言われ、わたしは涙を拭いて起き上がりました。
「……すみません」
「いいから。こっち来て」
 わたしが壁の前に立つと、先生は肩の辺りから、シャワーのお湯をかけました。
「熱くない?」
「いえ、ちょうどいいです……」
 時々腫れている部分がしみたけれど、丁寧に女の人の柔らかい掌でさすってもらえるから、とても気持ちいいです。お尻まで同じようにされて、どきっとしたけれど……
「前も、洗ってあげる?」
 背後から、先生がわたしの胸から下をのぞき込んで、ささやくみたいに言いました。
「……あの、自分でさせて下さい。恥ずかしいです」
 そう答えると、先生はくすっと笑いました。
「恥じらい方、女の子っぽいね。どうぞ」
「ありがとうございます……」
 先生からシャワーを受け取り、わたしは自分で体を洗いました。その間、先生はお湯がかからないように、離れた所に立っていました。
「ねえ、青山さん」
 ふいに先生が、切なげな表情で言いました。
「……はい?」
「どうして、あんなに従順だったの?」
「えっ……」
 唐突に聞かれて、戸惑いました。答えるのが嫌ではなくて、何て言ったらいいのか上手く説明できないです。
「んと、どうしてだろう……」
 確かに、わたしは何をされても逆らいませんでした。もちろん平気だったわけじゃありません。できることなら、今すぐ逃げ出したいって何度も思いました。
「あの、色々……です」
 それだけ、やっと言えました。
「やっぱり、みんなされるのは一緒だから……わたしも逃げちゃいけないって思ってました。あと、正直……野田先生が怖くて」
 話しながら、わたしはシャワーのお湯を止めて、先生がドアの所に置いていたバスタオルを取りました。
「それと……わたし、すぐ諦めちゃうから」
 バスタオルで体を拭きながら、自然と苦笑いが浮かびました。
「小学校の時、よく男子とかにいじめられてたせいかな。仕方ないよねって思っちゃうんです。かなうわけ、ないんだから」
「青山さん、優しいから。そういう女の子って、どうしても意地悪されちゃうもんね」
「そうですか? 内気なだけですよ。口下手だし……」
 ひょっとして先生も、わたしと一緒で子どもの時いじめられてたのかなって、ふと思いました。だから、先生には……辛かったこと何でも話せる気がしました。
「今日だって、クラスの子達みんな、泣いて帰ってきたんです。わりと活発な子までそうだったから。自分なんか、どうすることもできないし……拒んでも、どうせ同じことされるなら、最初から全部受け入れようって」
 目が覚めた時と同じように、バスタオルを体に巻きながら、ついため息が漏れました。
「あっ、ごめん。嫌なこと思い出させちゃったね」
 先生はそう言うと、わたしの傍に来て、頭をぽんと撫でました。
「いえ、もう……平気です」
 少し強がったけれど、自然と涙がこぼれました。先生の言った通り、本当に……すごく嫌だったから。たぶん、ずっと忘れられないと思います。
「でも、青山さんって強い子ね」
 ふと、先生はわたしの肩に手をかけて、優しく抱き寄せました。
「初めてでこんな辛いこと、よく耐えてたもの」
「まさか、全然。だって……泣いちゃったじゃないですか。最後の方はもう限界で、倒れちゃったし」
 そう答えた後、また涙が止まらなくなりました。

「あっ……」
 保健室を出て、少し驚きました。廊下で仲良しのクラスメイトが、三人でわたしを待っていてくれたんです。
「香帆、すごく心配したんだよ。倒れたって聞いて」
「ちゃんと生きてて、よかったぁ。かわいい香帆ちゃんのまんま」
 みんな口々に言うから、苦笑いが浮かびました。
「……大げさだよ、そんな」
 久美ちゃんも、その中にいました。始めは二人の後ろにいたけれど、いきなり……抱きつかれました。
「ちょっと、久美ちゃん……痛いよ」
 あんまり強く抱きしめられたから、まだ腫れている部分が少しうずきました。でもうれしくて、わたしは久美ちゃんの三つ編みの髪を撫でました。
「この子、本当に香帆のこと大好きだもんね」
 久美ちゃんと同じバレー部の早苗ちゃんが、そう言って笑いました。
「さっきも、『香帆ちゃんが死んじゃう』とか言って、周りの子が止めるのに教室を飛び出していったもんね」
「そうだったんだ……ごめんね、久美ちゃん」
 わたしが謝ると、久美ちゃんはまだ肩にしがみついて、こくんとうなずきました。ふと見ると、泣き出してしまっています。
「久美、香帆は疲れてるんだから。それ以上甘えちゃダメよ」
 千草さんという大人びた感じの子が、久美ちゃんを軽くたしなめました。
「いいよ、千草さん」
 わたしが言葉を挟むと、千草さんはこっちの方を向きました。
「香帆、あなたも優しすぎるから……ああやって何時間も酷いことされたんじゃない」
 言い方とは逆に、千草さんは優しくわたしの顔に手を当てました。
「香帆のことだから、先生達に何されても抵抗しなかったんでしょう? それをいいことに、好き放題……倒れるまでするなんて」
「もう、いいから……千草さん」
 いたたまれなくなって、口調がちょっと強い感じになってしまいました。
「……今日は、みんな傷ついたんだし」
 小声で言うと、三人とも悲しそうな顔で、揃って首を縦に振りました。

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