清めの時間
ドロップアウター:作

■ 1

 バカだよね、わたしって。これからすることを決めた今でもそんなふうに思います。
 わたしは、本当にバカです。逃げ出すこともできるのに、自分からわざわざ苦しいことを選ぶなんて。もしかしたら、バカじゃなくて、マゾかもしれません。

 六月も半分が過ぎていました。あの朝、わたしは教室の自分の席で本を読んでいました。
「玲ちゃん」
 少し遅れて登校してきた恵美ちゃんが、周囲を見回しながらひそひそと話しかけてきました。
「どうしたの?」
 恵美ちゃんは、クラスで一番仲の良い友達です。入学式の時から気が合って、それからよく一緒に過ごすようになっていました。
「あのね、えっと……今日の『清めの時間』、参加するの?」
 「清めの時間」というのは、今日から三日間、午後の授業を使って女子生徒だけが参加する行事のことです。一日目の今日は、わたし達1年生が参加することになっていました。
「……ちょっと待って」
 わたしは席を立って、恵美ちゃんを廊下に連れ出しました。特に男子には、聞かれたくない話だったから……。
「参加、するよ」
「えっ、どうして」
 恵美ちゃんは驚いて、声を上げました。
「玲ちゃん、『清めの時間』にどんなことされるのか、知ってるんじゃなかったの?」
「知ってる」
「じゃあどうして……玲ちゃんは、参加しなくてもいいのに」
「それも、知ってるよ。養護の先生に、教えてもらったから」
 一昨日、わたしは保健室で養護の先生から、「清めの時間」のことを聞いていました。
 それが、どれだけ過酷で、屈辱的なものなのかを……。

   ※

 私は、とある山のふもと町の中学校に勤める養護教諭だ。
 あれは、その日の二日前のことだった。昼休み時間、私が保健室で書類整理をしていると、一人の女子生徒が訪ねて来た。北本玲という名前の1年生だ。身体測定、内科検診と顔を合わせているから、見覚えがあった。
 学生らしいショートボブのよく似合う、真面目そうな少女だった。体つきは小柄で華奢だから、性格はおとなしそうに見えるけれど、話し方は意外にはきはきしている。
「聞きたいことが、あるんです」
 少しだけ表情が曇ったように見えた。
「あの、明後日の午後にある……『清めの時間』って、何をするんですか?」
「えっ、あなた……玲さんは、知らないの? ああそっか。あなたたしか、この四月にこの町に越してきたばかりだったわよね」
「はい。担任の先生に聞いたら、学校のじゃなくて、この町の行事というか、風習みたいなものだって。一応、この地方の伝統だから、参加しなきゃいけないんだって。でも、先生も詳しいことは教えてくれなかったんです」
 そりゃあそうだろう。男性教師が女子生徒に気軽に話せる内容ではない。
 私は、まずその風習の由来を説明することにした。
「昔ね、若い娘が男達に乱暴されて、殺されたの。その後、その娘と同じ年頃の少女達が、原因不明の病気にかかって次々に死んだらしいの。それが、その娘の祟りじゃないかって話になって、その祟りから逃れるために、この地方では、11から15までの娘は、三ヶ月に一度、この近くにある山の泉で体を清めなきゃいけなくなったの」
「……その娘さん、可哀想ですね」
 表情を曇らせて、玲はつぶやいた。
「玲さん、何だかとても……不安そうね」
 そう言うと、少女はこくんとうなずいた。
「友達に、このことを聞いたら、すごい暗い顔をして……だから、何か嫌なことでもされるのかなって、それで私、怖くなって……」
 この子、いい勘してるわね。私はそう思って、本当のことを話すことにした。
「じゃあ教えてあげる。でも、ちょっと辛い話かもしれないから、覚悟して聞くのね」
「は、はい……」
 玲は、一層不安げな顔になった。

 その表情に、私はサディスティックな欲望をかき立てられた。



 あれから二日が過ぎ、ついにこの日を迎えた。
 「清めの時間」は、今日から三日間に渡って実施される。今日は1年生の2クラスが参加する日だ。そう、あの女子生徒のいる……。
 昼休み時間になって、生徒の体調管理のため付きそうことになっている私は、準備を始めた。
 あの子は、どうするのだろう。玲という少女の、あの繊細で真面目そうな顔を思い浮かべて、私は楽しみになった。

「裸になるのよ」
 あの時、私がそう告げると、玲は体をビクッと揺らした。
「裸になって、泉の前で、全身を見られる恥ずかしさに耐えるの。それが死んだ娘への供養になるってわけ」
 玲の顔は、みるみる青ざめていった。
「その後、泉に入るんだけど……その前に、体についたけがれを落とすの。その時、体の色んなところを拭いてもらうのよ。恥ずかしいところもね。かなり強く拭かれるから、ちょっと痛いと思うけど。たぶん私と、あなた達の担任に」
「えっでも、担任の先生は、男の……」
「仕方ないのよ、それが決まりなんだから。女だけではけがれは落とせないって」
「そんな……」
「でも安心して。その場に立ち会うのは、養護教諭の私と担任だけだから。儀式の最中は、それ以外の人間は入れないようになってるの。ああでも、それでも、あなた達にとって屈辱的なことには、変わりないけどね」
 玲は、自分がそうされる場面を想像しているのか、黙りこくってしまった。
「でもね」
 私は、助け船を出すことにした。
「でも、あなただけは参加しなくてもいいのよ」
「えっ、どうしてですか?」
「あなたはこの町に越して来たばかりなんでしょう? この風習はこの町だけのものなんだから、自分はこの町の人間じゃないって言えば、参加しなくてもすむのよ」
「そう、なんですか……」
 玲は、少しほっとしたような顔をした。
 その表情を、すぐに曇らせることを知った上で、私は言った。
「でも、一つ条件があるんだけどね」
「条件、ですか?」
「うん。それはね……」

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