清めの時間
ドロップアウター:作

■ 3

 午前中の授業が終わると、担任の先生が、1年生の女子は昼休み時間のうちに体操服に着替えて、玄関の靴箱の前に集まるようにと言いました。
 昼休み時間になって、わたしは体操服に着替えました。いつもは体育館の更衣室でクラスの子達と一緒に着替えるけれど、この時は一人になって、トイレで着替えました。
 恵美ちゃんがわたしのことを心配していたので、顔を合わせるのがつらかったのです。
 玄関に行くと、もうほとんどの生徒が集まっていました。この学校は各学年二クラスしかないので、1年生の女子はせいぜい三十人程度しかいません。
 わたしと同じクラスで、わりと仲の良い子達は、わたしを見ると少しびっくりしたような顔をしました。一人の子に、「玲ちゃん、来たんだ」と言われました。本来は参加する義務のないわたしがここに来たことが意外だったのかもしれません。
 押し黙っている子が多いので、重苦しい雰囲気でした。笑っている子もいるけれど、どこか無理をしているように見えました。これから自分達が何をされるのか、みんなよく分かっているのです。

 午後の授業が始まる五分前くらいになって、養護の先生と、わたし達のA組、それからB組の担任の先生がやって来ました。
「全員そろっているわね? そろそろ時間だから、出発の準備を始めるわよ」
 養護の先生が呼びかけました。
 急に、胸の鼓動が速くなってきて、わたしは息が苦しくなりました。
 ああ、もう逃げられないんだ。これからつらいことに、耐えなきゃいけないんだ。怖い、怖いけど、わたし、がんばらなきゃ。耐えるんだって、自分でそう決めたんだから……。
 胸元に両手を当てて鼓動を落ち着かせながら、わたしは自分にそう言い聞かせました。

   ※

 体操服姿の少女達の集団が、二列になって舗装されていない砂利道を歩いている。半袖の白いシャツが学校を出た時から降り始めた雨に濡れて、生徒達の下着がうっすらと透けてしまってた。
 少女達の多くは歩きづらそうだ。痛そうに顔をしかめている者もいる。当然だろう。女子生徒達は、学校を出る時に靴と靴下を取らされて、素足で砂利道を歩かされているのだから。
 素足で目的地に行かなければならないのも、儀式の決まりらしい。足の痛みに耐えることが、死んだ娘への供養になるそうだ。だが、そんな胡散臭い由来などどうでもいい。私はただ、少女達が苦しむ顔を見たいだけなのだから。
 私はなぜか、特に年下の同性に対してそんな欲望を抱いてしまう。少女が痛めつけられ、辱められ、もだえ苦しむ。そんな痛々しい姿こそが、少女の最も美しい姿だと思うのだ。
 そう、私はサディストだ。私はもはや、狂ってしまっているのだ。もちろん、この奇妙な風習に接するようになってから。当然のように少女達を辱め、苦痛を与えるこの風習と関わりを持つようになってから、私は理性の蓋をこじあけられて、心の奥底に閉じ込めていた欲望を解き放ってしまったのだ。
 あの少女は、まだそのことを知らない。
 養護教諭の私は、引率者として少女達を先導していた。あの少女は、玲は、列の後方にいる。時折振り返りながら様子をうかがってみると、玲は視線を斜め下に傾けて、唇をきゅっとかたく結んでいた。
 その姿は、どこか痛々しかった。これから自分が受ける辱めと苦痛の大きさを十分に理解した上で、それでも耐えるべく覚悟を決めようとしているのだろう。
 ふふっ、やっぱりあの子、私の期待どおりすごくいい子ね。
 私はますます楽しみになってきた。この少女に、辱めと苦痛を与えることが。

   ※

 周囲を見渡してみると、わたし達が歩かされている砂利道の右側に山の斜面があって、崖のようになっていました。左側は、少し遠いところに住宅がぽつん、ぽつんとあるだけで、あとはただ雑草が伸び放題の原っぱでした。
 学校を出てから、五分くらい過ぎたでしょうか。養護の先生が、砂利道の左手の空き地に入るように先導したのです。
 少しほっとしました。砂利道は小石がたくさん転がっていて、足が痛かったのです。
 雨が、少し強くなってきています。体操服の白いシャツが濡れて、ブラジャーが透けてしまっていました。恥ずかしい……そう思ったけれど、すぐに思い直しました。

 どうせ、この後、全部見られてしまうんだから…………。

 空き地に入ると、生徒はA組、B組一緒に、横に十人ずつ、縦三列に並ばされました。背の低いわたしは、一番前の列に体育座りさせられました。
 何だかクラスの集合写真を撮る時みたい、そう思ったら、わたし達A組担任の男の先生が、本当にカメラを用意していました。最近ほとんど見かけない、すぐその場で写真が現像できるタイプのカメラでした。
 何で写真なんか撮るんだろう。そう思っていると、隣にいた同じクラスの美佐という子が「写真を撮るのは、あたし達に直接災いが降りかからないように、写真に死んだ娘の祟りを引き受けてもらうようにするためだって。昔は清めを受ける子をかたどった人形を作ったらしいんだけど、手間がかかるから」と教えてくれました。
「……じゃあ、撮るよ。みんなこっち見て」
 先生は、シャッターを三回切りました。笑ったり、ポーズを取ったりする生徒は一人もいませんでした。
 わたしは、担任の先生がシャッターを切り終わった時、下着が透けた格好を撮られてしまったことが気になっていました。
 でもそのすぐ後、わたしはそんな些細なことを気にしていたことを、後悔しました。
 養護の先生が言いました。
「みんな、まだその場から動かないで。これから、最初の儀式を始めるわよ」
 養護の先生が言いました。
 最初の儀式? 儀式は、山に入って泉の前でやるんじゃなかったの?

「脱ぎなさい」

 わたしは一瞬、先生の言葉が理解できませんでした。
「その場で、体操服のシャツと短パンを脱いで、ブラジャーをしてる子はブラも取って」
 養護の先生の指示で、周りの子が言われたとおりに服を脱ぎ始めたので、わたしはようやく何を言われたのか理解できました。
 えっ、もう……脱ぐの? まだ山の中に入ってもいないのに、こんな外で……そんなの、そんなの…………。
 激しく動揺しそうになりました。深呼吸をして、何とか落ち着こうとしました。
 わたしのばか、これぐらいで……これぐらいで動揺しちゃだめじゃない。これから、これからもっと、恥ずかしいことされるんだから。逃げることなんて、もうできないんだから…………。

 そう言い聞かせて、わたしは……雨に濡れたシャツの裾に両手の指をかけて、思い切り引き上げました。

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