清めの時間
ドロップアウター:作

■ 4

「脱ぎなさい」
 私は、威圧を込めた言い方で女子生徒達に命じた。
「その場で体操服のシャツと短パンを脱いで。ブラジャーをしてる子はブラも取って」
 発育途中で羞恥心の強い思春期の少女達にとって、人前で、しかも異性もいる中で裸になるということは、かなりの屈辱のはずである。
 だが思いのほか、女子生徒達の多くはすぐに衣服を脱ぎ始めた。小学校の時から同じ経験をさせられているからか、脱ぐこと自体にはさほど抵抗を感じないらしい。数人の生徒はなかなか脱ごうとしなかったが、それでも周囲に促されて衣服に手をかけると、あとはさっさと脱いでいった。
 この子達、なかなか強いのね。そんなことを思いながら少女達の様子を眺めていると、一人、まだ衣服に手をかけずにいる生徒の姿が目に留まった。
 あの少女、玲だった。
 玲は、立ったまま落ち着きなく周囲をきょろきょろと見回していた。頬がほんのりと赤く染まっている。単に恥ずかしいだけでなく、今の状況をまだよくつかめていないらしい。
 周囲の生徒達は、玲の様子を気にかけながらも、誰も声をかけようとしない。どんな言葉をかけたら良いのか、見当がつかないのだろう。
 もう、ほとんどの女子生徒が衣服を脱ぎ終えて、ショーツ1枚だけの姿になっていた。玲はまだ、シャツの一枚も脱いでいない。ただ、自分を何とか落ちつかせようとしているのか、胸元を両手で押さえて深呼吸を繰り返していた。少し土に汚れた膝がかたかた震えている。
 私は、女子生徒達に顔を見られないようにうつむいて、ほくそ笑んだ。
 ふふっ、そうそう。そういう反応を待っていたのよ……。
 動揺を隠しきれない哀れな少女に、私は一歩、一歩と近づいていった。そして、それこそ有無を言わせない言い方で命じて、強制的に衣服を脱がせるつもりだった。
 だが、私が声をかけようとしたその時、玲は、体操服のシャツの裾に両手の指をかけて、一気に引き上げたのだ。
 袖口から両腕を抜き取って、上半身ブラジャー一枚の姿になった玲は、ふと顔を上げて、私と目線を合わせてきた。
 次の瞬間、私は思わず面食らってしまった。

 玲は、私の目を見て、微笑んだのだ。さっきまで動揺して表情をこわばらせていた少女が、ふっと目元を緩めて、笑ったのだ。しかも、自分を動揺させる言葉を発した私に対して。

 その後は、流れるような動作だった。短パンを下ろして両足から抜き取り、ブラジャーもほとんどためらうことなく背中に両手を回してホックを外し、肩ひもを下げて取り去った。
 少女の華奢な白い裸身が露わになった。意外にも乳房の膨らみは豊かで、形の良い胸だった。何か運動でもしているのだろうか、腹部や尻に余計な脂肪はついておらず、引きしまっている。未成熟ではあるが、美しい体だった。
 やはり恥ずかしいのか、頬がほんのりと赤く染まって、さっきと同じく膝が震えている。
 それでも、玲は、もう一度、玲は私と目線を合わせて微笑んだのだ。まるで、「わたしは大丈夫です。心配しないで下さい」とでも言いたげに。
 悲しい微笑みだった。私には、それは「これからどんなことにも耐え抜いてみせる」という悲壮な決意の表れのように思えた。
 それは、痛々しいけれど、美しい姿だった。

   ※

 体操服のシャツを脱ぎ去った時、むき出しになった肩に雨が落ちてきて、どきっとしました。雨のひんやりとした感触に、ああ今人前で服を脱いでいるんだ、みんなに自分の体を見られてしまうんだ、そんな実感がわいてきて、顔がほてってきました。
 ふと顔を上げると、養護の先生が近くに寄ってきていて、何か言いたそうな顔をしてわたしを見ていました。
 もしかして、やめさせようとしているのかな。わたしには、これ以上の参加は無理だって言いに来たのかな。
 やっぱり、逃げたい。こんなこと、もう終わりにしたい。この時、初めてそう思いました。
 だって、だって……恥ずかしいんです。この頃、胸が急に大きくなってきて、中学に入学する直前に買ってもらったブラジャーが、少しきゅうくつになっていました。生理の時は胸が張って、痛くなります。
 自分の体の変化に、わたしは戸惑っていました。だから今は、自分の体を人に見られたくないんです。異性にはもちろん、同性であっても……友達にも、母にも。なのに、こんなに人がいっぱいいるところで脱がなきゃいけないなんて……。
 だから……そうです。ただ一言、「やっぱり無理です、ごめんなさい」と言えばいいんです。明日からみんなに口をきいてもらえなくなるけれど、あきらめてそっちを選べば、こんな屈辱的なことからは逃げられるんです。

 でもその後、わたしは、さっきまで思っていたことと正反対の行動を取っていました。

 わたしは養護の先生に目を合わせて、なぜか、笑ってみせていました。

 いつの間にか、さっきまであんなに強かった羞恥心が消えていました。ほとんどためらうこともなく、わたしは短パンを脱ぎ、ブラジャーを取りました。
 そして、もう一度、わたしは養護の先生に笑ってみせました。
 大丈夫です、心配しないで下さい。わたしは、どんなにつらくても、最後まで耐えてみせます。そう伝えるつもりで……。

 よかったのかな、これで。後悔なんかしたり、しないのかな……。

 パンツ1枚だけの格好になった後、周りの女子がするのを真似て、わたしは脱いだ衣服を軽くたたんで体の左側に置いて、腰を曲げて、下着が土で汚れないように膝立ちの姿勢になりました。
 もう、ほとんど裸です。胸も、お腹も、白いパンツも、全部見られてしまっています。だから……やっぱり、すごく恥ずかしいです。
 すぐ手前で、わたし達のクラス担任の鈴木先生が、さっきと同じようにカメラを用意しようとしていました。
 ああ、また撮られるんだ。こんな、こんな恥ずかしい格好……。
 わたしは、とっさに右腕だけで胸を隠しました。そしたら、さっき写真を撮る理由を教えてくれた美佐という子に、肩をちょんちょんと指で軽くつつかれました。
「隠さないで。体育の時みたいに、気をつけをして」
 美佐に言われて周りを見ると、みんな両腕を体の横につけて気をつけの姿勢になっていたので、わたしも同じようにしました。
「そろそろ、いいかな」
 わたしが気をつけの姿勢になるのを待っていたように、鈴木先生がカメラを構えました。
 みんなを待たせてしまったことに気づいて、わたしは申し訳ない気持ちになりました。先生が、先にみんなに「気をつけをしなさい」って言ってくれればいいのに……一瞬そう思ったけれど、すぐ思い直しました。男の先生が、女の子に「胸を見せなさい」っていうようなこと、言えるわけありません。
「じゃあ……撮るよ」
 そう言って、先生はさっきと同じように、三度続けてシャッターを切りました。
 先生の声は、震えていました。まだ二十代半ばくらいの若い男の先生なので、わたしは正直、女の子が目の前で裸になっていたら、いやらしい気分になったりするんだろうなって疑っていました。でも、先生の顔はむしろ苦しそうでした。
 優しい人なんです。四月の初め、先生は、この町に越してきたばかりだったわたしを気にかけて、よく声をかけてくれました。その頃はまだ友達もできてなかったので、とてもうれしかったのを覚えています。先生はそういう人だから、今こうやって生徒につらい思いをさせてしまっているということに、すごく苦しんでいるのかもしれません。
 でも……どうせなら、もっとわたし達のことを助けて欲しかったな。
 まだこの風習のことをよく分かっていないわたしは、そんな勝手なことを思っていました。

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