清めの時間
ドロップアウター:作

■ 5

 写真撮影の後、わたし達は鈴木先生に、空き地の中央に移動して、クラスごとに輪になって座るように指示されました。
 わたしもみんなと一緒に移動しようと、立ち上がってみると、急に立ったせいか立ちくらみがして、よろめいてしまいました。しばらく左手で頭を押さえていると、乳房を無防備にさらしてしまっていることに気づいて、慌てて両腕を組んで隠しました。
 そうだ、服も持っていかなきゃ。そう思って、背中を曲げて左手を伸ばして、衣服を拾い上げました。
「あっ」
 でも、右腕を胸に押し当てた不自由な姿勢だったので、つかみ損ねて、シャツにくるんでいた短パンとブラジャーを地面に落としてしまいました。すぐ拾わなきゃって思ったけれど、まだ少し頭がくらくらするので、わたしはその場にしゃがみ込んで、頭を両手で押さえました。少し寒気がします。風邪を引きかけているのかもしれません。
「はい、北本さん」
 顔を上げると、写真撮影の時に隣にいた美佐が、わたしの短パンとブラジャーを拾い上げてくれていました。
「ありが…とう……」
「ううん。大丈夫? 気分でも悪いの?」
「平気。ちょっと立ちくらみが、しただけ……」
 気遣ってくれたんだと分かってうれしかったけれど、自分の下着を触られてしまったんだと思うと、気恥ずかしくてついうつむいてしまいました。
「どう、立てる?」
「う、うん……大丈夫」
 美佐に体を支えてもらって、わたしは立ち上がりました。裸の肩を抱かれたような格好になって、また少しどきっとしました。

 わたしは、美佐と並んで歩きました。クラスは同じだけど、今まで話したことがなかったので、ちょっと不思議な気分でした。美佐は、とても大人びた雰囲気のある子で、普段はちょっと話しかけづらかったのです。こうして一緒に歩いている今も、わたしは少し緊張してしまっていました。
「あのね、北本さん」
「なに? 美佐…さん」
 恵美ちゃんとかみたいに、気軽にちゃんづけでは呼べませんでした。
「美佐でいいよ。あのね、北本さんのパンツ、ブラとお揃いなんだね」
「う、うん……」
 いきなり下着のことを言われたので、少しうろたえてしまいました。
「純白の下着、まだ新しいでしょ。よく似合ってるよ、かわいい」
「そう…かな?」
「うん、北本さん真面目だから。白い下着って、真面目な子にはよく似合うから」
「ありが…とう……」
 下着をほめられるなんて初めてで、うれしいというよりも照れくさくて、またうつむいてしまいました。
「そういう仕種も北本さんらしくて、すごくかわいい。真面目で恥じらいがあって。いいなぁ、あたしも北本さんみたいな女の子になりたかった」
「やだ、恥ずかしいよ……それより、美佐さん」
「美佐でいいって」
「あっうん。美佐って、胸とか隠さなくて平気なの?」
 美佐は、胸はわたしよりもずって大きくて、もうほとんど大人の体でした。普通、美佐のように発育の早い子は、余計に人に体を見られることを嫌がるものです。なのに、美佐はわたしや他の子のように胸を隠そうとは、全然しないのです。
「それ、よく言われる。堂々としすぎだって」
 美佐はぺろっと舌を出しました。
「あたしこの行事に小学校の時から参加してるから、見られるの慣れちゃってるんだよね。男子とかがいたら話は別なんだけど、ほとんど女の子しかいないんだし、そんなに恥ずかしがることもないかなって」
 わたしは、小さくため息をつきました。
「そうなんだ。じゃあわたしみたいに、恥ずかしがる方が変なのかな」
「まさか、そんなことないよ。あたしが不感症なだけ。むしろ素敵だと思うよ。ちゃんと恥ずかしがることができるって」
「ありがとう。でも、ちゃんと恥ずかしがるって、なんか変な言い方だね」
 わたしは、少し笑ってみせました。

 美佐と並んで歩いていると、ふいにまた、めまいがして、わたしは肘でシャツを押さえるようにして、両手で自分の顔を覆いました。
「どうしたの北本さん?」
「ちょっと頭が、くらくらして……ごめん」
 またよろめいてしまいそうなので、わたしはその場にしゃがみ込みました。
 美佐は、腰をかがめて、右手でわたしのひたいにそっと触れました。美佐の指先は冷たくて、気持ちがよかったです。
「よかった、熱はないみたい。顔色はよくないけど。ずっと気を張りつめてたから、疲れちゃってるのかも」
「美佐、わたしはいいから先に行って」
 少し顔を上げると、もう他の生徒は、この空き地の中央でクラスごとに輪になって座っていました。
「おーい、北本はどうしたんだ?」
 担任の鈴木先生が駆け寄って来るのが分かりました。心配してくれるのはありがたいけれど、裸でいるのを男の先生に間近で見られるのは嫌だなって思いました。でも、今はみんなに迷惑をかけてしまっているので仕方ありません。
「北本さん、ちょっと疲れて気分が悪いそうです」
 美佐が代わりに答えました。
「だから、しばらくここで休ませたいんですけど」
「そうか……そうだな。元々そろそろ休憩を入れる予定になってるし」
 鈴木先生が言ったとおり、養護の先生が十分間の休憩を告げました。

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