清めの時間
ドロップアウター:作

■ 6

 美佐は、鈴木先生を睨みつけました。
「それより先生、女の子がこんな格好でいるのに、男の先生が気安く近寄らないで下さい。セクハラですよ」
「あっああ、そうだな。すまん、申し訳ない」
 先生が慌ててその場を離れたので、わたしは少しほっとしました。
「……ありがとう。でも心配して来てくれたのに、ちょっと悪いかな」
「別にいいよ。鈍いんだよねあの先生。悪い人じゃないんだけど……ていうか、北本さんは大丈夫? 木陰にでも移動する?」
「ここでいいよ。空曇ってるからどこでも一緒だし。少し休めば大丈夫だから。それより、この後何するか、教えてくれる?」
「ああ、うん。二つあるよ」
「二つ?」
「一つは、今の輪になって座っている状態で、お祈りするの。それともう一つは、お祓いを受けるの。お祈りの途中で先生のところに一人ずつ呼ばれて」
「お祓い?」
「うん。神社なんかでやるお祓いとはだいぶ違うんだけど……祟りとか、けがれとか、憑き物みたいなやつを体から追い出すの。あれ、嫌なんだよね」
「えっ、何されるの?」
 この行事に慣れている美佐が言うので、わたしは不安になりました。
「うん。ちょっと体を、触られるの」
「触ら…れるの?」
 どきっとして、つい、衣服を胸元に強く押し当ててしまいました。
「うん。胸とかお腹とか、体の弱い部分を指で強く押されるの。そうやって体についた悪いものを追い出すんだけど……結構痛いんだよね。痛くなくても、体を弄くり回されるのは嫌なものだし」
「そんな…こと、されるんだ……」
「うん……あっごめん、脅かしちゃって。あたしも人のこと言えないや、鈍かった」
「ううん、むしろ聞いてよかった」
 わたしはそう答えて、ため息をつきました。
「何も知らないよりは、知ってた方が覚悟もできるから」
「またそんなかまえちゃって。そんなふうに張りつめるから疲れるんだよ。覚悟ってそんな、死刑になる人か、自殺する人じゃないんだから」
 美佐はそう言って、ふっと笑いました。
「でも、北本さんのそういうけなげなところ、あたし好き。守ってあげたくなっちゃう」
「ありがとう。でもわたし、死刑になる人と自殺する人に似てるって、それ、やだな」
 そう言うと、美佐は「それもそうだね」と言って笑いました。
 それから、美佐は、ふっと真顔に戻って言いました。
「あのね北本さん、お願いしたいことがあるんだけど」
「玲でいいよ。なに?」
「うん。あのね、玲…玲ちゃんの……」

「……玲ちゃんの胸、触らせてくれないかな?」
 美佐はそう言って、照れたような笑みを浮かべました。

「いいよ」
 わたしは、あっさりそう答えました。

 胸を触らせて欲しいと美佐に言われた時、不思議と恥ずかしいとか、嫌だっていう気持ちにはならなかったんです。
 美佐にあっさり「いいよ」と答えた時、心の中で、わたしちょっとおかしくなってるのかなって思っていました。いつもなら、こんなこと恥ずかしくてできないのに……やっぱり、「清めの時間」という異常な状況の中に放り込まれて、少しずつ感覚が麻痺してきているのかもしれません。

「うそ、ほんとにいいの?」
 美佐は、大きく目を見開きました。心底驚いたというような表情でした。いつもは大人びて冷静な美佐がそんな顔をするのを、わたしは初めて見ました。
「やだ、そんなに……驚かないでよ」
 美佐のそういう反応を見ていると、何だか急に恥ずかしくなってきて、わたしは胸元のシャツを両手でぐっと強くつかみました。
「だって、玲ちゃんがこんなあっさり許してくれるなんて思わなかったから。むしろ断られると思った。今だって、ずっと胸隠してて恥ずかしそうだし」
「う、うん。ずっと見られっぱなしは嫌……でも、ちょっとくらいならいいかなって」
 目を合わせるのは照れてしまうので、わたしはうつむいて言いました。
「で、でも……どうしてわたしなの? わたしまだ小さいし……美佐の方がわたしのよりずっと大きいし、きれいなのに」
 わたしは、美佐の豊かな乳房にちらっと目をやりました。
 美佐は、「あははっ」と笑い声を上げました。
「玲ちゃんに言われるとうれしいな。でも、あたしは玲ちゃんの体つきが好き。ほら、あたしは見てのとおり成長早いから、玲ちゃんみたいにゆっくり大人の体になっていくのって、すごくうらやましいんだよね」 
 わたしは、美佐の「玲ちゃんの体つきが好き」という言葉にどきっとして、何も言えませんでした。
 美佐は、照れたような笑みを浮かべて話を続けました。
「それにね……ほらさっき、写真撮られる時に玲ちゃんの胸ちらっと見て、かわいいなって思って。おっぱい、きれいな形だし、やわらかそうだし……触ったら気持ち良さそうだなって。もう、誘惑されてる感じ」
「えっ、誘惑なんて……してないよ」
「あははっ。玲ちゃん、そんなマジな顔しないでよ。真面目なんだね……かわいい」
 そう言って、美佐はわたしの肩を、指先でぽんぽんと軽く叩きました。

 ああ、この指の感触……ひんやりとして、優しくて、きもちい……

 ついうっとりしてしまった自分が恥ずかしくなって、わたしはまた、シャツをつかむ両手に力を込めました。
 わたしはこの時、自分が美佐の頼みを聞き入れたもう一つの理由に気づきました。

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