清めの時間
ドロップアウター:作

■ 9

 おさげ髪の女子生徒が、体の横に両腕を力なくだらりと下げて立っている。
 痛々しい姿だ。ショーツ以外の衣服を全て脱がされ、乳房や腹部の至るところに大人の指を強く押し当てられて、その痕が赤くなって残っている。
 可哀想? そんな同情など、何の意味もない。この少女だって、元より全て承知の上なのだ。
 これが、清めの時間の「お祓いの儀式」のしきたりなのだ。
「これで、あなたのお祓いは終わりよ」
 私がそう告げると、女子生徒はほっとしたように大きく吐息を漏らした。よほど苦痛だったのだろう、目を涙の跡で赤く腫らしている。
 少女は、体の前で両手を揃えて深々とお辞儀をした。
「あっ、ありがとう……ございました」
まだ少し気分が動転しているのか、声が途切れ途切れになった。 本当は、お礼なんて言いたくないだろう。お祓いなんて、少女にとっては苦痛でしかないのだから。
 村野恵美という名前のその少女は、北本玲と同じA組の生徒だ。玲とは一番の親友らしく、一緒にいる姿を何度か見かけている。
 恵美は、身長は155センチと玲より2センチ高いけれど、まだ初潮を迎えていないらしく、顔つきや体のつくりは、けっして発育が早いといえない玲と比べても、ずっと子どもっぽく見える。本人もそのことを気にしているらしく、内科検診の時、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、校医に相談もしていた。
 それでも、十分にかわいらしい少女だ。
ただ、私の好みではない。私は、幼さを残しながらも、時折大人びた雰囲気を見せる少女が好きなのだ。そう、玲のような少女が。
 もっとも、私に好みと思われなかったことは、恵美にとってはむしろ幸いだろう。私の好みとは、私に加虐の欲望をかき立ててくれるタイプのことなのだから。
 恵美は、右腕をゆっくりと持ち上げて、胸を隠すのではなく、さすり始めた。指を押し当てられた痛みが、まだ少し残っているのだろう。
 バドミントン部に所属しているという恵美の肌は、健康的な小麦色に日焼けしている。その分、たぶんするようにまって間もないブラジャーのあとで白くなった乳房が、なまめかしく見える。だから余計に、その白い乳房に指を押し当てられてできた無数の赤い痕が、痛々しかった。
「……じゃあ村野さん、さっきの場所に戻って、次の生徒にこっちに来るように言ってくれる? たしか次の生徒で、A組は最後よね」
「はっ、はい……」
 他の女子生徒は、今もこの広場の中央で、クラスごとに輪になって正座し、祈りを捧げている。そうしている生徒を一人ずつ呼び出して、「お祓いの儀式」を行うのだ。
「次の生徒はね、出席番号十五番……北本玲さんね」
「れ、玲ちゃん……」
 恵美は、なぜかうつむいて、一瞬切ないような表情を浮かべた。それでも、私が「早く行きなさい」と促すと、ようやくこの場を立ち去った。


「兵藤先生」
 不意に自分の名前を呼ばれて、私は軽くうろたえた。振り向くと、A組の担任教師の鈴木が、足下に水の入ったバケツを置いて、氷袋を抱えて立っている。自分がそう指示したのに、私はこの男の存在をすっかり忘れていた。

 鈴木は、歳は私より五つ年下だから、二十五、六のはずだ。
「何ですか?」
 私は、わざときつい口調で言った。このお人好しで鈍感な青年教師には、いつも苛立たされる。
「あの、北本のことなんですけど……少し手加減してやれませんか」
「どうしてです?」
「北本は、休憩時間に入る前に体調不良を訴えていましたし、さっきは泣いてもいました」
 それは私も知っていた。今から三、四十分ほど前のことだ。「お祈り」と「お祓いの儀式」を始める直前、私が生徒達に指示を伝えた時、玲は、しゃくり上げて泣いていたのだ。
 私は見ていただけだから、事情は分からない。美佐という1年生の中では大人びた雰囲気の生徒が、玲が十分間の休憩に入る直前に体調不良を訴えた時からずっと付き添って気にかけているようだったから、こちらが取り立てて様子を見に行く必要もないと思ったのだ。
 鈴木は、苛々するくらいのんびりとした口調で言った。
「……だから、どうでしょう。北本は、この町に越してきたばかりで参加するのもですし、それでなくても、女子生徒にはつらい行事ですから……」
 私は、わざとらしくため息をついた。
「ふぅん、女子生徒にはつらい行事、ねえ……それで先生、北本さんだけ助けて、他の生徒には結局つらい思いをさせるってわけね。自分がお気に入りの北本さん以外は、どうでもいいってことね」
 嫌味たっぷりに言うと、鈴木は情けない表情になって、「いや、別にそういうわけじゃ……」と口ごもった。
 その姿に、私は思わずかっときて……鈴木の股間を右手でがっと強くつかんだ。
 鈴木は悲鳴を上げた。
「あーらら、偉そうなこと言うわりには、このカタイのは何? 勃起しちゃってんじゃない。興奮しちゃったんだぁ」
「そっ、そんなこと……や、やめて下さい」
「しかも先生、本当はこんなところに来なくても良かったそうじゃない。うちの校医の先生が、時間が空いたから代わりに行こうと言ってくれたのに、生徒の安全を守るのが担任の仕事だからとか何とか言って、断ったそうね」
「あっ、そ……それは」
「良かったじゃない。望み通りに、かわいい生徒の裸を間近で見られて、ついでに弄くり回すこともできて。ふふっ、こんなこと、もし生徒に知られたらどうなるか……分かってるわよね?」
 私は、鈴木の股間を握る手に力を込めた。
「まあ、普通はこんなところにのこのこやって来た時点でアウトなんだけど、養護教諭で生徒に信頼されている私が、『男の鈴木先生は生徒の安全管理のために必要だから、仕方なくここに来てもらっている』って庇ってあげているから、あなたは生徒に不信感を持たれずに済んでいるのよ。感謝しなさい」
「はっ、はい……」
 鈴木はまた、情けない声を出した。
「だから余計なこと言ってないで、私の指示に従いなさい。この学校から追い出されたくなければね。いいわね?」
 そう念を押して、私は手を離した。

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