清めの時間
ドロップアウター:作

■ 15

 いじめられた理由、ですか?
 それは……わたしにも、よく分からないんです。先生にひいきしてもらってるとか、男子に媚びて女子と話す時と態度が違うとか、そんな感じのことをノートに落書きされたことはあるけれど……でも、わたしがいつ先生にひいきしてもらったとか、どんな態度が男子に媚びているように見えるとか、誰もそういうことは教えてくれなかったから……。
 もしかしたら、そんなことは全然関係なくて、わたしがクラスで元々いじめられていた子達とも普通に接していたことが気にくわなかったかもしれないし、実は理由なんかなくて、単にわたしがいじめやすそうに見えたのかもしれません。
 だから、本当の理由は、やっぱりよく分かりません。そんなこと、今さら分かりたくもないし……。
 できることなら、もう忘れてしまいたいんです。あんな、あんなひどいこと、されたから……。


 あの時……わたしは、トイレに行きたくなって、一人でプールから上がりました。
 授業が終わるまでは、もう二、三分あって、我慢しようと思えば我慢できたけれど、先生も用事があると言って先にその場を離れていたし、それに……この時はもう、いじめがクラス中に広がっていて、わたしはこの時間もずっと、先生の見ていないところでつねられたり蹴られたり、無視されたりしていました。だから、この場から一刻も早く抜け出したかったんです。
 シャワーの傍を通って、女子更衣室のドアノブに手をかけた時、ふいに肩をつかまれました。
「れーいさん、何してるの?」
 振り向くと、いじめのリーダー格の女子が、にやにやと笑っていました。後をつけられていたことに、わたしは全く気づかなかったんです。
「と、トイレに……いたいっ!」
 わたしが答える前に、その子は水泳帽をはぎ取って、髪を強くつかんで、シャワーの下までわたしを引きずって行きました。
「トイレって、まだ授業終わるのチャイム、鳴ってないよ。他の子もトイレ行きたくて我慢してるかもしれないのに、先生がいないからって、勝手に抜け出していいのかなぁ?」
「それは……でも」
 しばらくすると授業終了のチャイムが鳴って、その子と一緒になってわたしをいじめている子達が、三、四人くらい集まってきてしまいました。
「あれぇ、北本さんいなくなったと思ったら、こんな所にいたんだぁ」
「なになに? この子、また何かしちゃったの?」
「この子ねえ、トイレ行きたいって言って、まだ授業が終わってもいないのに、先生いないからって、一人だけ勝手に抜け出そうとしてたんだよ」
「ひっどぉい。先生にひいきしてもらってるからって調子に乗っちゃって」
「そうそう。だからそういう子には、お仕置きが必要だよね。どうするぅ?」
 いつの間にか、他の女子もシャワーの前に集まってきました。でも誰も、前は仲の良かった子達も、ただ見ているだけで、わたしを助けようとはしませんでした。
「……ふふっ、いいこと思いついちゃった」
「……あっ」
 わたしは、リーダー格の子に足をかけられて、突き放されて、地面に仰向けに倒れました。倒れる時背中をかばって手をついて、手首を少し痛めてしまいました。
 その子は、冷酷に笑って言いました。
「玲さんさぁ、トイレ行きたいんだったら……ここで、水着脱いじゃえば?」
 わたしは、頭の中が真っ白になりました。「そっ、そんなことできない……」とか細い声で言ったけれど、すぐにかき消されてしまいました。
「それいいねぇ。水着下ろさないと、おしっこできないんだし。今のうちに脱いじゃった方が手間も省けていいよね。あったまいいー!」
 もう一人の子が同調すると、さっきの子は「きゃはっ」と楽しそうな笑い声を上げました。
「でしょう? ほら、れーいさん。そんなところで寝そべってないで、立って……水着脱いじゃいなよ」
 倒れたままでいるのもみじめだと思ったので、わたしは手首が痛いのをこらえて、立ち上がりました。

「ほら、何してるの? 早く脱いじゃいなよ。女の子同士なんだから恥ずかしがることないじゃない。トイレ行って、おしっこしたいんでしょう?」
 リーダー格の子がそう言って冷酷に笑うと、後から来た三、四人の子達が、はやし立てました。
「ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ! ほら、みんなも一緒に……せーのっ」
 次の瞬間、わたしは絶望しました。
 その子達の煽りに乗って、さっきまで見ているだけだった子達も……元々わたしと仲の良かった子達まで、一緒になってはやし立て始めたのです。
「ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ!」
「ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ!」

 もう、ダメだ……これじゃあ、どこにも逃げられっこない!

 わたしは、両手で水泳帽を取られて髪がボサボサになった頭を押さえて、いやいやをするように首を大きく横に振りました。はやし立てる声が頭の中でわんわんと響いて、気が狂いそうでした。
 すると、リーダー格の子がつかつかと歩み寄ってきました。
「あんた、自分で脱ぐこともできないの。ママにそこまでしてもらってるんだ。どうしようもない子でしゅねぇ」
 幼児扱いされた屈辱で、その時やっと……涙が出てきたのを覚えています。頬を熱い物が伝ってきた感触が、今でも忘れられません。
「しょうがないわねえ……じゃあ、お姉さん達が」
 その子にじりじりと壁際まで追い立てられて、とうとう、背中が壁にくっついてしまいました。すると、もう二人の子が、両手、両足を壁に押さえつけて、わたしが逃げられないようにしました。
 この時……わたしは体の力を、ふっと抜きました。もう抵抗するのはやめよう、と思ったんです。
 これから自分が何をされるのか、十分わかっていました。力ずくで逃げようと思えば、逃げられたかもしれません。
 でも……自分の味方をしてくれる人が一人もいないのなら、逃げても逃げなくても一緒だって思いました。今逃げても、どうせまた、いつか同じことをされる……。
「……お姉さん達が、脱がせてあげる」
 リーダー格の子はそう言って、水着の肩の部分に両手をかけて、一気に引き下ろしました。そして容赦なく、わたしの足を片方ずつ持ち上げて、水着を抜き取りました。すると今度は別の子が、わたしが恥ずかしいところを隠せないように、また両手を壁に強く押さえつけました。
 そうして、わたしはその場にいた全員に……リーダー格の子達に煽られてはやし立てた女子にも、その後野次馬のように集まってきた男子にも、全身を見られてしまいました。その時はまだ膨らみの小さかった乳房も、そして……この頃ちょっとだけ生え始めた、恥毛も……。
「生え方が気持ち悪い、病気じゃないの」
 一人の子がそう言うと、堰を切ったように、他の女子もみんな口々に言い始めました。
「なにそのちっちゃい胸。あんたほんとは男なんじゃないの?」
「生理もまだ来てなかったりして。あっ男だったら生理じゃなくて、夢精だよね?」
「きったなぁい! どうせなら手術してほんとに男になっちゃえば?」
「やだぁ、近寄らないで。妊娠しちゃうでしょ」
 体を隠すより、耳を塞ぎたかったです。言われていることが信じられないような、ひどい罵声でした。
「い、いやっ……いやぁ……!」
 さすがに耐えられなくなって、わたしは泣き叫びました。
 そして……リーダー格の子が、残酷に言いました。
「あんたの体、きったなぁい。あんたみたいな子、一人ぼっちになって、死んじゃえばいいのに」
 そう言って、リーダー格の子は……ここから先は兵藤先生にも言えなかったけれど……わたしの下腹部を、尿がたまって満杯になった膀胱のある部分を、平手で思い切り打ちました。それから続けざまに、何度も、何度も……。
「あぐっ!」
 信じられないような激痛で、わたしは大声を出してしまいました。
「いたい、いたい……やめてっ!」
 そのうち、下腹部が赤く腫れてきて……おしっこが、我慢できなくなってきました。
「やめてっ、やめてっ……お願い! トイレに……いっ、行かせて……」
 わたしが必死に懇願しても、やめてくれませんでした。それどころか、ますます夢中になってわたしの下腹部を打ち続けました。
 そして、とうとう我慢しきれなくなって、わたしはクラスのみんなの前で、おしっこを漏らしてしまいました。尿が出て行く時、膀胱が鈍く痛みました。

 おしっこを漏らしてしまった後、わたしは下腹部を押さえてその場にうずくまっていました。それから、またリーダー格の子達に罵声を浴びせられました。

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