清めの時間
ドロップアウター:作

■ 16

 しばらく経って、誰かが呼びに行ってくれたのか、ようやく先生がその場に戻ってきてくれました。
 もちろん、先生にも裸を見られました。その先生は、鈴木先生と同い年くらいの若い男の人でした。でもその時は、男の先生に裸を見られて恥ずかしいなんて思っていられないくらい、わたしはひどく動揺して、もう何が何だか分からなくなっていました。
 シャワーを浴びて、尿を洗い流した後、先生にバスタオルをかけてもらいました。服を着るように言われたけれど、ショックで着替える気力さえもなくて、わたしは全裸にバスタオルだけを羽織った格好のまま、保健室に連れて行かれました。
 その後のことを、わたしはよく覚えていません。後から聞いた話だと、わたしはバスタオル一枚で保健室に行く途中、先生のシャツのボタンをちぎれるまで強くつかんで、こう言っていたそうです。
「お願い、誰にも言わないで。こんなこと知られたら、わたしもう、生きていけない……」

 あれは、今から一年近く前、九月の終わり頃の出来事でした。それが結局どう処理されたのか、わたしにも、詳しくは分かりません。
 後になって、母が担任の先生に報告されたことを話してくれました。先生は、わたしが前々からいじめを受けていたということ、あの日はシャワーの所で数人のクラスメイトと軽く小競り合いになってしまったということを、わたしの両親に伝えたそうです。
 母の話を聞いて、事実とはだいぶ違うけれど、わたしは心の底からほっとしました。裸にされて、おしっこをさせられたということが、両親に知られずに済んだからです。
 あれから……わたしはショックで体調を崩して、一ヶ月入院しました。退院してからも、眠れなくて、いつもふさぎ込んで、三ヶ月間は学校に行くこともできませんでした。年が明けてやっと学校に行けるようになってからも、保健室登校が精一杯でした。あんなことされたから、やっぱり、怖くて……。
 だからあの日以来、わたしは、同じクラスのみんなと二度と顔を合わすことはありませんでした。


「いたっ……」
 ふいに、小石を思い切り踏んでしまって、わたしは小さく声を上げてしまいました。学校を出る時に、靴と靴下を取らされてしまっているので、ほんの小さな石でも、痛いんです。
 わたしは、しばらくぼうっとしていたみたいです。こんなふうにぼうっとしていると、今みたいに、ついあの出来事を思い出してしまって、悲しい気分になります。
 雨がまた、強くなってきました。衣服を何も着ていない上半身は、雨に打たれ放題で、少し寒気がします。他のみんなも、「寒いね」「風邪ひきそう」とお互いに言い合いながら、自分の肩や二の腕をさすっていました。
 「お祓いの儀式」が終わって、わたし達1年生の女子は、学校を出る時と同じようにクラスごとに二列に並ばされて、さっきの砂利道を歩いていました。
 服を着ることは、まだ許されていません。全員が、パンツ1枚だけの裸の姿です。
 それに、今度は……衣服で体を隠すこともできません。
「道を歩く時は、脱いだ衣服を、必ず左手だけで、体の横にくっつけるようにして持ちなさい」
 空き地を出る時、わたし達は兵藤先生にそう指示されていました。先生の話では、これもしきたりの一つで、全身をできるだけ外気にさらすことで、お祓いを受けた体をさらに清めるという意味があるそうです。
 胸を隠すのが、とてもきゅうくつでした。左手を使うことができないので、右手だけで隠すしかないからです。乳房の左の方は、手のひらで覆うことができたけれど、右の方は肘のあたりを押し当てて乳首を見えないようにするのが精一杯で、乳房の下とか胸の谷間の部分とかは、隠しようがありません。
 もし町の人に見られたら嫌だなと思って歩いていると、心配したとおり、自転車に乗った新聞配達の30代くらいの男の人と、軽トラックに乗った老夫婦とすれ違ってしまいました。特に新聞配達の男の人は、裸のわたし達をじろじろ眺めながら通り過ぎていったので、すごく嫌でした。
 いやっ、見ないで下さい……。つい、そう叫んでしまいそうになりました。
 歩きながら、わたしは、右手で乳房を軽くさすったりしていました。お祓いを受けた時、胸とお腹を潰れるんじゃないかって思うくらい強く押されたせいで、まだ少しうずいているんです。お腹はもう痛くなかったけれど、胸は敏感な箇所だから、なかなか痛みが消えなくて……。

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