清めの時間
ドロップアウター:作

■ 23

 かわいいなぁ……。
 玲ちゃんの横顔を見て、あたしは思った。真面目そうにきゅっと唇を結んだ表情とか、ちょっと恥じているような笑い方とか、ほんのりと赤くなった頬とか……玲ちゃんのそういう少女っぽさが、すごくかわいかった。見ていると、何だか切なくなってしまうくらいに。こういう時だからこそ、余計にそう思えるのかもしれない……。
 服を着て、あたしは玲ちゃんと並んで、山側の斜面に背中をもたれかけるようにして、座っていた。
 玲ちゃんは、その場を通りがかった同じクラスの子達に、「大丈夫?」ってよく声をかけられていた。みんな、玲ちゃんのことが心配なんだと思う。さっき、玲ちゃんが何度もうめき声を上げて、しゃくり上げて泣いている姿をみんな見ていたから。
 玲ちゃんは、さっきの「お祓いの儀式」で、上半身裸でパンツ1枚にされて、パンツも下げられて、体中を弄くり回された。もちろん、あたし達も同じことをされたけれど、玲ちゃんは初めてだから、こういうことをされるのにまだ免疫がないから、誰よりもつらそうで……余計に痛々しかった。
 でも、「お祓いの儀式」が終わってからずっと、玲ちゃんは気丈に振る舞っていた。
「……平気だよ。ごめんね、心配かけて」
 そんなことを言って、笑ってみせたりしていた。
 あたしが「清めの時間」に初めて参加した時は、玲ちゃんのように振る舞うなんてできなかった。全部の儀式が終わるまで、ずっと泣きっぱなしだった。周りに気を使って笑ったりするなんて、できるわけないと思った。
 強い子なんだ。それに……
「……わたし、みんなに心配かけて、悪いことしちゃってるね」
 あたしと二人っきりになると、玲ちゃんはため息をついて、そんなことを言った。
「みんなだって、つらい思いをしているのに……」
 玲ちゃんは、優しい子だから。本当に、すごく優しくて……

「恵美ちゃん」
 ふいに呼ばれて、どきっとした。玲ちゃんが、少しうつむき加減で、ぽつりと言った。
「ねえ、もうちょっと……傍に寄ってくれる?」
「う、うん……」
 ちょっと訝しく思ったけれど、何か話でもあるのかなって思い直して、あたしは玲ちゃんの体と自分の体が触れるくらい、傍に寄った。
「これで、いいの?」
「うん。あのね、恵美ちゃん……」
「……あっ」
 あたしは、思わず声を上げてしまった。

 玲ちゃんが、あたしを抱きしめた。

「れ、玲ちゃん……苦しいよ」
 玲ちゃんが強く抱きしめるので、少し息が苦しかった。自分の胸と、玲ちゃんの乳房が重なり合う格好になって、どきっとした。
 さっきまで、あんなに気丈に振る舞っていたのに、どうして……そう思って、玲ちゃんのきゃしゃな肩に右手をのせて、はっとした。
 玲ちゃんの体は震えていた。まるで、寒さに凍えているみたいに……。
「恵美ちゃんお願い、しばらくこのままでいさせて……」
「う、うん」
「ごめんね。もし集合に遅れちゃったら、先生にちゃんとわたしが悪いですってあやまるから」
「大丈夫だよ。玲ちゃんが落ちつくまで、こうしててあげる」
 あたしは、玲ちゃんの震えている肩や背中をさすってあげた。自分の妹をなぐさめているような気分になった。不思議な感じだった。玲ちゃんは、あたしよりもずっと大人びていて、しっかりしている子だから、普段はどちらかというと、玲ちゃんがお姉さんで、あたしの方が妹って感じだったから……。
「怖いよ……」
 玲ちゃんは、か細い声で言った。
「さっき、体中触られて、すごく嫌だった。この後もあんなことされるって思ったら、怖くて……すごく怖くて……ほんとはこんなこと、逃げ出したいよ……」
 あたしは、今日初めて、玲ちゃんの弱音を聞いた。
 やっぱり、無理してたんだ。みんなに心配かけないようにって、平気なふりをしてたんだ。
 玲ちゃんの雨に濡れた髪をなでながら、あたしは胸の中で言った。
 ばか。玲ちゃんのばか。つらかったら、つらいってもっと早く言えばいいのに。こんなにギリギリ耐えられなくなるまで、我慢しなくてもいいのに……。
 玲ちゃん、こんな時くらい……甘えてよ。親友でしょう? あたしは、玲ちゃんのこと……大好きなんだから。

   ※

「先に行っているね」
 恵美ちゃんはそう言って、すっと立ち上がりました。それから、ちょっと笑いかけてくれました。
 わたしも、恵美ちゃんに少し笑ってみせました。まだ少し体が震えていたけれど、これ以上恵美ちゃんに心配かけたくなかったから……でも、うまく笑えたかどうか自信はありません。
 恵美ちゃんは、B組担任の女の先生に誘導されて、鳥居の下まで歩いていきました。鳥居の足の辺りには、女子生徒達が脱いだ衣服が畳まれて、まとめて置かれています。そこで、恵美ちゃんは先生に何か言われて……服を脱いでいきました。
 シャツと短パンと、ピンクのスポーツブラを脱いで、恵美ちゃんはパンツ1枚だけの格好になりました。
 裸になって、鳥居をくぐってから、恵美ちゃんはもう一度、わたしの方を振り向きました。今度は、笑いませんでした。不安げな顔で、何か言いたそうに……でも、結局何も言わずに、きびすを返して、鳥居の奥の細い山道を、かけ足で登っていきました。山道を走って登らなきゃいけないのも、「清めの時間」のしきたりだそうです。
 裸になった恵美ちゃんに、きれいだよって言ってあげたかったです。バドミントンをしている恵美ちゃんの体は、余分な脂肪がそぎ落とされて、それに皮膚がとてもなめらかなんです。わたしみたいに、よごされてもいないし……でも、どんどん小さくなっていく恵美ちゃんの小麦色の背中が、ちょっと痛々しくて、わたしはシャツの袖口を、思わずぎゅっとつかみました。
 恵美ちゃんがいなくなって、A組の生徒はわたし一人だけになってしまいました。

 休憩時間が終わって、わたし達は鳥居の前に集められて、クラスごとに二列に並んで座らされました。その後、五分おきに一人ずつ呼ばれて、裸になって山道を登らされています。なぜか、兵藤先生と鈴木先生はその場にいなかったので、B組の担任の先生が、わたし達に指示をしていました。
 わたしは、山に登る順番がA組で一番最後でした。その一つ前が恵美ちゃんです。恵美ちゃんの後ろで、わたしは体育座りをして、二の腕をさすったりしていました。
 まだ、震えが止まりません。「お祓いの儀式」の時、パンツ1枚の裸にされて、体中を弄くり回されて……それだけでもつらかったのに、次はもっと嫌なことされるんだろうなって思うと、怖くなってしまって……だから、さっき思わず、恵美ちゃんに抱きついてしまいました。
 恵美ちゃんに抱きしめてもらって、少し落ちつくことができました。でも、そうした後、自分が恥ずかしくなりました。恵美ちゃんは優しいから、「もっと甘えていいよ」って言ってくれたけれど、恵美ちゃんだって、つらいのは同じなのに、わたしだけ甘えてしまって……。

「北本玲さん」
 少しして、とうとうわたしも呼ばれました。
「はい」
 立ち上げると、B組の担任の先生が傍に来ました。その先生は宮下先生といって、養護の兵藤先生より十歳くらい年上の女の人でした。わたしは、宮下先生に肩をそっと抱かれて、鳥居の下まで連れて来られました。
「あなたが、北本玲さんていうの」
 肩から手を離して、宮下先生は言いました。
「あっ、はい……」
「とても真面目そうな子ね」
 わたしがなんて答えたらいいのか戸惑っていると、先生は続けて言いました。
「初めてだったわよね? ここまで、つらかったでしょう?」
「はい、ちょっと……」
「でも、素晴らしいわ。都会から来た子がこの地方の風習を理解して、自分もこの風習に参加して心と体を清めようって思えるなんて。あなたって、とても信心深いのね」
 言われて、わたしは戸惑いました。
「そんな、そういうわけじゃないんです。わたしは、ただ……」
「いいのよ、謙遜しなくても。あなたのような立派な心を持った子がこの地方に来てくれて、うれしく思うわ」
 ああ、この先生は「清めの時間」の風習を本気で信じているんだ……そう思うと、寂しいような気持ちになりました。呪いなんて、あるわけないのに。こんなに、女の子を傷つける風習なのに……
 わたしが黙っていると、先生はわたしの肩をぽんと叩いて、「そろそろ準備しなさい」と言いました。
「はい」
 わたしは、後ろの方をちらっと振り向きました。

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