清めの時間
ドロップアウター:作

■ 37

「北本さん」
 兵藤先生が、わたしの顔の前にしゃがみ込んで、ふっと笑いました。
「……えっ、あ……はい」
 泣き疲れてしばらくぼうっとしていたから、声をかけられて、はっとしました。
「もう、手を離していいのよ」
「あっ……」
 先生に言われて、やっと気づきました。おしっこを採られる時に指示されてからずっと、両手で股間のワレメを広げたままになってたんです。今まで気づかなかったことが、恥ずかしかったです。
「んくっ……」
 股間から手を離すと、少しうずきました。管を尿道に入れられた時の痛みが、まだ残っているんです。痛みをやわらげたくて、右手で股間をそっと押さえました。ちょっとさすってみると、ぬるっとした感じがしました。また少し、濡れてきています……
「北本さん」
 兵藤先生が、立ち上がって言いました。
「立ちなさい」
「はい……」
 先生に言われて、わたしは開いていた足を閉じて、両手を地面につきました。そうして、両手で体を支えるようにして、ゆっくりと体を起こしていきました。しばらく寝かされていたから、少し体が重かったです。
 雨が少し小降りになってきました。何も身につけていないから、肌寒くて……風邪引いちゃいそうだな、またおしっこしたくなったらやだな……そんなことを考えたりしていました。
 立ち上がると、体の正面をクラスのみんなに向ける格好になってしまいました。おっぱいも、あそこも……丸見えです。
 わたしは、右手で胸を、左手で股間を押さえました。恥ずかしいから、せめて隠していたかったけれど……でも、すぐにそれさえできなくなってしまいました。
「両手は体の横に下ろして。気をつけの姿勢になって」
 兵藤先生が、そう指示しました。
「はい……」
 少しためらったけれど、言われたとおりにしました。みんなの視線が、どうしても気になってしまいます。恥ずかしいせいか、ちょっと興奮しているみたいになって……乳首が立ってしまいました。
「そんなに恥ずかしがらないで。みんなだって、同じ格好なんだから」
 兵藤先生が。にこっと微笑んで言いました。
「隠したりしないで、あなたの体、みんなに見せてあげて」
「は、はい……」
 先生の言葉に従って、わたしはくっと胸を張って、両腕を体の横にぴたりとくっつけて、自分の体がみんなによく見えるようにしました。すごく恥ずかしいけれど、でも先生の言ったとおり、全裸にされているのはみんな同じなんです。だから、わたし一人だけ恥ずかしがっているわけにはいきません……
「素敵よ、北本さん」
 先生が、わたしの体を目ですうっとなでるようにして、言いました。
「つややかな白い肌といい、おっぱいの形といい大きさといい……あなたの体、すごくきれいよ」
「そ、そんなこと……」
 うつむいて、いやいやをするように首を横に振りました。わたしは、まだ子どもだから……体のことを言われると、うれしい気持ちよりも恥ずかしさの方が先に立ってしまうんです。
 ばかみたいですよね。今頃になって、まだ恥ずかしがっているなんて……わたしは、本当は……まだ「清めの時間」に、全然慣れられていないんです……

 やっぱり、やめておけば良かったのかな。こんなにいっぱい恥ずかしいことされて耐え続けるなんて、わたしには、無理だったのかな……

 兵藤先生が、ふと、真顔に戻って言いました。
「あのね、北本さん」
「は、はい……」
 嫌な予感がしました。先生がそういう表情を浮かべた時は、大抵、わたしに何かしようとしている時なんです。また、何か変なことをされるのかな……そんなことを考えてしまいました。
 先生は、大きくため息をついて言いました。
「気の毒だけど……あなたには、これから罰を受けてもらわないといけないわ」
「……えっ、罰……ですか?」
 びくっとして、思わず聞き返してしまいました。
「あ、あの……わたし何か、悪いことしちゃったんですか?」
「ううん、そういうわけじゃないの。別に誰も、あなたを責めようとしているわけじゃないのよ。あなたが精一杯がんばっていることは、私だって分かっているから……ただね、これを見て」
 そう言って、先生は自分の腕時計を、わたしの目の前にかざすようにしました。
 見ると、夕方の五時を回っていました。「清めの時間」が始まって、もう二時間が過ぎています。
「時間がかかり過ぎてしまったの」
 先生は、ぽつりと言いました。
「あっ、はい……すみません」
 わたしは、うつむいて返事をしました。
 言われてみると、わたしは今まで、なかなか一つの儀式を終わらせることができませんでした。そのせいで、みんなを長い時間待たせてしまったり、恵美ちゃんに手伝ってもらったりして、迷惑をかけてしまっているんです。
 結局、悪いのはわたしなんです。だから、罰を受けなさいって言われるのも仕方ないかなって思いました。それよりも、今は別のことの方が気になっています。
 罰って、何をされるんだろう……
「北本さん、そんなにしょげた顔しないで」
 兵藤先生が、わたしの髪をそっとなでて、なだめるように言いました。
「さっきも言ったけど、別にあなたが悪いって言っているわけじゃないのよ。あのね……これも、しきたりなのよ」
 先生は、わたしが今日何度も耳にしている言葉を口にしました。
「しきたり……」
 ふと、わたしは急に不安を覚えました。
「あ、あの……罰って、もしかして……」
 その先は、怖くて言えませんでした。わたしが、一番怖れていること……クラスのみんなと話したらいけなくなるんじゃないかって思ったんです。そうならないために、何とかここまで耐えてきたのに……
「落ちついて、北本さん」
 兵藤先生が、わたしの肩を抱くようにしました。
「罰は、この場限りのものよ。あなたが怖れているようなものではないから、安心なさい」
「あっ、はい……」
 先生に言われて、わたしは心の底からほっとしました。
 よかった……罰を受けさえすれば、またみんなと話をすることができるんだ……
 はたから見れば、ばかみたいに思えるかもしれません。でも、わたしは結局……ひとりぼっちになることが一番怖いんです。もう、みんなから無視されて、ひとりぼっちになるなんていや……
 大切な友達と、普通におしゃべりをして、笑い合って……そんな日々を守るためなら、わたしはきっと街中でだって、素っ裸になります。

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