清めの時間
ドロップアウター:作
■ 39
頭の中が真っ白になって、声を出すこともできませんでした。一瞬でもほっとしてしまったことを、わたしは後悔しました。
「あっ、あぁ……」
やっと声が出た時には、両手が震えて、紙コップの中の尿があふれ出てしまいそうになりました。
あっ、こんな……お、おしっこを……飲むなんて……
目をつむって、一度大きく深呼吸しました。従うしかないということは、分かっています。何をされても、友達とのつながりを絶たれるよりは、ずっとマシだって……
でも、いくら何でも……こんなこと……
「飲みなさい、北本さん」
兵藤先生が、強い口調で言いました。
「私だって、本当はこんなことしたくないの。でも、しきたりには誰も逆らえないのよ」
「はい……すみません」
まばたきをすると、また涙があふれました。いっぱい嫌なことはされてきたけれど、こんな屈辱は……初めてです。
「北本さん、お願い。我慢して、言うことを聞きなさい」
「は、はい……」
先生に促されて、わたしは指先にぐっと力を入れて、紙コップを両手で握りしめるようにしました。
そうして、わたしは震える声で言いました。
「お、おしっこ……飲みます……」
わたしは泣きながら、紙コップをゆっくりと口元に近づけていきました。
いやっ、こんなことしたくないよ……
少し口を開けて、紙コップを唇に引っかけました。そして……紙コップを、思い切って上の方に傾けました。
生ぬるい液体が、口の中に流れ込んできました。
「すぐ飲んじゃダメよ。口いっぱいに広げて、ちゃんと味をたしかめて」
追い打ちをかけるように、先生がそう指示しました。
「んくっ……うぅ……」
言われたとおりに、わたしはおしっこを、口いっぱいに広げました。海水のような、血液のような、変な味がしました。
こ、これが……おしっこの味なんだ……
「さあ、飲みなさい」
先生が、厳しい口調で言いました。
「けがれを、自分の体に戻すのよ」
「んっ……んくぅ……」
わたしは、もう一度目をつむりました。それから……思い切って、口の中の液体をごくんと飲み込みました。
そうして、わたしは……おしっこを飲みました。
ばかだよね、わたし……逃げ出すこともできるのに、自分からわざわざ苦しいことを選ぶなんて。
わたしは、本当にばかです。もしかしたら、ばかじゃなくて、マゾかもしれません……
玲は、震えている両手で、紙コップを抱えるようにして……ゆっくりと、口元に近づけていった。そして、薄いピンク色のかわいらしい唇を開いて、そこに軽く引っかけるように、そっと紙コップを押し当てた。
その姿は、死の直前、十字架にそっと口づけをする殉教者にも似て……美しかった。玲の素朴な愛らしさや、少女らしい清潔感は、自分の尿を飲むという背徳的な行為をさせられている時でさえ、薄れることはなかった。
その時、A組の女子生徒達の間から、悲鳴のようなざわめきが起こった。
A組の女子生徒達は、玲と向き合うように座っていた。まだ、全員が素っ裸のままだった。
それは、玲のせいだった。玲が「清めの時間」にまだ慣れていないため、なかなか儀式を終わらせることができないでいるのだ。玲以外の生徒は、もう儀式を全て済ませているけれど、「清めの時間」のしきたりでは、全員が終わるまで衣服を身につけることは許されないのだ。
それでも、女子生徒達は、誰も玲に非難の目を向けようとしなかった。むしろ、生徒達の多くは、誰よりも過酷な辱めを受け続ける玲を心配しているようだった。泣いている生徒もいた。
どうやら、玲はA組の生徒達に、かなり好意的に受け入れられているようだった。玲が、「みんなと一緒に苦しみたい」と言ったほどA組の生徒達とのつながりを強く求めたように、A組の生徒達にとっても、玲はかけがえのない仲間だった。
だから、女子生徒達は、こんなにも玲の身を案じているのだろう。玲の、友達とのつながりを守りたいという一途な願いは、たしかにかないつつあったのだ。もっとも、それがこんな残酷な形で証明されるとは、何とも皮肉ではあるけれど……
そうして……玲は、紙コップを上の方に傾けて、口の中に尿を流し込んだ。
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