清めの時間
ドロップアウター:作

■ 41

 おしっこを飲んだ後、わたしはへたっと地面に屈み込んで、しばらく立ち上がることができませんでした。あんなことさせられたから、すごくショックで……体に力が入らないんです。
「北本さん、ほら……立って」
 兵藤先生が、後ろから呼びかけるように言いました。
「まだ儀式は終わってないのよ」
「は、はい……」
 わたしは、まだ何も衣服を身につけていない格好のままでした。裸で雨に打たれているから、寒くて……肩や二の腕が震えました。
「あっ……」
 立ち上がれないでいると、兵藤先生が両手でわたしの肩を抱いて、引っぱり上げようとしました。
「先生、大丈夫です」
 わたしは、先生が助け起こしてくれるのを拒みました。
「自分で、立てます」
 そう言って、わたしはぐっと両膝に力を入れて、腰を浮かせました。それから膝を伸ばして、何とか自分で立ち上がることができました。
 もう、誰にも迷惑をかけたくなかったんです。先生達にも、クラスのみんなにも。

 うがいをしたいです。
 おしっこが、まだ口の中に残ってて……すごく嫌なんです。たくさん唾を飲んでも、舌先で舐めても、なかなか消えないんです。
 まだ、許してもらえないのかな。あとどれだけ耐えたら、わたしの体は清められるのかな……

「北本さん、どうかしたの?」
「えっ」
 ふいに名前を呼ばれて、はっとしました。口の中が気持ち悪くて、ついぼんやりしていたみたいです。
「いえ、何でもありません……」
 わたしは、か細い声で言いました。
 ふと、わたしは少しうつむいて、自分の体を見下ろしてみました。何も身につけていないから、おっぱいも、あそこも……恥ずかしいところが全部丸見えです。
 すごく恥ずかしいから、できれば手で覆いたいけれど、今は隠すことができません。

 まだ、紙コップを手放すことができないんです。紙コップの中を、先生に見られたくなかったから……
 わたしは、本当は……おしっこを全部飲むことができなかったんです。全部口の中に入れると、吐き出してしまいそうで、半分以上も残してしまったんです。

「あっ」
 兵藤先生が、ふいにわたしの手から紙コップを取り上げました。
「あっあの、先生……」
 紙コップの中を見られて、わたしは素っ裸でいることも忘れるくらい、慌ててしまいました。
「やっぱり……おしっこ、全部飲めなかったのね」
 先生は、そう言ってため息をつきました。
「使い終わった紙コップをまだ持ってるから、変だと思ったわ」
「ごめんなさい……」
 わたしは、先生にあやまりました。両手を体の前で合わせて、深く頭を下げて、「ごめんなさい」とくり返し言いました。
「先生ごめんなさい、ごめんなさい……」
 動揺して、つい涙声になってしまいました。
 罰をちゃんと受けなかったんです。あやまっても許してもらえないかもしれません。それどころか、もっと何か嫌なことをさせられるかもしれません。
 でも、そうなっても仕方がないって思いました。わたしが、おしっこを全部飲めなかったから悪いんです……
「あ、あの……今からでも」
 わたしは、もう許してもらえないことを覚悟の上で言いました。
「おしっこ、飲みます……」
 すると……先生は、意外なことを言いました。
「いいのよ」
「えっ……」
 予想外の言葉に、はっとしました。
 先生は、にこっと微笑んで言いました。
「これぐらいは大目に見てあげるわ。全部飲めなかったとはいっても、半分近くはちゃんと飲んだわけだし……しきたりに大きく反する行為というわけでもないしね」
「……本当に、いいんですか?」
 わたしが聞き返すと、先生はあきれたような笑みを浮かべました。
「だから、そう言ってるじゃない。それとも何? 北本さん、まさか本当におしっこを全部飲みたいって思ってるの?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
 少し顔が火照りました。先生に言われて、自分が恥ずかしいことを口にしてたんだってやっと気づきました。
「仕方ないわ、全部飲めなくても」
 先生は、わたしを気遣うように言いました。
「少し口の中に入れるだけでも、つらいもんね」
「はい……」
「だから、半分飲んだだけでも十分よ。残りは目をつむっててあげる。北本さんの、今までのがんばりに免じてね」
 そう言って、先生はわたしの頬を、すっと優しくなでてくれました。
「あ、ありがとうございます……」
 わたしは、また深く頭を下げて、先生にお礼を言いました。全裸でお辞儀をするって、ちょっと変な感じかもしれないけれど。
 すごくほっとして、涙が出ました。もう、あんな嫌な思いをしなくていいんだって……

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