清めの時間
ドロップアウター:作

■ 46

「ブラ、いつからしてるの?」
「まだ三日くらいです。お母さんが、そろそろした方がいいんじゃないかって」
「そっかぁ…でもよかったじゃない。北本さん、発育が遅いんじゃないかって気にしてたから」
「はい。よかった…のかな」
 普段こういう話をしたことはなかったから、すごく照れました。
「サイズはちゃんと合ってる?」
「たぶん…でも、この辺が」
 乳房の下あたりを押さえて言いました。
「ちょっとずれてる感じで、かゆいです」
「ああ分かる。まだ皮膚になじんでないから、着け始めの頃ってよくそうなるよね」
 先生は、両手を膝に置いて、ちょっと前に屈むようにして言いました。
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「えっ…はい」
 一瞬ためらったけれど、養護の先生の眼差しに気圧されて、思わずうなずいてしまいました。女同士だし、別に裸になるわけじゃないから、いいかなって。
 わたしは、自分でシャツの裾をつかんで、ブラジャーの縁が見えるまで上着をたくし上げました。
「ごめんね、ちょっとずらすね…」
 そう言って、先生はブラジャーの縁を、少しめくり上げるようにしました。乳房を見られると思って、どきっとしました。
「ああ、ちょっと赤くなってるね。ずれた痕が、線みたいになってる」
「んっ」
 先生の指が膨らみの部分に触れて、体がびくっと揺れました。
「あっ、痛かった?」
「いえ、大丈夫です」
 答えてから、一度大きく深呼吸しました。胸を触られたことよりも、女同士なのにドキドキしている自分が、恥ずかしかったです。
「消毒してあげようか?」
「だ、ダメ…」
 先生に聞かれて、顔がかぁっと熱くなりました。
「北本さん?」
 養護の先生が、訝しげにわたしを見つめました。変にうろたえてしまって、また恥ずかしくなりました。
「いえ…これぐらい平気です」
 わたしは、少しうつむいて言いました。
「それより、身体測定を早く済ませたいです。この格好、寒いし」
「あっ、それもそうね」
 先生はうなずいて、ブラジャーを元に戻しました。お腹が冷えるといけないから、わたしもすぐにシャツを下ろしました。
 身長計に手をかけて、先生は言いました。
「靴下を取って、裸足になって」
「はい」
 言われたとおりに、わたしは寒いのを我慢して、靴下を脱いで素足になりました。
「まずは身長からね。そこに上がって」
「はぁい」
 先生の指示に従って、わたしは身長計に両足を載せました。背筋を伸ばして、かかとを揃えて、両手を体の横にぴたっとくっつけました。

「あごを引いて、動かないで」
「はい」
 養護の先生は、左手でわたしのみぞおちのあたりを軽く押さえながら、身長計の目盛りを読み上げました。
「えっと…153.7センチ」
 身長計を降りて、わたしは先生にさっき手渡された身体測定の記録表に、自分の身長を記入しました。九月に測った時と比べると、2センチ近く伸びていました。もう少し背が伸びないかなと思ってたから、ちょっとうれしかったです。
 先生は、わたしが机の上に鉛筆と記録表を置くのを待って、身長計のすぐ隣に並んでいる体重計を指さしました。
「次は体重を量るから、下を脱いで」
「はい」
 この学校では、立つ姿勢とか両足のバランスをチェックできるように、体重を量る時は高学年でも男子は短パンを、女子はブルマを脱ぐことになっていました。都会の学校だったせいか、発育の良くない子がけっこういて、問題になっていたんです。
 養護の先生の前で、わたしはブルマを脱ぎました。パンツを見られてしまうけれど、さっきブラも見られたから、そんなに恥ずかしいとは思いませんでした。太腿のあたりがすうっと冷たくて、変な感じはするけれど。
 脱いだブルマを椅子にかけると、なぜか先生が、ほうっとため息をついて言いました。
「そうして見ると、体の線とかすごく女の子らしくなったね」
「あっ、はい」
 唐突に言われて、少し戸惑いました。
「だいぶ大人の体になってきてるわね。しばらく見ないうちに、すっかり成長しちゃって」
「そうですか? あんまり自分では分からないです」
 ついうつむいてしまいました。恥ずかしいというより少し照れてしまって、わたしは両手で胸元を押さえました。
「うそ。北本さんはわりと敏感な方だから、自分のそういう変化にも気づいてるんじゃない?」
 そう言って、先生はいたずらっぽく笑みを浮かべました。
「いつの間にか、ブラもするようになってたしね」
「えぇ…」
 思わず、白いパンツがのぞいているシャツの裾をつかんで、下に引っぱって伸ばしました。そうすると、今度は胸の膨らみがシャツに浮き出てしまって、少し焦りました。
「やだ、もう言わないでください」
 か細い声で言いました。
「あははっ、そういう反応の仕方はまだ子どもね」
 白衣を着た肩を小刻みに揺すって、先生は声を立てて笑いました。先生があんまりおかしそうに笑うから、わたしもちょっと吹き出してしまいました。
「ふふっ、かわいい。北本さんのそういう純朴なところ、先生好きだな」
 養護の先生は、そう言って優しく微笑みかけてくれました。
 ふいに、ちくっと胸が痛んで、何だか切ない気分になりました。
 わたしも、先生のことが好きです…そう言いたかったけれど、下着姿のままで言うのも変かなと思って、黙っていました。
 今日は、本当は、先生にお礼を言いに来たんです。あのプールの時、先生はわたしを一生懸命助けてくれたのに、わたしは結局、何も言えずじまいだったから。
 ふと、変なことを思い出しました。そういえば、あの時先生に裸を見られたんだって。上だけじゃなくて、下半身も、全部。
「ごめんね。傷とかないか調べないといけないから、タオル…取るね」
 保健室の簡易ベッドに寝かされて、先生に言われました。クラスの子に水着をはぎ取られて、水浸しの体にバスタオル一枚を羽織っただけの格好でした。ショックで体が動かなくて、わたしは担任の先生に抱きかかえられるようにして、保健室に連れてこられました。
 バスタオルに手をかけて、先生はもう一度念を押すように、「ごめんね、ちょっと見せてね」と言いました。
 ほとんど抵抗感はありませんでした。というより、頭がぼうっとして、もう恥ずかしいという感覚がなかったんです。
 そうして、わたしは先生にバスタオルを取られて、足とかお腹をちょっと触られたり、胸とか股間を拭かれたりしました。
 今思うとすごく恥ずかしいです。でも、あまり嫌な感じはしません。
 先生は、一生懸命わたしを手当てしてくれました。それに、わたしが誰にも知られたくなかったことを、最後まで黙っていてくれました。裸を見られたということよりも、助けてもらったという感覚の方が、強く残っているんです。
 だから、「ありがとうございます」って、ほんとは言いたいんです。でも、声が詰まって何も言えませんでした。やっぱり、下着を露出させた格好で言うのは、ちょっと変な気がして…

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