清めの時間
ドロップアウター:作

■ 50

 手紙の指示が始まって、数日が過ぎたある日のことでした。帰り際、養護の先生がふと何かを思い出したように、わたしを呼び止めて言いました。
「あまり自分を責めたりしちゃ、ダメよ」
 一瞬何のことか分からなかったけれど、すぐに思い当たりました。その日、わたしは課題の日記で「わたしがしっかりしてなかったから、いじめられる原因を作ってしまった」と書いていました。先生は、たぶんそのことを言っているんです。
「はい。でも、反省はしなきゃいけないかなって思います」
 保健室のドアの前で、わたしは少しうつむいて答えました。これから玄関に行って、また下着を取らなきゃいけません。その日はブラとパンツだけじゃなくて、コートとセーターも脱いで半袖シャツ一枚にならなきゃいけなかったから、余計に憂うつでした。
「わたしもいけなかったんです」
 コートの前のボタンを留めながら、わたしは言いました。
「今のクラス、元々そんなに好きじゃなかったんです。陰口言う子とか多かったし、四月の頃から、何となく自分には合わない気がして…でも、もう少し努力していれば、あんなことにはならなかったのかなって」
 先生は、少し笑みを浮かべました。
「まず自分の反省をするって、北本さんらしいわね。でも…」
「あっ…」
 ふいに、先生が両手を背中に伸ばして、わたしを抱きしめました。先生はわたしよりも背が高いから、先生の胸元に顔をうずめるような格好になって、どきっとしました。
「あなたは、何も悪くないわ」
 先生が、少し涙声になっていることに気づいて、はっとしました。
「北本さんは、人に嫌われるような子じゃないわ。真面目で、賢くて、誰にでも優しくできる素敵な子よ。先生が保障する」
「先生…」
 強く抱きしめられて、少し息が苦しかったです。でも、すごくうれしかった。いじめられて学校に行けなくなって、まさかこういう言葉をかけてもらえるなんて思いもしなかったです。
「今回はね、運が悪かったの。本当に運悪く、優しいあなたをあんな目にあわせるような条件が揃ってしまったの。こういうことってあるのよ。だから、自分を責めないで」
 そう言って、先生はわたしの体から、そっと両手を離しました。
「ごめんね、びっくりさせちゃって。苦しかった?」
「はい。ちょっとだけ…」
 少し笑って答えると、先生はちょっと恥ずかしそうに、ほんのりと頬を赤らめました。
 こんなにわたしのことを思ってくれている人がいるのに、あんなに恥ずかしいこと、これからしなきゃいけないなんて…
「先生」
 わたしは体の前で両手を合わせて、深く頭を下げました。
「ありがとうございます」
 やっと言えた…
 少しだけ、胸のつかえが取れたような気がしました。あの時助けてもらった感謝の気持ちを、やっと伝えることができたんです。解決しなきゃいけないことは、まだ残っているけれど。
「何言ってるの」
 養護の先生は、少しかすれたような声で言いました。
「礼を言われることなんて、何もしてないわ。むしろ、申し訳なく思ってるの。あんなことになるまで、あなたの力になれるようなこと、何もできなかったんだから」
「いいえ、そんなことないです」
 顔を上げると、先生は優しく微笑んでいました。
「これだけは忘れないで。先生は、あなたの味方だから。何があっても、ずっと…北本さんの味方だから」
 先生の言葉に、わたしはすごく切なくなって、泣いてしまいそうになりました。
「はい…」
 涙がこぼれ落ちてしまうのをこらえながら、わたしは保健室を出て、玄関に行きました。

 そして……わたしは昨日までと同じように、玄関で衣服を脱ぎました。


 下着を脱いで帰る習慣は、そんなに長くは続きませんでした。
 手紙の指示が始まって二週間が過ぎた頃、クラスの誰かが、わたしをいじめていた子達が集まって脅しの手紙を書いているのを、養護の先生に密告してくれたんです。

 先生、ごめんなさい。あの時せっかく助けてもらったのに、わたしは今も、自分を苦しいところに追いつめています。
 やっぱり、わたしがいけなかったんです。わたしがちゃんとしてないから、何度もあんな目にあうんです。本当に、ごめんなさい…

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