清めの時間
ドロップアウター:作

■ 51

 電話が鳴ったので、わたしはパジャマの上からカーディガンを羽織って、寒気のする体をさすりながら部屋を出ました。
 熱がなかなか下がらなくて、頭がぼうっとしていました。『清めの時間』から三日が過ぎたけれど、まだ学校に行くことができません。恵美ちゃんや、クラスのみんなと一緒にいたくてあんな恥ずかしいことにも耐えたのに、これじゃあ意味ないよねって思いました。
 階段を下りて、玄関の前の電話を取りました。
「はい、北本です」
 相手の人の声を聞いて、わたしはびくっとしました。
「具合はどうかしら、北本さん」
 それは、兵藤先生からの電話でした。

 あの時、わたしは兵藤先生の腕の中で、意識を失いました。全裸で体中を弄くり回されて、刺激が強いから頭がぼうっとして、すうっと気が遠くなっていったんです。
 後で聞いた話だと、わたしは高熱を出してうなされて、何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」ってつぶやいていたそうです。そういえば、何となく小学生の時のことを考えていたような気がするけれど、あれは夢を見ていたのかもしれません。
 気がつくと、わたしはいつの間にか下着と体操服を着せられて、保健室のベッドに寝かされていました。母が目の前で泣いていたから、小さく「ごめんね」って言いました。
 両親には、先生達の方から「玲さんは、課外活動の最中に気分が悪くなり、倒れた」と説明されました。「清めの時間」のことを何も知らないわたしの両親に、娘を素っ裸にして辱めたなんて言えるわけありません。
 わたしだって、あんな恥ずかしいこと両親に知られたくありません。それに、全てを承知の上で参加することを決めたのは、わたしなんです。

「せ、先生……」
 緊張で声が震えました。わたしは、結局「清めの時間」に最後まで参加することができませんでした。だから、罰としてまた何かされるんじゃないかって思ったんです。
 でも、そうじゃありませんでした。
「北本さん。あなた、転校しなさい」
「えっ」
 意外な話に、少し戸惑いました。
「あのね、もう思い出したくないだろうけど……『清めの時間』、すごくつらかったでしょう?」
「はい」
 正直に答えました。
「やっぱり、ああいう風習は北本さんのような真面目な生徒にはとても過酷だし、無理して参加することもないと思うの」
「それは……でも」
「もしかして、北本さんはいじめられることを心配しているのかもしれないけど、そういうことのない落ちついた雰囲気の学校を紹介してあげるから、心配ないわ。あなただって、裸にされて体を触られるなんて、もう経験したくないでしょう?」
 先生の言葉に、わたしは「清めの時間」のことを思い出して、顔が熱くなりました。
 とにかく考えてみなさい。そう言って、先生は電話を切りました。
 夜になって、わたしは帰ってきた両親にその話を伝えました。少し驚かれたけれど、父も母も、わたしがずっといじめられていたことを知っているから、「玲が幸せになれるなら」って、先生の提案に賛成しました。あとはどうするか、自分で決めなさいって。
 今はいじめられているわけじゃないから、すごく悩みました。でも、最後は先生の勧めに従うことにしました。やっぱり、何度もあんなことをされるのは、嫌です。
 二日後の朝、わたしは学校に電話して、兵藤先生にそのことを伝えました。すると、先生は早速、転校先の学校の名前とか、手続きのこととかを教えてくれました。わたしは全部メモを取って、「ありがとうございます」って礼を言って、受話器を置こうとしました。
 すると、「待って」と先生に止められました。
「はい」
 少し間を置いて、先生は言いました。
「一つだけ、条件があるの」
「えっ、条件ですか?」
 ちょっと嫌な予感がして、体が少し震えました。

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