黒い館
けいもく:作

■ 3.裸体と料理2

 喘ぐような吐息、膣部に侵入した指に、思うままの玩弄ゆるし、「アアァッー、イッチャウ、イッチャウ」と、何度か繰り返した後、みんなの視線の集まる中、顔を上気させ、裸体を横たわらせている愛子さんと比べて、亜紀ちゃんは冷えびえとしていました。

 わたしは、亜紀ちゃんの身体に乗った食べ物をすべて食べ終えると、頬にキスをしました。亜紀ちゃんは、わずかに頷いたように思えました。せめてもの感謝の気持ちでした。

「今日の当番は誰だったかな?」
 お館様は、裕美さんに聞きました。

「香子さんよ」

「香子か、少し仕事がしたいので、12時に来させてくれ」

「12時ね」裕美さんが念を押すと

「その方があいつもたすかるだろう」お館様は笑いました。

「夜にお館様のお相手をしなければいけないでしょ」
 裕美さんはわたしに説明してくれました。
「愛子さんと香子さんと真菜ちゃんの3人交代ですることになっているの」

「裕美さんは?」と聞こうとしてわたしは、ためらいました。聞いてはいけないことのような気がしたからです。

 裕美さんから手渡されたタオルで身体を拭きながら、愛子さんと亜紀ちゃんがワゴンから降り立ちあがりました。亜紀ちゃんがはつらつとした動きに対し、お館様に散々に責められた愛さんはけだるげでした。裕美さんはそんな愛子さんのお尻をポンとたたきました。

 愛子さんはにっこりと微笑み、今度は、わたしにむかって、「夜のお努めだって、そりゃあ、たいへんよ。お館様ときたら、スケベーだから何をされるかわかったものじゃないし、でも、朝になって、満足そうなお館様の寝顔を見ると、自分自身が充実しているって気がしてくるの」

 あるいは、愛子さんも揺れるわたしの心を見抜いていたのかもしれません。

「それに安全日以外は、コンドームも使ってもらえるし」

 愛子さんは、わたしにそれだけ言うと、亜紀ちゃんと二人で交代にお館様の唇にキスをして、部屋を離れました。

「今日、お館様の夜伽をする香子さんはね、漫画家なの。だからいつも忙しいのよね。でも、ここでのさまざまな約束ごとに手を抜こうなんて決して思わない人よ」

「香子は、おれとはちがって本当の仕事をもっているんだ」

「お館様は、コンピューターのプログラマー、普段は在宅ワーカーだけど」
 裕美さんは、あわてて付け足しました。

「おれのは、格好だけだ。収入だって香子の10分の1にも満たない」

 わたしは裕美さんに香子さんのペンネームを教えてもらいました。月刊誌に連載されて、わたしでも知っている売れっ子作家でした。あの美しい恋愛漫画を画く人まで、この人に身体をもてあそばれているのかと思いました。

 その夜、わたしは、黒の館に泊まることになりました。

 わたしには、逃げることも出来ませんでしたし、その気持ちもありませんでした。黒の館は、神秘的でした。いつのまにか、異常な性宴がわたしの興味を惹きつけて、魅了していました。

 お館様の態度が、優しく紳士的で、取り囲むような女性たちが、さわやかな瞳を輝かせていたからだと思います。肉体による懸命な奉仕が、決して、強制されたものではないことはわかっていました。

「今夜は、君一人で眠ればいい。もっとも、君に同性愛の趣味があれば、誰かを添い寝させるのだが」

 バッドジョークでした。わたしの心は、まったく違うところにありました。わたしは、追従笑いをし、裕美さんに案内されて寝室にむかいました。

 その部屋にもやはり、黒い調度品が多くありました。そして独特の不気味さをかもし出していました。わたしは、ふと、これは裕美さんの趣味ではないかと思いました。

「明朝、起こします。面白いものが、ご覧になれますよ」
 裕美さんは意味ありげな言葉を残し、部屋を出て行きました。

 わたしは、ベッドの中で、今日一日の出来事を思い出しました。

 山道で意識を失い、男に犯された夢を見たこと、気が付けば不思議な洋館の前で倒れていたこと、その洋館は、男一人に女五人がかしずく性の館で、わたしは客としてのもてなしを受け、柔らかなベッドで寝ていることなど、幻想と真実が、入り交じり、混乱に拍車をかけました。

 廊下に出てみれば、ちょうど、お館様の部屋に入る香子さんが見えました。小柄で、浅黒く、聡明そうな顔立ちでした。

 流行の漫画化のはずなのに、地位も収入も保証されているはずなのに、愛子さんのことばを借りれば「何をするかわからないお館様」になぜ身体を捧げなければならないのかと思いました。

 そうこう考えているうちにわたしは、いつのまにか眠りについていました。

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