黒い館
けいもく:作
■ 7.館の掟1
愛子さんの量感のある乳房と比べ、香子さんのそれは明らかに貧弱だと思いました。でも眼を閉じて、ただ身体に感じる痛さを、数にしてかぞえているだけの香子さんの裸体が、愛子さんとはまたちがう、小さくても燦然とした輝きを放っているような気がしました。
「香子さん、何もしていないのにかわいそう」
わたしは、裕美さんに小さな声で語りかけました。
「香子さんは、何もしていないかもしれない。でも、香子さんの罪が一番重いの」
「そんな」
私の見た香子さんは、体を卑猥にもてあそばれても忍従している姿だけでした。打たれた縄からはみ出した、乳房をつかんだ5本の指が、柔らかさに食い込み、つめを立てたとしても、香子さんには、かすれた、声にもならないような、かぼそい声を放って、耐えるしかありませんでした。
「香子さんのどこが」
「香子さんは、お館様をほれさせてしまった。だから鞭で打たれなければならないの」
ずいぶんと、乱暴なはなしでした。
「今朝のおやかた様の香子さんを見つめる眼、あれは恋をしている眼だった」
「恋?」恋とは、純粋なもののはずでした。
『ハーレムをつくり、欲望のままに女たちに献身的な奉仕をしいる、そんな日常生活に身をおく男が、その中の一人に恋をする、そんなことがあるのだろうか?』と思いました。
そんなピュアな心を残しているのでしょうか。
「ここではね、お館様がひとりの女の身体でどういうふうに遊んでもいいの。ただ愛情を絡めるとだめ。身体は好きなように扱っていいのだけれど、心まで通い合わせちゃあ、この館が崩壊しちゃう」
裕美さんの言うことも何となくわかりました。
「そういう時にお館様が絡み合った情を断ち切るにはね、他の女の人と一緒にその人も鞭で打つの。だから香子さんも鞭で打たれなければならないの。香子さんは心を奪った罪」
そして裕美さんは冷酷でした。現代の魔女裁判かと思いました。
香子さんへの鞭打ちも終わろうとしていました。
お館様は、香子さんの裸体に鞭を振るいながら、『この女も、おれの性欲を満たす五人の女の中のひとりにすぎないのだ。だから、他の女と同じように鞭で打つのだ』と、そんな理屈にもならない理屈を、心の中で叫んでいるのでしょうか。
だとすれば、この館の誰もが心を病んでいると思いました。
そして、お館様に身体を捧げる五人の女に、もしも六人目が加わるとすれば、それはわたしではないのかとも思いました。
次は、裕美さんでした。お館様は、裸の裕美さんを抱きしめキスをしていました。
きっと、お館様にとっては一番抱きなれた、安心できる身体だろうと思いました。舌を口の中に入れても違和感のない自然さで吸ってくれました。
鞭にもなじんだ身体でした。
お館様は、太ももから、ふくらんだヒップ、腰のくびれ、伸ばされた背筋を順々に手で触りながら目視を続けていきました。
裕美さんの身体にはお館様と暮らした年輪が刻まれていました。あくなき折檻と無数の傷跡、いえ、それがたとえ今は、裕美さんの身体に残されていなくても、お館様にはわかったのです。傷をつけた、一つひとつの光景が、裕美さんのすすり泣く声とともに、見事によみがえってくるのです。
お館様は、裕美さんをひざまずかせ鞭を打つ意志を示しました。
もともと、この洋館にはお館様と裕美さんの二人で住み始めたそうでした。
裕美さんの資産家の伯父さんがなくなられ、遺言で裕美さんに残された財産の一部で、荒れ果てた別荘を買い、改装したと聞きました。
人里はなれた僻地で若いふたりが、何をしていたのでしょうか。お館様のコンピュータープログラミングの在宅ワークは順調だったのでしょうか。
「退屈だったら、これでわたしを打てばいいわ」と裕美さんがお館様にわたしたのが、今、裕美さんを打っている鞭だったのです。
お館様は驚いて、鞭をじっと、見つめました。
お館様は裕美さんから想像を絶する過去を聞いていました。それでも、お館様の裕美さんへの恋慕は消えませんでした。裕美さんを見つめ、受けた傷の深さを知りました。そして、ある決意をしたのでした。
裕美さんへの鞭打ちは終わりました。
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