黒い館
けいもく:作

■ 23.亜紀ちゃんの乳房1

「じゃあ、始めるから」と、お館様は言いました。

香子さんは、返事をしませんでした。もちろん、いまさらいやだと言っても、許されることではありませんでした。部屋に入る前から覚悟していたことでした。それ以前に、サディストに身体を捧げることは、香子さんの務めでした。

でも、この日の香子さんは普段と違う脅えを感じていました。

『今日はつぶされるかもしれない』と思いました。

お館様は夜伽の時は、必ず香子さんの膣の中で果てていました。香子さんもどれだけ激しく責められた後でも、抱かれる時には、お館様に抱く喜びを保障しなければならないのかもしれません。夜伽とはそういうものでした。

どんなに肉体が痛めつけられていたとしても、お館様が香子さんを抱きながら乳首を舐めたとすれば、乳首を舐められた時に女がする悶えかたを要求されました。お館様のものを不意に口に入れられても、唇を動かせて尽くすのは当然でした。死体のような女は抱くに値しません。

あるいは、それがふたりの間で無言のうちに『つぶさない』『つぶされない』の約束事になっていたのかもしれません。

だけど今日は亜紀ちゃんがいました。亜紀ちゃんは縛られている香子さんと同じベッドの端に腰を下ろしていました。たとえ視界を遮られていても、いえ、そのぶん、香子さんの神経は研ぎ澄まされていたのかもしれません。亜紀ちゃんがもたらすわずかな体温と息遣いまで感じとっていました。

香子さんを責めた後、どちらの女性を抱くかはお館様が決めればいいことでした。そして香子さんは、亜紀ちゃんの若さに対する自分の容姿の衰えを感じていたのかもしれません。もし、お館様が亜紀ちゃんを選んだとすれば、サディストとしての欲望を果たし終えた香子さんの肉体は、不要のものとなるはずでした。

香子さんの脅えは、そこの部分に集約されていたのかもしれません。ただ、香子さんには、これ以上深く考えることができませんでした。

後は、ロウの熱さから逃れるために身体を悶えさせなければなりませんでした。すでにお館様は香子さんの乳房にロウをたらし始めていました。何度受けても慣れることのない熱さでした。だから、お館様も飽きないのかもしれませんでした。たらし方はその時の気分でした。なぜか、右の乳房ばかりが狙われていました。そして、お館様は楽しそうでした。

「マルで囲って点数でもつけようか、乳首が10点で乳房が5点」

誰にも笑えない冗談でした。冗談を言いながら、お館様の眼がらんらんと輝いていきました。

香子さんは「熱い」を何度も繰り返しました。まだ、悲鳴といえるものではないにしても、身体を動かせて何とかロウの熱さから逃れようとしていました。もちろん、それくらいで香子さんが許されるはずもありませんでした。

ロウソクを持つ位置が下げられ、今まで以上に香子さんの身体に近づけられました。じっと、お館様のすることを見ていた亜紀ちゃんにも、それが空気に触れる時間を短くして、香子さんの胸に落とされるロウをより熱くするためであるのがわかりました。そしてもうひとつ理由があるとするならば、乳首を的確に捉えることでした。

香子さんの「熱い」が次第に泣くような声に変わっていきました。身体を悶えさせて、逃れようとするような香子さんの動きに、お館様の持つロウソクは見事に反応していました。香子さんが腰をよじって半身になってもお屋形様のロウは乳首を捉えていました。

亜紀ちゃんは、目の前で繰り広げられる凄まじい光景に固唾を飲みました。

『酷すぎる』と思いました。

でも、なぜか嫌悪感を抱くことができませんでした。責められる香子さんを美しいと思いました。亜紀ちゃんは、香子さんの代わりに自分がベッドに縛り付けられ、乳房にロウをたらされているような錯覚に陥りました。おぞましい錯覚ではないような気がしました。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊