狂牙
MIN:作

■ 第2章 ゲーム5

 俺は男を睨み付けながら
「おい、営業妨害だぜ…」
 男に自分の気配を開放しながら、低く告げると
「そう目くじらを立てるな…、ほんの遊びだ…」
 また、穏和な笑みを浮かべ、男はソファーに身体を預けながら
「君は、長幼の序と言う言葉を理解出来る方かね?」
 掻き消すように支配者の気配を消した。
 それは、実に鮮やかなコントロールで、この男がかなりの男であると、推測するには充分だった。

 俺は肩すかしを食らったような気持ちに成り
「ああ、ふざけた事をされなければ、それなりにな…」
 男の問い掛けに答えながら気配を収め、ホステスが座る丸椅子に腰を下ろした。
 男は俺の答えに、両手を拡げながら微笑むと
「そうか、それは良かった。私もこれで、心地よく酒を味わえる」
 穏やかな声で、腰を落ち着けるつもりである事を俺に教えた。
 俺は警戒を緩めず
「この店は、[組織]の人間はお断りしています。どうか、お引き取り下さい…」
 低い声で男に告げる。
 これ程の気配を持った男が、一般人で有る筈がないと決め打ちしたが、男は否定も肯定もせず
「おいおい、そう邪険にするなよ…、悪戯の事は、これ、この通り謝る。この店の一日の売り上げを保証するから、飲ませてくれ。それに、私の話を聞いて、損はさせないよ」
 ガバリとソファーから身を起こし、テーブルに両手を付いて、深々と頭を下げて謝罪し、俺に用件が有る事を告げた。

 どこまで本気か、全く掴めない妙な男に、俺は少なからず面食らい
「解りました。どうせあんたのせいで、今日こいつらは使い物に成らない…。夏恵、店を閉めろ。今日は貸し切りだ…」
 警戒を維持したまま、夏恵に指示を飛ばす。
「はい、畏まりましたご主人様」
 夏恵は深々と頭を下げると、呆けているホステス達に指示を飛ばし、店を閉める。
 啓介は静かにソファーを並べ替え、ボックスの配置を換えると、テーブルを挟んで男の正面に俺が座れるようセッティングした。
 啓介のテーブル配置は絶妙で、何か有った場合、俺が飛び出し易く、男が動き難いように位置を計算している。
 啓介がテーブルを配置する間に、ホステス達は何とか立ち上がり、フラフラと覚束ない足取りで、酒の用意を始めた。

 男の横には、騒ぎの前から座っていた女が座り、甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。
 その目には、欲情が色濃く顕れ、男の命令を待ちわびている感がある。
 主人の目の前で、主人以外に向けるべき目線では、決して無かった。
 そればかりか、他の4人も目に興奮の色を浮かべ、モゾモゾと股を擦り合わせて落ち着きが無い。
 俺が憮然とした表情を浮かべ、グラスに手を伸ばすと、俺の横にスッと夏恵が座り、欲情した眼差しを俺に向ける。
 全く、情け無い限りだったが、俺は注意する事無く、ブランデーを一口放り込んだ。
 この男に、当てられたのは俺も同じだったからだ。

 男は俺が一口飲むのをニコニコと見詰め
「叶君…、どうだろう。君の自慢の奴隷達を披露してくれないか? 私が[同じ嗜好]だと、君も解っているんだし、出し惜しみは良くないと思わんかね…」
 俺に提案して来た。
 冗談じゃない、俺は[組織]の鬼畜にこいつらを見せるつもりも、ましてや与えるつもりも更々無かった。
 俺がジロリと男に視線を投げると
「何、只とは言わんよ。それなりの金を出そうじゃないか…」
 男はすっ恍けた声で、俺にごり押ししてくる。

 俺が男の言葉に、返事を返したのはこの男の持つ雰囲気が、何故だか嫌いに成れなかったからだ。
 俺が知る[マテリアル]の関係者は、必ずどこか壊れていて、俺の疳に障る。
 だが、この男には不思議とそれが無かったのだ。
「今日の飲み代…5本出すなら考えても良いですよ…」
 俺がボソリと男に告げると、男はピューと口笛を吹き、戯けた表情で肩を竦めると、
「おいおい、ボルね…。まぁ、これはお近づきの印だ、構わんよ…。君、私の鞄を頼む」
 女の1人に声を掛け、クロークに預けた鞄を持って来させる。

 男は鞄を手に取ると、中から帯封の付いた一万円札の束を5つテーブルに載せ
「カードとか、小切手何かより、これなら信用出来るだろ」
 鞄を女に預けながら、俺に静かに告げた。
 チッ、この男、俺の性格を調べ上げてる。
 俺がこの手の男には、現金しか要求しないのを知っていた。
 恐らく、あの鞄の中には、これの倍以上の現金が入っていたんだろう。
 もっと、吹っ掛けてやれば良かった。

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