狂牙
MIN:作

■ 第2章 ゲーム30

 俺は次の日も、日中はスーパーに足を運んで女を犯し、欲望を満たして性欲の捌け口にし、夜には[SEASON]に足を向けた。
 昨日の別れ際の優葉が、気に成ったからだ。
 優葉の今までの出勤パターンから考えると、今日は先ず居る筈がなかった。
 優葉は大体、月に1回程度しか店に出て来ない。
 それは判っていたが、優葉の態度がどうしても気に成って、落ち着かなかったからだ。

 夜の9時丁度に、俺は店の扉を開いた。
 これも、自分の心を落ちつかせる為で、優葉がこの時間に出勤する事は、今まで1度も無い。
 優葉の出勤時間は早くて10時、遅い時には11時を越える。
 俺はおかしな事に、優葉を求めているのに、優葉が居ない事を望んでいた。
[所詮俺にどうこう出来るレベルの女じゃ無い]俺は自分の心に言い聞かせるつもりで、店内に入って行った。
 だが、俺のそんな行動は、何の効力も発揮し無いどころではなく、俺の心のブレーキをたたき壊す結果になる。

「いらっしゃいませ、川原さん」
 俺が優葉を確認するより早く、鈴を転がすような美声が、俺の耳に飛び込んできた。
(う、嘘だろ! 2日連続で…。しかも、こんな早い時間から店に出てるなんて…)
 俺が呆然と優葉を見詰めていると、優葉は嬉しそうに微笑んで、カウンターの中からおしぼりを差し出した。
 俺はその後、自分でどうしたのか判らず、気が付いた時には優葉が、目の前で楽しそうに話をしていた。

 我に返った俺に、優葉は悪戯っぽく笑い
「川原さん、驚いてるんでしょ? 私が今日もお店に居た事…」
 俺の核心を貫いて、問い掛けて来た。
 どうして思っている事を的確に突かれると、人間はギクリと飛び上がるんだろう。
 俺もご多分に漏れず、口に運んだ水割りを吹き零しそうに成りながら、慌てて優葉の顔を見た。
 優葉は悪戯っぽい笑いを強め、意地悪な顔つきになると
「へへへ…図星だったんだ…」
 俺の表情から正解を導き出す。

 俺が動揺を必死で抑えようとすると、優葉が俺に小さく手招きしながら身を乗り出してきて
「今日はボランティア。お仕事じゃないのよ…」
 顔を近づけた俺の耳元に囁いた。
 俺の口の中の水分が、一瞬で消えて無くなり、心臓が爆発したのかと思う程、大きく跳ね上がった。
 俺は取り敢えず喉の渇きを癒す為、水割りを口に運び、顔を優葉に向ける。
 俺の視界には、優葉の大きな目だけが、キラキラと光っている。
 あと5pも顔を前に出すと、唇どうしが触れ合う程の距離だ。

 俺は優葉の瞳に目線を貫かれ、身動きが出来ないまま優葉に問い掛けた。
「ふ、ふ〜ん…、そ、それは…俺に…会いたかったの…」
 余裕を作ろうと必死に成りながら、口に出した言葉は、情け無い程掠れていた。
 優葉は視線を左右に素早く動かし、スッと身体を起こしながら
「だって、楽しかったんだもの…」
 俺の耳元にだけ届くような声で、囁いてはにかむ様に微笑んだ。

 典型だ。
 これは、昔通ったキャバクラのホステスが良く使う手で、男心を擽りながら、店に通わせる手口の典型だった。
 だが、俺は直ぐにその考えを否定する。
 この店は、指名制がある訳でもないし、こんな事をしなくても、俺はほぼ毎日この店に来ている。
 つまり、俺に営業目的で、こんな事をする必要は、全く無かったんだ。
 混乱する俺の元に、スッと千春ママが近付いて来て
「川原さん、優葉ちゃんにお飲み物頂いても宜しいですか?」
 不自然な大きさの声で、問い掛けて来た。

 俺は優葉がグラスを持っていない事に気付き、慌てて頷くと優葉に飲み物を勧める。
 優葉が俺のボトルから、水割りを作り始めると、スッと身体を回した千春ママが
「優ちゃん近付き過ぎ。辺りが殺気立ってるわよ…」
 優葉の耳元に小声で素早く注意した。
 優葉がその言葉に目線を上げ、辺りを確認すると素早く伏せる。
 俺もそれにならって、自然に辺りを見渡すと、思わず首を竦めてカウンターに視線を落とした。
 正直この店の常連に、殺されるかと思ったからだ。

 俯いた俺の目の前に、両手でグラスを持った優葉の手が差し出される。
 俺は視線を上げて優葉を見ると、周りの客など一切気にした素振りも見せず、微笑みながら自分のグラスを差し出した。
 俺がその仕草と微笑みに見とれていると、優葉の両手が持ち上がり、俺のグラスにコツンと当てる。
「怒られちゃった」
 優葉は小さく俺に告げ、首を傾げてピンクの舌を少し覗かせ、微笑んだまま肩を小さく竦める。
 この瞬間、俺は[騙されても良い]と思った。
[100万200万の金なら、貢いでやる]とも思った。
[いや、むしろ騙して欲しい]と真剣に思った。
 この女と親密になれるなら、それが[騙し]でしかなくても、俺はその道を選ぶ。

 俺は一大決心をして腹を決めると、気分が徐々に落ちつき、緊張が解れた。
 優葉はそんな俺の変化に気付いたのか、華のような微笑みを俺に向けグラスに口を付ける。
 そして、俺達は杯を重ね、楽しく会話した。
 優葉は聞き上手で、話させ上手だった。
 俺の話にベストなタイミングで、合いの手を入れ、俺の話が止まらないように導く。
 この店では他の席でも会話がメインで、誰もそれを邪魔するカラオケなど歌わない。
 心地よい喧噪、静かな空間、旨い酒に極上の美女。
 俺の至福の時間は、あっと言う間に過ぎ、又閉店時間が訪れる。

 俺が名残惜しみながら、スツールから腰を上げると
「川原さん、また明日ね」
 優葉がニッコリと笑い、俺に手を振った。
 俺は優葉の挨拶に軽く手を挙げ
「ああ、また明日な…」
 足下を少しふらつかせながら、店を出て行った。
 俺はポケットに手を突っ込みながらフラフラと歩き、店での会話を思い出して、ニヤニヤと笑っていた。

 だが、その俺の顔が、最後に思い出した優葉の言葉で、驚きに変わる。
(んっ? ん〜っ! た、確か…、優葉ちゃんは[また明日ね]って言わなかったか? いや、言った。間違い無く言った! あ、明日も店に出てくるって事か?)
 俺は呆然と成り、驚いた視線を今歩いてきた方に向けた。
(どう言う事だ…。月1だった子が、毎日店に来るって…。しかも、今日はボランティアって言って無かったか? まさか、俺に会いに来るのか…? いやいや…有り得ない…。俺とちゃんと話したのは、今日で2回目だぞ…)
 俺は自分の頬を叩きながら、冷静さを取り戻そうとするが、血管を巡るアルコールが邪魔をする。
 俺は頭を何度も振り、妄想に走り出しそうになる思考を引き留め、家路についた。

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