狂牙
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■ 第2章 ゲーム31

 次の日の夜、俺が店に入ると優葉は、居なかった。
 俺は、胸を撫で下ろしたい気持ちと、ガッカリした気持ちが複雑に絡んだ表情で、いつもの席に座った。
「いらっしゃいませ」
 千春ママがにこやかに笑いながら、おしぼりを差し出し俺のボトルをカウンターに置く。
 だが、不思議な事にお通しを出した千春ママが、いつまでも俺の前から離れない。
 千春ママは、始めに挨拶をかねて数分居る事は有っても、1人の前に居続ける事は見た事がなかった。
 俺がその理由を問い掛けようとすると、店の奥から息を切らせた優葉が現れ
「お、遅く成っちゃった…」
 荒い息と同時に俺に告げ、当然のように俺の目の前に陣取る。

 俺は、正直驚いた。
 優葉は、どうやら本気で俺と会う事を楽しんでいるようだったからだ。
 俺は、それを話の中で優葉から引き出した時は、心臓が止まりそうに成った。
 だが、そんな事を表情に出して、足元を見られる訳にも行かず、俺は虚勢を張り
「こらこら、優ちゃん…。おじさんを…からかうモンじゃない…。そんな事を言っても、これ以上通うなんて、出来無いよ…。なんせ、毎日来てるんだから…」
 茶化しながら、優葉に告げた。

 優葉は、俺が茶化すのをジッと聞きながら、ニッコリと笑い
「そんな事じゃ無いもん…」
 可愛らしく俺の言葉を否定しながら、ユックリとその微笑みを変え
「私は、川原さんともっと別のお話したいの…」
 見た事もない妖しい表情で、囁くように俺に告げた。
 その妖しい微笑みを見た瞬間、その囁きを聞いた途端、俺の背筋を電流が走り、呆然と優葉を見詰めた。
 優葉は俺の目を見詰めながら、声に出さずに唇を動かす。
[外で会う]その唇は、俺の目に確かにそう見えた。
 そして、優葉は俺の顔を見ながら、問い掛けるように小首を傾げて可憐に微笑んだ。

 俺は無意識のうちに、顎を引き頷いていた。
 優葉はクルリと踵を返し料金を精算すると
「ありがとうございました」
 明るく笑いながら領収書を差し出し、頭を下げる。
 店の常連客が向ける、驚きの表情を無視しながら、そそくさと会計を済ませる。
 そりゃ、驚くわな。
 優葉が相手をしているのに、ほったらかしにしてこんな時間に席を立てば、俺でも[馬鹿じゃないか]と思う。
 俺も領収書の裏に[駅の東口で待ってて下さい]とメッセージが無かったら、絶対に11時に席を立つなんてしなかっただろう。

 駅の東口は学校系が多く、この時間帯は殆ど人通りが無い。
 俺が駅について10分程待ち[からかわれたか]と思い出した時、俺の背中に柔らかい物が触れた。
 驚いて振り返った先に、私服に着替えた優葉が、嬉しそうな笑顔を向けていた。
 優葉は薄いピンクのタンクトップにシースルーの半袖のブラウスを羽織り、白いミニしカートを穿いていた。
 反則物のスタイルの良さを惜しげも無く晒す優葉は、周囲の視線を一挙に集める。
 俺が優葉に見とれていると、優葉は俺の右肘に両手を絡めながら、グイグイと引いて歩き始める。

 俺は、慌てて歩き始めると、優葉は俺の横に寄り添い腕を絡めたまま、西口に向かい駅前の居酒屋を指さした。
「ねぇ、アソコにしましょ。結構美味しいんだって」
 俺は、優葉の指さす店に視線を向け、苦笑いをしながら頷いた。
 その店は、俺の近所の自治会でも、良く宴会で利用する店だったから、味の程度は知っていて、優葉の言う事にも頷けたが、いかんせん知り合いがよく利用する。

 俺は少し思案して
「優葉ちゃん…、あの店は止めないか…」
 優葉に別の店を勧めようとしたが
「え〜っ…。だって、ここら辺じゃ、私達のお店以外で一番遅くまでやってる店なのに…」
 優葉が唇を尖らせながら、俺の腕を左右に振って、理由を言った。
 確かに、その居酒屋は、この駅の近辺では一番遅くまでやっている店だった。
 優葉はその事を知りながら、俺をその店に誘った。
(おい! どう言う事だ…。まて、冷静に考えろ! 今の言い方だったら、[俺と少しでも長く居たい]って聞こえたぞ! いや、そんな事は、俺の思い上がりだ…。優葉は一言もそんな事は言って無いし、第一有り得ないだろ。こんな可愛い女の子が、俺みたいな親父にそんな考えで、居るなんて…。リスクを考えろ! あの店には、間違い無く誰かが居る筈だ…。あの店で、合流して2次会が今までのパターンじゃないか…)
 俺は知り合いに見られるリスクを考え、頭の中に浮かんだ希望的憶測をリスクマネージメントで押しつぶし、優葉に顔を向けた。

 優葉は俺の腕にしがみ付き、心配そうな顔で俺を見上げて居た。
 俺はあまりの可愛さに目眩を覚えながらも、[店を変えよう]と言いかけた時
「私、川原さんといっぱいお話ししたかったのに…。駄目ですか…?」
 優葉が不安そうに、俺に問い掛けて来た。
 最強だった。
 優葉に、この顔、この声、この仕草、そして[いっぱいお話ししたい]と言われて、勝てる男は絶対にいない。
「ううん、大丈夫だ。アソコは、個室も有るからユックリと話も出来るよ」
 俺はリスクマネージメントをゴミ箱に捨てて、優葉の希望通り店に向かった。

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