狂牙
MIN:作

■ 第2章 ゲーム37

 川原と前田にはそれぞれ監視を付け、それぞれの行動を見守った。
 川原を[SEASON]から、出入り禁止にし乙葉から遠ざけると、川原は面白いように俺の思い通りに動いてくれる。
 夜の時間がポッカリと空き、川原が取った行動はジムの変化の理由探しだった。
 川原が居酒屋で気付いた事柄を、整理しながら仮説を立て始める。
『やっぱり、大杉君も金子さんも同じようにジムに吼えられている。しかも、この4人しかジムの態度が変わった者が居ない…。だとすると、俺達4人に対する共通事項を考えてみよう』
 居酒屋のテーブルで、前田と顔を突き合わせながら河原が呟く。
『え〜っ…、俺達4人ですか…。仕事も違うし、人付き合いも被らない…。それに、金子さんは正直俺は嫌いだから、接点は無いですよ…』
 前田はビールのジョッキを片手に、焼き鳥の櫛を頬張り川原に告げる。

 川原はそんな前田に向かって
『俺も、金子さんは嫌いだ。あれ程意味もなく威張る人間は見た事が無い。だが、そんな事を言ってる場合じゃ無いぞ。この謎が解けたら、ひょっとして面白い事になるかも知れん…』
 ニヤリと笑いながら、言った。
『面白い事…? どんな風にですか…』
 前田は訝しそうな表情を浮かべ、川原に問い掛けると
『もっと、刺激的なSEXが出来るかもな…』
 川原は邪悪な考えに表情を歪め、前田にボソボソと答えた。
『え〜っ! ど、どう言う事ですか?』
 前田が驚きながら、川原に再び問い掛けると、川原は椅子の背もたれに背中を預け
『俺の考えが正しかったら、極上の女をいつでも好きなように犯せる事に成る…』
 サディストの表情を浮かべ、前田に答える。

 川原の答えに前田が唾を飲み込むと、川原はスッと身を乗り出し
『先ず第1に、ジムが変わった時期を覚えてるか?』
 顔を近づけながら問い掛けた。
 前田はコクリと頷いて
『ええ、覚えてますよ…。3週間前です』
 川原に答える。
『そう、3週間前だ。俺も大して時期的に変わらんし、大杉君と金子さんもほぼ同時期だ』
 川原が認めながら、ジムの態度が変わった4人ともが同時期だった事を教え
『3週間前って、何か変わった事がなかったか?』
 前田に薄笑いを浮かべ、問い掛けた。

 前田は暫く考えながら、有る事に気付き
『あっ、あの女…。確か、例の女を初めて抱いたのが、それぐらいです』
 ボソボソと呟いた。
『そう、俺もそうだ。そして、多分あの2人も同じぐらいだろう』
 川原はビールのジョッキを一口煽りながら、前田に答える。
 前田が笠原の顔を見詰め、何かを問い掛けようとすると
『犬ってな、俺達より可成り匂いに敏感なのは知ってるよな? それに、自分の物に対する執着も強い。自分の縄張りや持ち物に、他の匂いが付いていると、犬は攻撃的に成る』
 川原がいきなり話を変えながら、前田に告げた。
 前田が話の流れに付いて行けずに首を傾げると
『溺愛している犬の飼い主から、他人の…。嗅いだ事のない牡の匂いがしたら…、犬は相当敵意を向けるだろうな…』
 川原が笑いを含んだ声でボソボソと呟くと、前田の目が大きく見開かれた。

『そ、それって…。い、いや…有り得ないでしょ…。いや、だって…年が違うし…。あの女は…どう見ても、20代後半ぐらいだし…。あの奥さんは…40歳でしょ…。それに…、いや…。どう考えても、結びつかないでしょ…』
 前田が驚き狼狽えながら、ボソボソと呟く。
『いや…。あの女、肌の張りは20代後半でも通じるが、あの脂の乗った艶は、その年じゃ出ない。それに、気付かなかったか? あの女の仕草には、上流階級の品の良さが端々に現れていたの…。それも、若い身のこなしじゃ無く、落ちついた[奥様]とか呼ばれる、人間が身に付ける動き方だ』
 川原の歪んだ笑顔は、完全に毬恵の素性を見抜き、自信に漲っていた。
 前田が川原に気圧され、呆気に取られていると
『だが、これは憶測だ…。この憶測に何らかの証拠が揃えば、葛西さんの奥さんは俺達の奴隷だぜ…』
 川原はジョッキのビールを飲み干しながら、前田に楽しそうに告げた。

「はい、良く出来ました。その通りです」
 俺はこの会話を見て、パチパチと手を叩きながら、川原の行動を褒めた。
 川原は優葉と会えなくなり、[SEASON]での寛ぎの時間も無くした為、可成り捨て鉢に成っている。
 そんな川原が残された楽しみを拡げようとする事は、火を見るより明らかだった。
 後は、調子に乗ってくれれば、それだけで俺の目的は達成される。
 由梨の存在と行動が、こいつらの知る所と成れば、由梨は保守義務上撤収しなければ成らない。
 組織の存在を知ろうとしない限り、こいつらに直接手を掛ける事は禁じられているし、天童寺にはどうする事も出来無い筈だ。
 取り敢えず由梨があの屋敷から出れば、その分時間が稼げ、こっちも何某かの手を打てる。
 俺は川原達4人の情報には、[ブラインド]を掛けて居るから、天童寺にはまだこの動きはバレて無い筈だ。
[ブラインド]とは、文字通り情報を隠す事で、俺に唯一残された権利である。
[ブラインド]を掛けた情報は、相手が2倍のチップを払い[パブリック(開示)]を求めない限り、一切公表されない。
 それは、連絡員や工作員の報告に対しても有効で、伏せられた情報は報告出来なくなっている。
 本部も、その情報に対して調査を行えない為、今回のような[見せしめ]的なゲームでも情報が漏れる事はない。
 こんな手しか打てない今の状況が歯がゆいが、何もしないよりは幾分マシだった。

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