狂牙
MIN:作

■ 第3章 転換の兆し2

 老人の言葉に3人の身体がガクガクと震え、首がうなだれ蒼白の顔を俯かせる。
 そんな3人の顔が、椅子女達の苦鳴で跳ね上がった。
 いつの間にか運ばれてきた飲み物が、椅子女の手の上に置かれている。
 椅子女達の右手は掌を上に向け、左手はコップを持つような形に固定されていた。
 由梨が座った椅子女の右手には、コーヒーカップが置かれ、老人が座った椅子女の左手には、湯飲みが持たされている。
「ぐぅ〜〜〜っ、あ、熱い…熱ぅ〜〜〜っ…」
 椅子女達は、堅く目を閉じて熱さに堪えている。
「あら、面白い…。これ、ピクピク震えるのね…?」
 由梨が椅子女の身体が、ピクピクと震え始めたのに驚きながら問いかけると
「ああ、神経は痛覚も触覚も、全部生きてるからな。筋肉もそのままじゃから、面白い反応をするじゃろ」
 老人は椅子女の右手の上に湯飲みを持って行き、中身のお茶を掌に注いだ。
「ぎひぃ〜〜〜っ! 熱い、熱い〜〜〜っ…。お、お許しください…お許しください〜〜〜っ…」
 椅子女は全身の筋肉をブルブルと震わせ、涙を流しながら懇願する。

 由梨は椅子女達の懇願を聞きながら
「でも、これってかなり大げさな反応ね…。この程度の温度で、こんなに鳴くなんて」
 呆れ返った口調で、劉に告げると
「仕方が有るまい。こいつらは、普通の者より得られる刺激が少ないから、より多くの刺激を得ようと脳が働いておる。それに、これぐらいの反応を見せんと、筋肉が衰えて座り心地が悪く成るわい」
 劉はニヤリと笑って、由梨に答えた。
 由梨が劉の説明で納得し、視線をコーヒーカップに移すと
「な〜る…。神経が過敏に成ってる訳ね…。その上で刺激して、調整する趣向…。面白いわ…」
 ビクビクと痙攣している右掌に劉と同じように、中身を零す。
「あぎぃ〜〜〜っ! 熱い〜〜〜っ…、ひぃ〜〜〜っ」
 椅子女は大きな悲鳴を上げ、涙を流しながら苦痛を訴える。
 由梨はその声を楽しそうに微笑みながら聞き、コーヒーカップの中身を啜った。
 身の毛もよだつ光景だった。

 葛西家の3人達はガクガクと震え、膝から床に落ち、そのまま自然に頭を床に擦りつける。
 由梨は、その姿を見ながら老人に話しかけた。
「劉爺さん。こいつらが今回の依頼品よ…」
 劉は、視線を3人に向けながら
「ほう…、結構金が掛かってそうじゃな…。特に、その女…」
 ボソボソと呟き、毬恵を指さしながら由梨に問いかける。
「ええ、ご推察の通りよ…。こいつらを、最高の玩具に仕上げたくてね…」
 由梨の言葉に劉が頷き
「どれ、先ずは見てみんとな…」
 湯飲みを椅子女に持たせながら、腰を上げた。

 全裸にした3人を隅々まで診察した劉は
「ふ〜ん…。まぁ、取り敢えずその牡は置いて行け。1週間程でお前さんのオーダーに仕上げてやる。そっちの雌2匹は、今日は堕胎だけじゃな。若い方は胎盤も形成されてるが、年寄りの方は、まだ培養が必要じゃろう。クリトリスと一緒に培養してやるわい、じゃが出来は解らんぞ…培養槽は所詮培養槽じゃ。オリジナル程完成度は見込めん。若い方の固着剤は、こいつを取りに来た時には出来てるだろうから、その時処置してやる。年寄りの方は、2週間は要るぞ」
 ザンバラに成った白髪頭を見せながら、面倒臭そうに由梨に説明する。
(また始まった…。この爺さん、身長が140p程で、思いっきり猫背だから、どうしても見下ろされるのよね。嫌なのは解るけど、見上げようと思ったら床に平伏しなきゃいけないのよ。診察なんだから、そんな事出来る訳無いでしょ…)
 由梨は劉の説明を聞きながら、3人に見下ろされ不機嫌に成った劉にうんざりする。
「解ったわ。それでお願いするわね。ところで、言って置くけど過剰な改造は駄目よ! こいつらには、まだ役目が有るんだからね」
 由梨は、劉の言葉に了解すると、直ぐに釘を刺して劉のやり過ぎを予防した。

 劉は、由梨に振り返りもせず
「ああ、解っとるよ。今回は、是が非でもお前の主(あるじ)に勝って貰いたいからな…。あの、糞生意気な餓鬼が、のた打ち回る姿を是非見たいわい」
 ボソボソと呟くように由梨に答える。
 由梨は以外な素直さに驚きを浮かべたが、直ぐにその顔を満面の笑みに変えて
「解って頂いてるなら良いわ。宜しくお願いね」
 右手を差し出した。
 だが劉は、由梨の微笑みを鼻で笑って
「お前さんの笑いには、騙されんよ…。どうせその笑顔の下で、儂を嘲ってるんじゃろ」
 由梨の横を素通りし、椅子女に腰掛ける。
(あちゃ…見事に見抜かれちゃった。まぁ、この爺さんとは付き合い長いしね)
 由梨は右手を下ろしながら、微笑みを苦笑いに変えた。

 由梨が気を取り直して、クルリと向きを変えると
「ところで、今回のゲーム…、晃が係わってるらしいな…。どうじゃ、処置費をロハにしてやるから、あのガキ儂に任せんか?」
 劉が刺すような視線を、由梨に向け申し出る。
「何? 有名になった弟子をどうにかしようっての?」
 由梨が問い掛けると
「あの餓鬼、折角儂が心血を注いだ作品を、片っ端から弄り回して、普通の身体に戻してるんじゃ…。あいつ自身の身体も、儂が特別あつらえしてやったのに、何の変哲もない身体にしやがって…。二度と戻せない技術を使って、作り変えてやる!」
 劉は、暗い目を燃やしながら呟いた。

 由梨は、劉の言葉を聞き
(あ〜ん…、成る程ね…。さっきの素直さは、こういう理由か…。晃ちゃんの家族を全員実験台にしておいて、怨まれないと思ったのかしら…。まぁ、そんな爺に改造されるの覚悟で弟子入り志願した時は驚いたけど、流石にアレは無いわ…。あんな姿にされたら、誰でも怨むわね…。だけど、これはこれで面白そうね…)
 意外な展開と劉と晃の確執に納得し、邪(よこし)まな考えを浮かべる。
「う〜ん…、ご主人様に聞いて見なきゃ判らないけど、晃ちゃんの技術さえ有れば、多分問題は無いわね…。私も、薬学を教えて上げたのに、今じゃ生意気な目で見るように成ってたから、ちょっとお灸を据えて上げなきゃと思ってたの…。良いわ、その話し乗って上げる。その替わり、こいつらは極上に仕上げてよ…」
 由梨は、交換条件を出して劉の依頼を承知した。
「おおっ! そうか、あいつを引き渡してくれるか! よしよし、任せろ。こいつらは、儂が腕によりを掛けて、SEXサイボーグにしてやるわい。ひゃひゃひゃ」
 劉は上機嫌になって、高笑いを始めた。
(相変わらず下品その物。今時[ひゃひゃひゃ]って、笑い方無いんじゃないの)
 由梨は、劉の高笑いを呆れ顔で見て、溜息をついた。

 由梨は、劉に細かな改造の打ち合わせと、それに掛かる日数を聞き、スケジュールを組み始める。
 劉はブツブツと文句を言いながら、改造方法を提案し擦り合わせを行った。
 30分程で改造内容が決まり、正式な契約が結ばれる。
 非合法組織の中で、お互いに交わした契約は何よりも重い。
 契約の不成立は、その命を持って全うされるのが、マテリアル内でのルールだ。
 二人は、その契約を薄く笑い合いながら、茶飲み話のような口調で結んだ。

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