狂牙
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■ 第3章 転換の兆し18

 千佳の行動は、他の店ならまだしも、昌聖の実家では怪しさバリバリである。
 どこの世界に、一人でアダルトショップに入り、ショーケースのバイブを品定めする女の子が居るのか。
 それが、どれほど不自然な事か、異常な世界に住む千佳には、理解できていなかった。
 千佳は手近な1本を手に取ると、しげしげと見つめる。
(うわっ! 何これ…先っちょと竿の部分感触が違う…。あれ、竿の部分も上と付け根じゃ硬さが違う…)
 千佳は、柔らかで小さな穴が無数に開いている亀頭部分を撫で、竿の上部と下部を指先で摘んで、硬さの違いを確かめた。
「ふぉふぉ…。それはのぉ、電源を入れると、その素材や硬さの違う理由が分かるんじゃ。ほれ、こんな風にの…」
 老人はそう言いながら、ショーケースに残されたリモコンを取り出し、操作する。
 途端にバイブが動き出し、グネグネとその身をくねらせ始めた。

「ふぉわ!」
 千佳は唐突なバイブの動きに、驚いて硬さを確かめていた手を離す。
「ふぉふぉふぉっ、落とさんで下さいの。まだ、お買い上げ前じゃ。ほれ、指で輪っかを作って、竿の部分に触れてみなさい」
 老人が笑いながら千佳に注意を与え、確かめ方を教える。
 千佳は言われるまま、親指と人差し指で輪っかを作り、竿の部分を握った。
(あわわわっ! こ、これ付け根の部分は、吸い付くみたいに柔らかくて、包み込むみたいに震えてる。おほーっ、上に行くと硬質の部分が振動を直に伝えるのね…。ありゃ? 何この亀頭の感触…。うわっ、プニプニチュッチュッキスされてるみたい…。これ、子宮口に当たったら…。凄いこのバイブ…)
 千佳はそのバイブの場所ごとに違う感触に驚き、それを自分の身体に当てはめ、みるみる頬を赤く染め、目尻を下げてしまう。

 千佳は、蕩然とした表情でバイブを見つめ、老人が動きを止めて初めて自分を取り戻す。
「どうじゃな、気に入ったかの?」
 老人が優しい微笑みを浮かべ、顔を近づけながら千佳に問いかける。
 千佳は、我に返った瞬間の無防備な心に問いかけられ
「は、はい。スッゴク!」
 目線を動かしながら、思わず正直な答えを返してしまう。
 その時、思わぬ程の近さに老人の顔が有り、千佳は驚きを顔に浮かべた。
 驚く千佳の瞳に、老人の優しい瞳が映る。
 ほんの一瞬だが見つめ合った老人が、自然にスッと顔を離した。
 驚きで空白に成った千佳の鼻腔に、甘く優しい香りがスーッと流れ込む。
(はわっ…いい匂い…、なんかリラックスして、優しい気持ち…)
 千佳の顔が、老人の残り香でフワリと蕩け、顔から緊張が抜け落ちる。
 だが、それも一瞬の事で、直ぐに千佳の目に力が戻った。
(ふむ、薬物耐性が出来とるの…。こりゃぁ〜[飼主]さんは、そこそこのレベルは有りそうじゃの〜…)
 老人は千佳の反応に内心驚き、所属する組織の絞り込みを始める。

 絶妙なタイミングで、二重三重の波状心理攻撃を加えつつ、催眠導入香を嗅がせたのだ。
 通常なら、この時点で頭は空白のまま、立ちつくすのだが、千佳は一瞬で意識を取り戻した。
 これは、薬物に耐性を持つ証拠で有り、それが出来る規模の組織に属している証明にも成った。

 老人は千佳を優しいまなざしで見ながら
(ふぉふぉ、どれぐらいの[躾]が出来ておるか、試してみるかの…)
「ふぉふぉっ、気に入ってくれたか。お嬢ちゃん、それはの粘り気の有る汁が絡むと、もっと強くなるんじゃ」
 亀頭部分を指さしながら、千佳に教える。
 千佳は老人の言葉で、亀頭部分を見、その意味を理解して頬を赤らめた。
「こ、これ…。おいくらですか…」
 千佳は真っ赤な顔で、モジモジとしながら小声で老人に尋ねる。
「そのケースにある物は、みんなうちのお手製…ワンオフ物じゃ。少々お値段は張るよ」
 老人は嬉しそうに千佳に告げると
「お、お金は有ります。って、言うかこれみんなお手製?」
 千佳は驚きの目を、ショーケースに向けた。

 ショーケースには200は下らない、様々な形のバイブが並んでいたからだ。
(はぁ〜…。ワンオフも頷けるわ、一つも同じ物がない…。これ全部試してみたい…)
 千佳は有らぬ欲望が、ムクムクと沸き上がり
「あ、あの…その…、同性でも…楽しめるの…有ります…か…?」
 モジモジと身体を揺らせながら、老人に問いかける。
 この質問に、老人の方が驚いた。
(何じゃ? 買い物に来たのか? いや、先ずこの店を知ってる事でも怪しいし、薬物耐性からも組織にも属しとる筈じゃ…。それが、レズ用バイブのお求めじゃと? どう言う事じゃ…。このお嬢ちゃん、本当に何しに来たんじゃ?)
 千佳の目的が分からず、頭の中でクエスチョンマークが飛び交う。

 だが、老人はそんな事は一切おくびに出さず、肩を引いて店の奥を示し
「それなら、こちらに成りますぞ」
 千佳を案内し始める。
 千佳はバイブを握り締めたまま、慌てて老人の後を追いかけた。
 コスチュームブースを手前で曲がり、催淫剤や媚薬が並ぶ陳列棚の向かいに、それらは並べられていた。
 一文字型から、碇型、ベルト固定型やショーツ型、様々なタイプのツインバイブが並べられている。
 そんな中から、老人は一つを取り出し
「それが、気に入ったなら、お勧めはコレじゃ。これは、ハードに責めるも、自分自身が楽しむのも思いのままじゃ」
 ショーツ型のツインバイブを手渡した。
 それは、以前昌聖が作った物の改良版で、機能はそのままに調節機能の上限を上げ、激しい動きにも堪えられるように、生ゴムショーツで抑えると言うものだった。

 機能の説明を聞いた千佳の表情が、妖しく変わり
(うふふっ、これで春を責め抜いて上げよう…)
 ヤクザの姐さんが、ヒイヒイよがり鳴く光景を思い浮かべた。
 千佳と千春の主従関係は、忠雄公認でまだ続いていたのだ。
 老人は、そんな千佳の表情を見逃さず
(このお嬢ちゃんSっ気も強いな…。っと言うか、任務中にこんな表情をするのか? 今はプライベート? 本当に組織がらみか? 誰かから、この店を聞いた…。いや、そんな馬鹿な事をするやつは、この店を知らんはずだし、いったい何なんじゃ、このお嬢ちゃんは…)
 益々混乱する老人。

 しかし、千佳はそんな老人を尻目に、先程のバイブとお勧めツインバイブを老人に示し
「これ頂きます」
 恥ずかしそうに告げる。
「ふぉふぉ、まいどあり。ちょっと、待ってて下されの…。えっと、箱と説明書はどこじゃったかの…」
 老人はゴソゴソとショーケースの下を探し、箱を取り出す。
 バイブの箱を用意し終わり、レジを打つと
「ほい、7万円に成ります」
 法外な値段を告げる。
 千佳が驚いた顔をすると
「まぁ、お値段分は間違いなく楽しめる筈じゃ。保証は永久じゃから、壊れた時は持ってきて下され」
 老人は笑いながら、千佳に告げた。

 千佳はコクンと頷くと、財布から7万円を取り出し、老人に手渡す。
「ふぉふぉ、お買い上げ有り難うござ〜い」
 手早く紙袋に収めながら、思い出したようにレジ下をあさり
「ほい、これはオマケじゃ。まだ試作品での、使い心地を教えてくれたら、色々値引きもするからの」
 アナルバイブに、可愛らしい室内犬の尻尾が付いた物を袋に入れた。
「防水撥水加工がされとるから、どんな時にも対応するし、振るだけで水分が飛ぶようになっとるんじゃ」
 老人は付け加えて、紙袋とレシートを手渡した。
 千佳は礼を言いながら、商品とレシートを受け取り、店を後にする。

 その後ろ姿を老人は不思議そうに見送り、レジの下から銀色のスプレー缶を取り出した。
 老人は、そのスプレー缶を千佳が触れた場所に吹き付けると、楽しくて仕方が無いと言う顔に変わる。
(驚いたの…。どこぞの大手が、送り込んで来た…。ここまで、無神経な潜入は、あの国かの…)
 千佳が触れていた部分には、小さな楕円がポツポツと白く浮き上がっていた。
 それは、千佳の指先の跡なのだが、本来有る筈の指紋が一筋も浮かび上がっていない。
 老人がスプレー跡を雑巾で拭うと、老人の携帯電話が鳴る。
『あ、あの! 今、[子猫]が前を通ったんですけど…。帰しちゃったんですか?』
 肉屋の主人が、慌てふためいた声で電話を掛けてきた。
「ああ、帰したわい。ただし、首輪に[鈴]を付けさせて貰うたがの…。1時間に1回0.1秒発信のやつじゃ、大概見つからん。見つけられれば、組織の規模も分かるじゃろ。どっちに転んでも、損はせんて…」
 老人の説明に、渋々頷き通話を切った。

 老人は、入り口に視線を向け
「しかし、何しに来たんじゃろ?」
 心底不思議そうに首を捻った。
 老人が首を捻っていたその時、千佳は商店街の端で
「あっ、忘れてた!」
 一人声を上げていた。
(まっ、良いか。また今度行った時に、聞いちゃおっと。幾らでも、通えるしね、今日は早く帰ってムフフフフッ)
 そう、千佳は、本来聞き込み調査を行う筈だったのに、思わぬ高性能マシーンに目が眩んで、目的を見失っていたのだ。
 だが、これは千佳にとっては、僥倖以外の何物でも無かった。
 千佳が入ったアダルトショップこそ、[マテリアル]の敵対組織、[紳士会]の日本支部のど真ん中だったのだ。

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