狂牙
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■ 第4章 回り始める舞台1

 千佳が昌聖の実家を訪れたその夜、昌聖の携帯に連絡が入る。
「んっ? どうしたの爺ちゃん」
 通話を繋げた昌聖は、直ぐに相手に問いかけた。
『おう、昌聖。どうやら、どこぞの大手が、探りを入れだした。お前の周辺にも、異常が起こるかも知れんが、注意しとけ。接触してきたエージェントの顔写真は、メールで送っといたから確認しとけ』
 のんびりとした口調で、昌聖に注意を促す。
 昌聖は、一瞬表情を引きつらせ
「えっ? それ、ひょっとして優駿さん絡み?」
 辺りを見渡し、美咲が居ないのを確認して、小声で問いかける。

『何じゃ、お前、また何かやらかしたのか?』
 問いかけに、昌聖は事情を説明すると
『ふ〜〜〜ん、その口が有ったか〜…。まぁ、無きにしもあらずじゃな…。しかし、お前もうかつじゃの〜…。まぁ、精々死なんようにの。何じゃったら、お前の奴隷儂が相続しちゃろうか? ふぉふぉふぉっ』
「爺ちゃん、マジで怒るよ…」
 昌聖が、低い声で祖父に告げると
『ふぉふぉふぉっ、冗談じゃ、冗談』
 笑いながら通話を切った。
「絶対嘘だ。爺ちゃんなら、難癖付けてでも、全員連れて行く」
 昌聖は自分の携帯を睨み付けて呟き、自分が益々死ねない事を理解した。

「昌聖様〜、誰が誰を連れて行くんですか?」
 ソファーの後ろから、昌聖の首に細い腕を回して、美咲が楽しそうに問いかける。
「うん? お帰り。みんなも、戻って来たの?」
 昌聖が右手で美咲の髪の毛を撫で、美咲は顔を昌聖に向ける。
 そのまま昌聖は、美咲と唇を合わせると
「はう〜ん美咲お姉様、そこは私の場所です〜」
 甘えた声で、佐知子が美咲に抗議する。
「えへへっ、この場所からの、キスも中々良いわね〜。もう〜はいはい、拗ねないの。私は、あなた程オッパイが無いから、昌聖様もご不満でしょうし、定位置に戻るわ」
 美咲はニヤリと悪戯っぽく笑って、ヒラリとソファーの背もたれを飛び越え、昌聖の右側に座る。

 美咲が居なくなると、佐知子が直ぐに身体ごとソファーの背もたれにぶつかって、膝を突くとそのまま膝立ちになり、大きな乳房を昌聖の頭の後ろに捻じ込んだ。
 昌聖は佐知子の乳房をクッションにし、後ろを軽く振り向くと、佐知子が長い黒髪を掻き上げ、昌聖の唇に自分の唇を重ねる。
「お帰り、気に入った洋服は有った?」
「はい、美咲お姉様に選んで頂きました〜」
 昌聖の質問に、佐知子は嬉しそうに答えた。
「ふにゃ〜ん、昌聖様、ただいまです〜」
 足下にはいつの間にか美由紀が寝転がり、昌聖の足に頬摺りしている。
「ふふっ、お帰り。楽しかったかい?」
 昌聖は、佐知子から唇を離すと、足下の美由紀の頬に手を伸ばし、優しく微笑みながら問いかけた。
「あふぅ〜〜ん…。楽しかったです〜っ、みんなで、町を歩いてると辺りの視線、ぜ〜んぶ集まるんだもん」
 美由紀は猫のような目を嬉しそうに細め、満足顔で昌聖に報告する。

 昌聖は美由紀の両頬に優しく両手を添え、唇を重ね
「僕が行かなくて良かった。一緒に行ってたら、僕はどれだけ敵を作ったか分からないね」
 美由紀に悪戯っぽく告げると
「あんなの、ゴミです〜。昌聖様一人に見られた方が、美由紀は百倍嬉しい〜」
 美由紀は泣きそうな顔で、ブンブンと首を左右に振り、抗議した。
 昌聖はフッと美由紀に微笑み
「じゃぁ、次は僕も一緒に行くよ」
 美由紀に告げると、美由紀は嬉しそうに笑い、大きく頷く。

 昌聖は微笑みながら身体を起こし、リビングの入り口を見る。
 そこには、歩美が俯きながら、モジモジと手を摺り合わせて立っていた。
「歩美、まだ馴れないの? それとも僕に甘えるのは、嫌?」
 昌聖が問いかけると、歩美ははじかれたように顔を上げ
「そ、そんな事、絶対に御座いません! あ、あの…私、ど、どうして良いか…」
 ブンブンと首を激しく左右に振り、徐々に項垂れながら昌聖に告げる。
「分からない…だね…?」
 昌聖が歩美の最後の言葉を代弁すると、歩美はそのままこくりと頷く。

(本当に、たった1ヶ月程で、人格すら変えちゃうんだね…。組織の教育って…僕には、許せない…)
 昌聖は内心の怒りを抑え込み、歩美にクスリと笑いかけ
「ほら、こっちにおいで」
 左手を持ち上げて歩美を呼ぶ。
 歩美は、昌聖の命令で小走りに近づき、遠慮がちに昌聖の左に座る。
 座ったは良いが、俯いたまま微妙に間を開けて、昌聖の身体に触れない。
 昌聖は持ち上げていた手をおもむろに下ろし、歩美の細い肩を抱いて引き寄せる。
「あっ…」
 歩美は小さな声を上げ、昌聖の胸に飛び込む。
 少しの驚きの後、ほんのり頬を染め、恥ずかしそうに微笑み、済まなさそうな、切なそうな視線で昌聖を上目遣いに見上げる。

 高校で昌聖達を虐めていた時の歩美は、もうどこにも居ない。
 今の歩美は、組織により徹底的に[人格は必要無く、奉仕する事が全て]と教育され、自分の願望すら消されている。
 今の表情も、この4年間で、やっと戻って来た表情で、昌聖達の努力の結晶だった。
 昌聖は、歩美の顔をのぞき込み、そのまま歩美の唇に自分の唇を重ねると、昌聖の胸に添えた歩美の手からゆっくりと力が抜け、歩美の体重が昌聖の身体に掛かって行く。
 歩美の身体から完全に力が抜け、昌聖に身を預けると、昌聖はソッと唇を離し
「お帰り」
 優しく微笑みながら歩美に告げる。
「あっ、た、ただいま…戻りました…」
 歩美は濡れた瞳で、昌聖に返事を返すと、昌聖はニッコリと笑いかけ、歩美の額にキスをして胸にかき抱く。
 歩美はこの時初めて、昌聖の胸に当てた手を、ゆっくりと動かし、この優しい主人を感じ始める。

 4人が揃うと、昌聖は身体をずらせて、リビングの床に座り、テーブルに載せたノートパソコンを起動させた。
「あ〜ん、昌聖様〜…。お仕事ですか〜…」
 美由紀が不機嫌そうな顔で、昌聖に抗議すると
「ごめんね、美由紀。急ぎの確認で、コレだけだから…」
 昌聖は、美由紀の頭を撫でながら謝り、メールを開いた。
 美咲が右側からしなだれ、歩美が左から体重を預け、ソファーを飛び越えて来た、佐知子が背中を覆う。
 3人がメールの添付書類を覗き込むが、美由紀は[我関せず]と、昌聖の腰に手を回し、股の間に頬ずりをする。

 パソコンのモニターを覗いた瞬間、昌聖の左側から
「あら、佳子さんだわ」
 歩美が驚いたように呟く。
 昌聖が歩美に向き直ると、歩美も驚いた顔で、昌聖を見詰め
「あっ、この子は、私と同じ学部の新入生で、確か、叶…佳子さんと言います。情報処理のゼミで、何度もお会いしていますわ」
 自分の知っている情報を昌聖に伝える。

 昌聖の視線が、スッと鋭いものに変わり何かを考え始めた。
 一瞬リビングに緊張が走り始めたが、昌聖がノートパソコンをシャットダウンし、蓋を閉じた。
「よし、今日は終わり。さぁ、みんな何がしたい?」
 昌聖がにこやかな表情で、美咲たちに問い掛けると
「お風呂〜っ!」
 4人は声を合わせて、昌聖におねだりした。
 これが、月に1度の[飴の日]だった。
 この日は、普段の主従関係無く、昌聖に公然と甘えて良い日で、昌聖は余程の事が無い限り、美咲たちのわがままを聞き、4人を平等に愛した。
 そして、この昌聖の判断が生んだタイムラグが、思わぬ客を呼び、運命の邂逅を作る。

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