狂牙
MIN:作

■ 第4章 回り始める舞台5

◆◆◆◆◆

 KO.堂に軽快なポップスが流れる。
 昌聖の祖父一也(かずや)の携帯電話の着メロだった。
「んじゃ? どうした。こんな朝っぱらから」
 一也が問い掛けると
『ご隠居、シグナルをロストしました。昨日の昼から今朝に掛けて、スチールしていたポイントに駆けつけましたが、マンションはもぬけの空で痕跡が有りません。契約上は、1年以上入居者が記録されていませんでした』
 肉屋の店主が真剣な声で、一也に告げる。
「ほほう…。思ったより、動きが早いな…。どれ、連絡は儂から本部にあげるとしよう。ご苦労じゃったな」
 一也が笑みを消した表情で、肉屋の店主に告げた。

『それと、朝方。昌聖さんの方で、トラブルが有りました。データを見て、驚きましたよ。昨日のあの[子猫][リビングデッド]です』
 肉屋が告げると、一也の眉がピクリと跳ね
「と言う事は、戸籍をいじれる組織か…。ややこしくなって来たのぉ〜」
『ややこしくしたのは、ご隠居です。ほんとにもう』
「ふぉふぉふぉっ、言うな言うな。お前にケツは拭かさんよ。心配するな」
『心配なのは、ご隠居の安全です! 危ない事に、首を突っ込まないで下さい』
 肉屋の店主の思わぬ真剣な言葉に、一也は口の端をへの字に曲げながらも
「大丈夫じゃ、後は昌聖に振るから、何とかするじゃろ」
『それが、困るんです! 昌聖さんは、まだ経験が浅いんですよ! 久能さんを呼んで下さい。お願いします』
 肉屋の店主は、一也の無責任な言葉に、悲痛な声を上げた。

 一也は辟易した顔で、耳から離した携帯電話を見詰め
「なんじゃ、結局そっちか」
 ボソリと呟くが、肉屋の店主には聞こえたらしく
『頼みましたよ!』
 大声で告げて、通話を切った。
 一也は携帯電話をジッと見詰めながら、[ふぅ]と大きな溜息を吐き、ダイヤルを始める。

 何度か、コール音が音域を代え、ブッっと言う音と共に、通話が繋がった。
『近藤翁、何用ですか?』
 低く渋い、だが笑いを含んだ声で、相手が問いかける。
「優駿、お前儂の孫で遊びすぎじゃろ? 今度は、何のつもりじゃ…」
 一也は優駿にぶっきらぼうに問い掛けると
『んっ? 何の事ですか…。まだ、昌聖には何も振ってませんよ…』
 訝しそうに、一也に問い掛ける。
「んっ…。お前じゃない? ほう…、なら済まなんだの、今のは忘れてくれ」
 一也は少し間を持たせて、優駿に詫びを入れ通話を終わらせようとした。
『御老! 何です? 何か起きたんですか!』
 優駿の声から笑いが消えて、真剣な物に変わる。

 その声を聞いた一也の唇が、キュウっと持ち上がり
「何でもない。ちと、儂は別件で用事が出来た。電話を切るぞ」
 声音を変える事無く、優駿に告げる。
『御老!』
 優駿の鋭い声が受信部から響き、それを確認した一也は、通話を切る。
 通話を切った一也は即座に、自宅の電話にコールした。
 自宅の電話が鳴ると、直ぐに受話器を上げて、放り投げる。
「さてさて、細工は粒々仕上げをご覧じろ。これで、ライオンと虎が日本に戻って来るわい。あやつらも文句なかろうて。ふぉふぉふぉっ」
 一也は一人、アダルトショップのレジで高笑いを上げた。

◆◆◆◆◆

 ロンドンのとあるビルの中、マホガニー製の机の奥で、一人の男が仁王立ちしている。
 身長は180pを優に超え、体重は110s少々。
 だが、その男は、決して肥満体型では無く、全身鎧のような筋肉に覆われている。
 その男が、顔面を真っ赤に染めながら、右手に握った元携帯電話の残骸を悔しそうに、机に叩き付けた。
 男の名前は、橘 優駿(たちばな ゆうしゅん)と言い、昌聖の婚約者、美咲の兄で[紳士会]の第三席を勤める男だ。
 一也の電話が気に成り、日本支部に探りを入れて、その結果に驚いたのだ。
 優駿は思わず握りつぶしてしまった、携帯電話の欠片を睨み付けながら、右手を前に突き出す。
 すると、紺のスーツに身を包んだ、金髪碧眼の美女がスッと無線機のようなGPS携帯を差し出し、机の上に散らばる携帯電話の残骸を回収し始める。

 女にとって、このような事は日常茶飯事なのか、集めた残骸の中からSIMカードを取り出し、部屋の隅に佇む同じスーツを着た赤毛の美女に手渡した。
 赤毛の美女は、カードを受け取るとスッと頭を下げ、部屋を出て行く。
 赤毛の美女が退室すると、どこからともなく同じスーツを着た、東洋系の黒髪の美女が現れ、赤毛の女性が立っていた場所に待機する。
 金髪の女性は、軽く会釈を交わすと扉を挟んだ元の位置に立ち、スッと顔を上げて何事もなかったように待機した。
 それは、まるで決められた事のように、流れるような優美な動きだった。

 優駿は金髪女性に手渡された、GPS携帯を忙しなく操作し、電話を掛ける。
 暫しの沈黙の後、相手先にコールが始まった。
[ブッ]と言う音と共に、通話が繋がり
「おう! 宗介。直ぐにミッションを終わらせろ!」
 開口一番、相手に怒鳴り始める。
『優さん! 今、取り込み中! でかい声、出さないで! ってか、今何てった?』
 宗介は、声を潜めながら優駿に文句を言い、その無茶な注文に気付く。

 優駿は、一呼吸置いて
「今赴いてるミッション、とっとと終わらせろって言ったんだ」
 低く渋い声に切り替えて、宗介に命令した。
『はぁ〜〜〜っ…。で、それどっち? オフィシャル? プライベート?』
「プライベート」
『もぉ〜っ…、いい加減にして下さいよ! このミッションだって、優さんのゴリ押しじゃないですか! それも、潜入含んだミッションが、たったの3ヶ月ですよ! 只でさえ、短いのに無茶言わないで下さいよ』
 宗介が堪らず優駿に文句を言うと
「無茶でも何でも良い! お前は、黙ってミッションを終わらせろ! じゃなきゃ、俺の義弟………、お前の弟分が、死んじまうぞ!」
 優駿は昌聖の異変を知らせた。
『昌聖に何か有ったんですか?』
 宗介の声が、一瞬で真剣な物に変わり、問い掛けて来る。

 優駿はその声を聞いて、ニヤリと微笑み
「どうにも、やっかいな事に巻き込まれてるみたいだ」
 まじめな声音で、宗介に告げた。
 暫く沈黙した宗介は
『増員願えますか?』
 優駿に問い掛けると
「ああ、この餌で多分10人は釣れると思うぞ」
 宗介に答えを返す。
 宗介は直ぐに[被害者の会]のメンバーを思い出し
『1ヶ月でケリを付けます。優さんも、身動きとるのに、それぐらい掛かるでしょ』
 ミッションをねじ曲げた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊