狂牙
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■ 第4章 回り始める舞台10

 美由紀の言う、5段ロケットとは、絶頂の深さだ。
 女性のオルガスムの場合、一旦下がっても、中々下がりきる事は無く、次の刺激を受けた場合、更に強い刺激で快感を押し上げられてしまう。
 つまり、今現在の感じまくっている状況をベースにして、更に4段階、絶頂のレベルを上げて行くという事なのだ。
 千佳がこの時、意志を外に伝える事が出来たら、泣いて中止を懇願しただろう。
 だが、この時千佳の意識は木っ端微塵に破壊され、断片すら無かったのだ。
 この時の美由紀達の誤算は、自分達が判断の基準になっている事だった。
 すなわち[自分達が我慢できる事は、誰でも我慢できる]と、本気で思っていた。
 そして、千佳は次の快感ステージを体感する。

 「あひゅ、あひゅ、ほひょ、ひぃ〜〜〜〜っ」
 人は思考が停止すると、呼吸する時に自然に出せる[は行]しか漏れなくなる。
[いっ]等のように、息を止める言葉は、[堪える][耐える]意志が有るからであり、[あぁ〜]等は、快感を感じているからである。
 今の千佳は、快感を感じていない。
 それを認識する、思考が停止しているからだ。
 千佳は脳に直接、快感を刻み込まれ、肉体が反応しているだけだった。
 それを見た昌聖が、スッとソファーから立ち上がり
「こらこら、それじゃぁ狂ちゃうよ…」
 眼鏡を外し、千佳に近づいた。

 美咲達が昌聖の言葉で、スッと身体を離すと、昌聖は千佳の身体を抱きしめ
「お姉さん達は怖いね…。大丈夫だよ…落ち着いてごらん…」
 千佳の目を覗き込みながら、低く優しい声で語りかける。
 千佳の瞳孔は拡散し、どこも見つめる事無く漂い、身体はガクガク、ブルブルと複雑に震えていた。
 そんな千佳を抱きしめる手に力を込め、昌聖は優しく身体を撫でる。
「あっ、あぐっ、ぐふ、くっ、くっ、くぅ〜〜〜っ」
 千佳の身体の震えが只の痙攣に成り、瞳孔が収縮すると
「さぁ、千佳ちゃん怖かったね…。僕の言葉を聞きなさい…」
 優しい声音で語り掛けながら、一気に支配者の気配を解放し、千佳に命じる。

 千佳の目が大きく見開かれ、ガクガクと震えたが
「や…、ち・か…な・に・も・い・わ・な・い…は・な・さ・な・い…もん…やだ…」
 切れ切れの声で、昌聖の言葉に逆らった。
 そんな千佳に、昌聖は優しく微笑むと
「そう、じゃぁ…意地悪なお姉さん達と、まだ遊んでね」
 穏やかな声で千佳に宣言し、身体を離して美咲達に合図する。
「うふふっ、千佳ちゃん。まだ、遊び足りないのね」
「意識が戻ったから、また良い声を聞かせてちょうだい」
「今度は、もっと深いところで感じましょ」
「と言う事で、再開しま〜す」
 美由紀が楽しそうに宣言し、快楽地獄に引きずり込む。
「あひぃ〜〜〜っ、あかっ、あかっ、あかかかかぁ〜〜〜っ」
 千佳の両目が大きく見開かれ、全身が小刻みに揺れた。

 4人のしなやかな指は、快感冷めやらぬ千佳の性感帯を刺激し、快感をほじくり出す。
 千佳は足場のない中空で、クルリ、クルリと回転しながら、体液を振りまき絶頂を極め続ける。
 この饗宴は、千佳の意志や思考が無くなるまで続き、昌聖が引き戻して強い支配者の視線をぶつけ、脳にすり込んで行く。
 千佳の心が折れるまで、何度も何度も続けられる。
(心が折れるのが先かな…。多分、体力が先に無くなるんだろうな…、千佳ちゃん強情そうだもん…)
 昌聖は、千佳を見つめて溜息を吐いた。

◆◆◆◆◆

 商店街は、ザワザワと色めき立っていた。
 それは、思わぬ闖入者のせいである。
「な、何だ…。どこのデーターベースにも載ってない。警察官だって…、そんな事は無い。アレは、絶対プロだ」
 肉屋の店主は、店の地下に有る指揮所で指示に困っていた。
 その男は、身分はれっきとした警察官で、階級も警視である。
 だが、その男が身に纏う雰囲気は、のほほんとした、日本の警察官が身に付けている物では断じて無い。
「御老…。緊急事態です…逃げて下さい…[庭先]で処分しますが…。トラブルは必至です…」
 固い声でマイクに向かって告げた。

 すると、それを聞いていたかのようなタイミングで、良顕は立ち止まり、麻のジャケットを脱ぐと、右手で摘んで持ち、両手を左右に広げてゆっくりと1回転した。
『ふぉふぉふぉっ、お客様じゃ。お通ししろ…。これ程、剛胆な来客に会わないのは、失礼じゃろ…』
 モニターを見て固まる肉屋の店主に、スピーカーから一也の声が、楽しそうな声音で流れる。
「しかし、御老! 昨日の今日で…」
 肉屋の店主が必死に食い下がるが
『お前も、まだ未熟よの…。良く覚えておけ、あれが[覚悟]を含んだ、男の目じゃ。なまなかな事では、対処できんわ。敵意を剥き出せば、こちらも只では済まんぞ』
 一也はたしなめて、肉屋の店主を黙らせた。

 商店街の中央で立ちつくす良顕は、驚きを隠せなかった。
(なんだこの町は! 商店街に入る前からもそうだったが…、この商店街の住人自体ただ者じゃない。まるで、アジトじゃ無いか…。マテリアルで、こんな布陣をしている者は聞いた事が無い。こりゃ…、あの僕、相当な組織に所属してるぞ…)
 良顕はその規模と尋常成らざる気配に目を見張り、辺りに立ちこめる油断成らざる[気配]に、身を引き締めながら、敵意の無い事を知らせる。
 数秒立ちつくした良顕は、スッと周りの緊張が身を縮めたのを感じ、身体の力を抜いて手を下ろした。
 右手に持った麻のジャケットを肩に担ぎ、ゆっくりと歩き始める。

 良顕は、商店街のほぼ中央に位置する路地の前に立ち、奥に視線を向けて唇を噛む。
(全く、千佳のやつ…。この地形を見て、何も感じなかったのか…。[死地]も良い所じゃねえか…)
 あきれ果てた顔を軽く振り、一歩踏み出しながら左手で、自然な動作で壁面に触れる。
 壁面に触れた良顕の肩がピクリと震え、視線をさり気なく壁に向けた。
(ハイパーセラミックだと…壁一面…。こっちもそうか…。対戦車砲でも無理だな…ここをぶっ壊すの…)
 周りを確認して、唇の端を歪め歩き出す。
 角を2つ曲がって店の前に来ると、良顕はポカンと口を開けて、KO.堂の店構えを見つめる。
(なんじゃこりゃ! 鉄壁の要塞じゃねえかよ…。こんな物作る必要のある組織、マテリアル以外…)
 良顕は、そこで思考を止めて表情を引き締め、大きく息を吐いた。
(有る。ただ、1つだけ…。同じ穴の狢か…。千佳、生きてろよ…。只それだけで良い…)
 良顕は、昌聖達の組織の名前に気付き、強い思いで祈った。

 扉を押して良顕が店内に入ると
「いらっしゃ〜い。奥にどうぞ〜」
 間延びした声で、一也が声を掛ける。
 良顕は緊張した顔を緩めず、辺りに視線を配りながら、奥へと進んで行った。
 なにげに配置されている、火災報知器や、大型責め具に隠された武器、店の中を走る柱の影を見て、店内に一瞬で隔壁が降りてくる事を理解する。
(店構えで有る程度予想したが…、店内は、更にだな…。もしもの時は、逃げ切れるか…)
 良顕は、恐ろしい程の防護措置に緊張を強めた。

 店内を進む良顕の視界に一也が入り、良顕は視線を外さず頭を下げた。
 それに対して、一也はニコニコと笑いながら、深々と頭を下げる。
 良顕は、一也の礼に再び、深々と頭を下げた。
 微妙なニュアンスの遣り取りだが、[目線を切る]と言う行為で、敵意がない事を示した物だった。
 一也のその姿勢に、良顕も答えたのだ。
 緊張を孕んだ視線を向け合い、2人は対峙した。

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