狂牙
MIN:作

■ 第4章 回り始める舞台14

 圧倒的な優雅さと色気、そして同時に漂う気品、一目で分かる美しさ。
 千佳は女として完全に、この2人の存在に呑まれた。
(な、何よ…、この2人…、反則も良い所よ…。何でこんなのが、居るのよ〜っ)
 千佳は状況も全く分からないまま、美咲と歩美の[女力]に悲鳴を上げた。

 美咲と美由紀は、優雅に挨拶を終えるが、一向に[お声掛かり]が無い。
(こういう場合は、確か自分から頭を上げても良いのよね…)
 伏せた頭の奥から、目線で歩美に問い掛けると、歩美も目線で
(はい、良い筈です)
 美咲に答えて、呼吸を合わせて姿勢を起こした。
 ピシリと折り目正しい動作だが、実はこの2人、ゲストの相手は初めてだった。
 基本的に、昌聖は友人は呼ぶが、ゲストは呼ばない。
 そのため、作法は熟知している物の、実際に行動するのは初めてだった。
(初めてのゲストが、女性だなんて…。昌聖様らしいわ…)
 美咲は内心クスリと笑いながらも、教えられた作法に則り、千佳にすり寄る。

 圧倒的な美女にすり寄られ、千佳は益々緊張を強めると
「何か、襲ってるみたいに見えるよ…」
 浴室の入り口から、男の声がした。
 3人は、その声に一斉に視線を向けると、声の主は勿論昌聖だった。
「千佳ちゃん。時間もそんなに無いからさ、早めにお風呂上がってよ」
 昌聖は、ニッコリと微笑んで、千佳に告げると、千佳はごく普通の女性の反応をした。
「きゃーーーーっ! やだ! 出てって!」
 悲鳴を上げながら、自分の身体を抱きしめ、昌聖に怒鳴る。
 昌聖は一瞬呆気に取られるが、直ぐに気を取り直して
「申し訳ありません、不躾でした。それでは、失礼します」
 右手を腰の後ろに引き、直立の状態から左手を大きく前に降りながら、頭を深々と下げて、謝罪し踵を返す。

 あまりにも優雅な一礼に、美咲と歩美が見とれていると、千佳が両方の頬を自分の手で張り
「ちょ、ちょっと。説明して!」
 半分以上キレ気味で、美咲と歩美に問い掛ける。
 この時、千佳は気付いていなかった。
 2人の美女が、千佳の態度にかなりムッとしていた事を。
 美咲と歩美は、その美貌をスッと持ち上げ、千佳に向き直ると
「説明と言われますと、どう言った御内容ですか?」
 静かに問い掛ける。

 千佳はその迫力に鼻白みながら
「ここはどこ? 貴女達は、誰? どこの組織に属してるの? 私は、これからどうなるの?」
 矢継ぎ早に質問を始める。
 美咲と歩美は、千佳の質問を聞き、呆れながら頷き合うと
「先ず、一番明瞭にお答え出来る質問に、答えさせて頂きます」
 歩美が前口上を告げ
「一番最後の質問ですが、千佳様は、この後ここからお帰り頂き、自分の主の元へ、お戻り頂きます」
 美咲が明瞭な声で、千佳に告げると、千佳は信じられないと言う視線で、2人を見つめる。
「次に、2番目の質問に対するお答えですが、私は歩美で、こっちは美咲です。それ以上の素性を明かす権限は、私達には御座いません。そう言う立場の者とご理解下さい」
 歩美が続けて、説明した。

 凛とした説明の声に、千佳の表情が強ばり始めると
「残りのご質問に対してですが、もし、私達と千佳様の御立場が逆の場合。そのご質問に、お答え出来ますか? ここがどこか、私達がどこの組織に属するか、千佳様は、お答えに成られますか?」
 美咲が氷のようなオーラを出しながら、千佳に問い掛ける。
 美咲は、正直怒っていた。
 これ程礼を尽くして居ながら、主(あるじ)で有る昌聖に無礼の数々を行う、この世間知らずな娘が、腹立たしくて仕方なかったのだ。

 そして、そんな美咲を見ていた歩美が、千佳にソッと囁く。
「もし、私どもと、千佳様の御立場が、逆になっていた場合、千佳様は今までの所作、どう思われますか?」
 歩美の静かで優しい声音を聞き、千佳は自分のした事を思い浮かべる。
 そんな中、歩美の言葉で、今迄の経緯を遡り、千佳の表情は強ばり始めた。
「あっ、あっ…」
 千佳の唇から、小さな声が零れ落ち、千佳は歩美の言わんとした事を理解した。
 それと同時に、散り散りに成って居た、記憶が蘇って来た。
 深く貫かれた感覚、身体を包んだ柔らかい締め付ける触覚、強い安心感を与える感触。
 そして、優しく見詰める圧倒的な支配者の瞳を思い出した時、千佳の子宮がギュッと収縮する。
 千佳の身体が、ビクリと跳ね右手が無意識に股間に動く。

 その仕草を見た歩美は、ニッコリと微笑み
「大丈夫ですわ千佳様。ご主人様はお放ちには、成っておられません」
 女性なら、真っ先に気に掛ける疑問に答えた。
 千佳はその声で、顔を跳ね上げ
(い、今のは、どっち? 見透かされたの? それとも、言葉通り?)
 歩美を恐ろしげに見るが、ニコニコと微笑む歩美の表情からは、一切考えが読めなかった。
 気持ちを切り替えるために、千佳は目を閉じ、呼吸を整え姿勢を正し
「度重なる無礼をお見せして、申し訳御座いませんでした。御家主様にも、平にご容赦お願いします」
 床に頭を擦りつけ、心から謝罪した。

 千佳の謝罪を受け、美咲と歩美も溜飲を下げ
「頭をお上げ下さい。私どもも口が過ぎた事、平にご容赦下さい…」
 揃って頭を下げる。
 すると、ガバリと身体を起こした千佳が
「えっと、済みません。この、言葉遣い止めません? 凄く疲れるんですが」
 美咲と歩美に申し出ると
「えっ? 千佳様がおっしゃるなら、お止めしますわ…、ねぇ…」
「あっ、はい。でわ、普段通りの口調にいたしますね」
 切り替えの早さに驚きながら、頷き合った。

「えっ〜? それが普段の口調なんですか〜?」
 千佳が胡散臭そうな視線を向け、2人に問い掛けると
「あら、私は、普段はこんな物よ。まぁ、歩美は全く変わらないけどね」
「そうですね、私は、普段からこう言う口調を、使わせて頂いてます」
 美咲と歩美の答えを聞いて、感心したような表情で
「何か、大人ですね…」
 ボソボソと呟いた。
 千佳の呟きを聞いた美咲と歩美は、顔を見合わせクスクスと笑い合うと、千佳がキョトンとした表情で見つめる。
 一頻り笑い合った、2人は千佳が可愛らしく感じて、うち解け始める。

 だが、女達は知らなかった。
 千佳が自分の婚約者の両親を、殺した組織に所属している事を
 千佳が自分の人生をねじ曲げ、姉を廃人にした組織に所属している事を
 千佳の所属している組織と血で血を洗う、仇敵同士だという事を
 女達は、何一つ知らずに、全裸のまま笑い合っていた。

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