狂牙
MIN:作

■ 第4章 回り始める舞台15

◆◆◆◆◆

 毬恵は、買い物に出ていた。
 露出調教用の姿では無く、葛西毬恵とした楚々とした姿である。
 毬恵に会う人々は、口々に愛犬の死を悼み、毬恵の気持ちを思いやる言葉を掛けた。
 毬恵はその言葉に、悲壮な表情で応え、目頭を押さえる。
 そうするように、由梨に指示されたからしているだけで、今の毬恵には煩わしくて仕方が無かった。
 毬恵は、早く買い物を済ませ、家に帰って思うさま啓一と晶子に挟まれ、肉の喜びを楽しみたかった。
 想像しただけで、子宮の奥から愛液が溢れ出す程の快感。
 それを少しでも早く、味わいたいのに、下世話で無神経な近隣の暇人どもが、まとわりついて、話し掛けてくる。

 そんな、毬恵の側に人気が無くなるのを見越して、1人の男が近付いて来た。
 男がスッと毬恵の背後から忍び寄り
「今日は、元の服装なんだね…」
 毬恵に小声で話し掛ける。
 毬恵はその言葉に、ピクリと反応し自然な仕草で、背後を振り返り再びピクリと身体を震わせた。
(この男…。まさか…)
 毬恵に話し掛けた男は、前田だった。
 前田はニヤニヤと笑いながら、毬恵を見て
「まさか、死んじゃうなんて…。ひょっとして、バレそうに成ったから…[キュゥ]ってしたのかな?」
 ボソボソと呟き、自分の首を絞めるまねをして、問い掛けた。

 毬恵は平静を装おうとしたが、頬がピクピクと動く。
「あれ? その反応…、図星だったの? うわちゃぁ〜っ! 清楚な奥様だと思ってたら、意外と鬼畜なのね…。いや、ご主人様が鬼畜なのかな?」
 前田が戯けながら、毬恵に囁くと、毬恵の視線が鋭くなり
「さっきから、失礼な事ばかり仰りますわね! 何を証拠にそんな事を、言われるんですか!」
 鞠恵は前田をキッと睨み付け、その場を走り去って行った。

◆◆◆◆◆

 その一部始終を良顕は、苛立ちを浮かべた目で睨み付ける。
「くっ! この馬鹿。今の映像にも、[ブラインド]を掛けろ! 寄りによって、なんて手段を取りやがる…」
 一也の元から帰って数十分しか経って居ないのに、早くも次のトラブルだった。
 だが、良顕にはどうする事も出来無い。
 前田に対して、防護策を講じるのは、[直接的関与]に当てはまり、ルール違反に成る。
 それは、即良顕の破滅を意味していた。

 30分後、コントロールルームに、[ピンポロン]と間の抜けたチャイムが鳴り
『天童寺様より[パブリック]の申請が御座いました』
 本部から、連絡が入る。
(くっ! やっぱり来たか! まだ、早過ぎる…)
 苦虫を噛み潰したような表情で
「申請番号は!」
 マイクに問い掛けると
『[ブランド]No.5、12、17、21、29、33、42、47、56、72。以上10件です』
 スピーカーから流れる、女性の声を聞いて、良顕は愕然とした表情に成る。

 それは、前田と川原に関する全てのブラインド情報だったからだ。
(ど、どういう事だ…)
 良顕は、この時点でダミーも含めて72回[ブラインド]を掛けている。
 だが、天童寺はピンポイントで、前田達の全ての情報を指定したのだ。
 良顕の頭の中を様々な思考が巡る。
 しかし、その思考が答えを出す前に[ピンポロン]と再びチャイムが鳴って
『タイムアップです。再[ブラインド]の申請は為されないと判断し、全ての申請は受理され、開示されます』
 女性の声が爽やかに、告げた。

 良顕は、その声が流れた時、有る1つの結論を出す。
「乙葉。奴隷達の全データを洗え。過去の所有者データも全てだ…」
 低く重い声で命じる。
「は、はい。分かりました!」
 緊張した声で答え、直ぐに取り掛かる。
 メインモニターに、目まぐるしく、良顕が所有する奴隷達のデータが現れた。

 その中で、乙葉が直ぐに異常を見つけた。
「ご、ご主人様。これ…」
 それは、良顕がNo.10入りした時に、所有した奴隷だった。
 確かに所有者欄には、良顕の名前が書かれている。
 だが、そのファイルの登録者欄には、誰の名前も入っておらず、評価価格も0だった。
「美沙…。どういう事だ…」
 良顕がポツリと呟くと
「細部、出します」
 乙葉が経歴の細部データを出すと、良顕が当時のNo.7とのゲーム中に所有者が変わっている。

 その細部データには、bVの直前所有者に、天童寺の名前が書かれていた。
「クソ! やられた! そう言う事か…。由木の小言が聞こえて来そうだ」
 良顕は、歯を食いしばりながら、右手の拳を左掌に叩きつける。
「えっ? どう言う事ですか…」
 優葉は全く訳が判らず問い掛けると
「優ちゃん…。恐らくだけど、[所有者]って言うのは、使用者で有って。本当の権利を持つのは、[登録者]って事よ…」
 乙葉がうなだれながら、諭すように優葉に告げた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊