狂牙
MIN:作

■ 第4章 回り始める舞台16

「えっ! って言うと、美沙さんは…。スパイ…」
 優葉の言葉に
「あぁ、そうだ。しかも、1年近く潜伏させたな…。俺が勝つのを見越して、事前に潜伏させ、ソッと俺の懐に潜り込ませやがった。こんな、潜伏の方法が有ったとはな…」
 良顕は、舌打ちしながら呟く。
「頭来ちゃう! 直ぐに、捕まえて来ます!」
 優葉が怒りを露わにして、走り出そうとすると
「止めとけ。もう、どこにも居ない筈だ。俺なら、そうする。それより、盗聴器でも調べろ」
 良顕は疲れた声で命じる。

 すると、その命令に
「それは、チェックを今終わらせました。建物内に、不審な電波を発する物は有りません」
 乙葉が即座に答える。
 良顕は苦笑を浮かべ
「乙葉の仕事は、早いな…」
 ボソリと褒める。

 乙葉の頬が緩み掛けた時[ピンポロン]と三度(みたび)、間の抜けたチャイムが鳴り
『天童寺様より、通信が入っております。お繋ぎしても宜しいでしょうか?』
 女性が問い掛ける。
「ちっ…、笑い者にでもする積もりか…。良いだろう、笑われてやる。繋げ」
 良顕が乙葉に告げるとメインモニターに、威圧感が滲み出すような、公用バージョンの天童寺が、不適な笑みを浮かべていた。
「何の用だ」
 良顕が問い掛けると
『預けておいた奴隷は、返して貰った』
 天童寺はスパイさせていた、美沙を回収した事を良顕に伝える。

「まさか1年近く前から、このゲームが計画されてた訳じゃ無いよな…」
 良顕は皮肉を込めて、天童寺に問い掛けると
『まさか…。私はね、とても小心者なんだ。だから、十指に数えられる者の所には、それなりの数を配置させて貰ってる。君の所には、優秀な者を送らせて貰ったよ』
「あぁ…。特別の配慮に、涙がちょちょ切れそうだ。暫くは、眠れそうも無い」
『そう言うな。アレも必死だったんだ。何せ、結果を出さなかったら、娘がラボ送りにされてしまうからな。だが、喜んでやってくれ。アレは、娘と2人で、仲良く暮らせるように成った。まぁ、娘は多少、変わったがな…』
 天童寺が楽しそうに告げる。

 良顕が歯噛みすると天童寺が蕩々と、ラボ送りというものがどう言う物か、説明を始めた。
 反吐が出そうな人体実験の数々を説明し、その必要性を説くと
『そう、色々姑息な手を使った物だな…。それも、君の性格を考えると、あまり上策とは言え無い策だ。君は、彼等を巻き込んだと、思わないのかね?』
 いきなり話の内容をゲームに戻して、天童寺が告げた。
「彼等に手を出すのは、ルールで禁止されている。直接的な行動は、あんたも取れ無い筈だぜ」
 良顕は訝しそうに告げる。

 すると、天童寺は大袈裟に驚き
『噂以上の甘ちゃんだな。君は、もっとルールを読んで、自分以外の考え方をするべきだ』
 薄笑いを浮かべ告げる。
 良顕の顔が険しく成り、それに気付くと
『[ブラインド]の正しい意味もだ…』
 天童寺は付け加えて、1時間程の通信を切った。
 メインモニターには、葛西家のリビングが映っていた。

 しかし、そのリビングには、携帯電話を耳に当てた由梨の姿しか映って居ない。
 斜め上から、映して居るその映像に、由梨が視線を合わせて、酷薄な笑みを浮かべ
『残念ね。あんたの作戦、潰れちゃった…』
 楽しそうに言った。
「葛西の家族が映っている映像は!」
 鋭い声で、乙葉に命じる。
 乙葉は素早く映像をチェックし、メインモニターに1時間20分前の映像を映し出す。

 それは、[ブラインド]が解除されて直ぐの映像だった。
 リビングのソファーに座り、携帯電話を耳に当てた由梨の前に、葛西家の3人が正座している。
『はい…。はい…。分かりました…。やはり、誘導が有ったんですね…』
 神妙に相手の言葉に頷いた由梨が、携帯電話を切ると
『はぁ〜。佐山と前田が、鞠恵に気付いたみたい…。あいつら、邪魔ね〜…。誰か、[廃棄処分]してくれないかしら…』
 大きな溜め息と共に、呟いた。

 憂鬱そうな表情の由梨に、葛西家の3人が頭を下げ
『少し、外出しても宜しいでしょうか…』
 口々に頼み始めた。
『良いわよ〜。気分転換してらっしゃい』
 由梨は、ニンマリと笑って、全員に許可を与える。

 3人は、直ぐに立ち上がると、洋服を身に纏い出て行った。
「通信封鎖の解除か…。この時間じゃ、手を打っても間に合わない…。わざわざ通信して来て、ダラダラと長話をしたのは、このためか。嵌められっ放しじゃねぇか!」
 良顕は、ブルブルと怒りに身体を震わせる。
 良顕は、この時初めて天童寺の通信の内容と意味を理解した。

 ルールでは、第三者に直接の接触を禁じている。
 だが、天童寺の取った行動は、単に[呟かせた]だけだった。
 後は何をしようが、[当事者]の行動で、天童寺には関係が無い。
 支配が完了している今ならでわの[裏技]だった。

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