狂牙
MIN:作

■ 第4章 回り始める舞台20

 視線に気付いた良顕が、微笑みを作り出し
「深刻な顔をするな。まだ、死んだ訳じゃない。命さえ有ればどうとでも戦える…」
 呟くように、囁いた。
「そうですわ。私は何処までもお供します」
 乙葉が、ニッコリと微笑み、良顕に同意すると
「私の命は、ご主人様のものです。私もご一緒させて下さい」
 優葉が頭を下げ
「私も足手まといに成らないように頑張りますから、連れて行って下さい!」
 千佳が泣きそうな顔で、懇願する。
「ああ…。お前達は、俺の家族だ…。望むなら、何処までも一緒だ…」
 良顕は、優しい微笑みを浮かべ、静かに告げる。

「しかし、綺麗にタイミングが重なったな。バタバタと今日は忙しかった…」
 良顕が背伸びをしながら、何の気なしにモニターに視線を向けると、モニターの向こうでは、肉欲を貪る3人をよそに、由梨が深刻な表情で、携帯電話を睨んでいる。
 それに気付いた良顕は
「何だ? 今、何か有ったのか?」
 乙葉に問い掛ける。
「はい。由梨の携帯電話からの連絡が、[ブラインド]により、通信妨害されました」
 乙葉が即座に報告する。
「[ブラインド]? 通信妨害が起きるような情報有ったか?」
 良顕が呟きながら首を傾げ、ハッと気付いて
「まさか! 近藤君の…」
 良顕が叫ぶと
「いえ、違います。映像でます」
 乙葉が直ぐに否定し、映像を再現させる。

 そこには、携帯電話を手にした由梨が
『薬品の補充をお願い。TPー2048…』
 そこまで告げた時、[ピンポロン]と間の抜けたチャイムが鳴り
『その情報に関する内容は、[ブラインド]による情報制限対象です』
 女の声が通話を遮った。
 途端に由梨の表情が険しく成り、通話を切った。
「何だ? TPー2048?」
 良顕が呟いて考え込む。
「天童寺のラボで作られてる、試薬よ。何の薬かは、本部でしか分からないわ」
 コントロールルームの入り口から、低い声が答えた。

 良顕が視線を向け
「帰って来たか」
 ぼそりと告げると
 晃は無言で一人掛けのソファーに座り、疲れた視線を向けた。
 暫く無言で良顕を見ていた晃は
「何か、最悪の状況みたいね。私も腹を括らなきゃね…。詳しい話しを聞かせて」
 溜め息混じりに問い掛け、良顕は晃に全ての事態を話した。

 晃は昌聖の素性と千佳の引き渡し交渉を聞き、目を見開いて大口を開け、[これ以上は、無い]と言う表情を作り
「良ちゃん…。あんた無茶する人だと思ってたけど…。それは、もう、無謀よ…。いや、はっきり言って馬鹿。[紳士会]のただ中に出掛けて、交渉するなんて…。何考えてんのよ…、たまたま、交渉がまとまったから生きてるけど、本当だったら10回の内10、死んでるわよ…。一体どんな手を使って…って、この話しが組織にバレた時点でもうアウトよ…。私、本気で早まったわ…。頭痛い…」
 晃が頭を抱えて、ボソボソと呟く。
「まぁそう言うな、こうなりゃ一蓮托生だ…」
 良顕が呟くように告げると
「一蓮托生じゃ無いわよ! あんた、どれだけの人間の命背負ってると思ってんのよ! あんたが死んだら、少なくとも3人は確実にその場で命を絶つし、組長と啓一は、間違い無く、命を無視して突っ込んで行くわよ! それに、命を懸けられた、千佳だって、どれだけ後悔するか、考えた事有る!」
 晃が切れて、良顕にまくし立てる。

「それでも俺は、これ以上家族が減るのは、我慢出来なかったし。死ぬつもりも無かった」
 低く響く声で、晃に答えた。
 呆気に取られた晃が、大きな溜め息を吐き
「ムカつく…。羨ましいったら、ありゃしない。千佳、あんた今、死ぬ程嬉しいでしょ」
 晃がいきなり千佳に問い掛けると、千佳は顔を涙でグシャグシャにして
「ばい! うれじいでず〜。あ〜ん、ずびばぜんでじだ〜」
 鼻水を啜りながら、大声で返事し、泣き続け謝罪する。

 良顕は呆れ顔で千佳を見
「もう良い。泣くな千佳…」
 優しい微笑みを浮かべ、千佳を宥める。
「全く、女殺しよね…。命を掛けて助けておいて。最後はあの微笑みで[気にするな…]ですって。気にする所か、命掛けるわよ…」
 頬を膨らませ、ブツブツと呟くと
「もし、捕まったのがお前でも、俺は同じ事をするぞ」
 良顕はスッと視線を晃に向け、低い声で告げた。

 まともに、目線を合わせての唐突な言葉は、晃の胸を深々と貫き
「も、もう! や、止めてよね…。からかわないでよ!」
 慌てふためきながら、顔を真っ赤に染める。
「いや、俺は真剣だ。お前は、俺の無二の親友だからな…」
 良顕は、真剣な表情と声音で晃に告げる。
(り、良ちゃん…。こんな私を…、親友って…。認められた…、認められたのね…。良ちゃんに…)
 晃は良顕の言葉で、全身を震わせる程感動した。
「も、もう! 死んでやる! 私、良ちゃんの為に死んでやるから。決めた! 今、決めたわ」
 晃は、顔を真っ赤に染めたまま、携帯電話を取り出しダイヤルする。

 訝し気に見詰める良顕の前で
「もしもし! 由木? 私よ、美加園…。例のあの書類も一辺に出してて。そう、あの二つの書類よ。良いから、事情が変わったの。これで、文句無い筈だし、申請も直ぐに通るわ」
 晃は、由木に連絡を入れた。
「晃…。書類って何だ?」
良顕が晃に問い掛けると
「実はね、新薬の権利譲渡の申請手続きして来たの。本部は、受理を渋ってたの。まぁ、裏が有るみたいだったけど、今回の申請書類は、受理しない訳にはいかない。何せ、最優先で処理される書類だもん」
 晃は、ソファーからスッと立ち上がる。

 一瞬考えた良顕が、直ぐにその書類に気付いた。
「あ、晃…」
 良顕が驚きながら、晃の名前を呼ぶと
「ご主人様、永遠の服従を誓います」
 晃は、良顕の足元に正座し、額を床に押し付け、誓いの言葉を口にした。
「ったく…。最初からそのつもりだったんだろ? じゃなけりゃ、俺にサインはさせ無いからな…」
「いいえ。あの時は正直、一刻を争う場合の非常用で御座いました」
 晃は、頭を下げたまま、良顕に敬語で答える。

 晃の態度に、良顕は溜め息を吐くと
「おい、良い加減にしろ…。マジで怒るぞ…」
 ドスを効かせた低い声で晃に告げる。
「いえ…。奴隷の立場ですので…」
 晃がなおも、告げると
「止めないなら、絶交だぞ」
 子供のような言い方で、晃に言った。
「え〜っ、やだ〜。本当、良ちゃんって、女心が分からないのね!」
 晃が、身体を跳ね上げ膨れっ面を見せると
「オカマ心の間違いだろ…」
 笑いを含んだ声で、静かに告げる。

 コントロールルームに、和んだ空気が満ちた。
 この時、良顕は気付いていなかった。
 その日起きた一連の事件が、絶妙のタイミングで起きた事に。
 前田が鞠恵に接触するのが遅ければ、朝方に起きた一連の事件の細部が、天童寺の知る所に成り、下手をすれば昌聖の情報が流出していた事態に成りかねなかった。
 前田の行動は、結果として良顕を助け、このゲームの帰結を大いに左右した。

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