狂牙
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■ 第5章 血の連鎖3

 30分後良顕の元に、暴力団安曇野興業を任せている朝田 忠雄(あさだ ただお)、その妻の朝田 千春(あさだ ちはる)、飲食店全般の仕切らせている伊藤 啓介(いとう けいすけ)、クラブの経営を任せている安曇野 夏恵(あずみの なつえ)、そして千佳の5人が集まった。
 この5人は、良顕の腹心中の腹心で、家族だと思っている。
「みんな、集まって貰ったのは、外でも無い。このゲーム正直言って負ける。もう、俺には打つ手が無い」
 良顕の言葉に、誰1人動揺する者は居らず
「って事は、取り敢えず地下に潜る準備ですね。まぁ、既に有る程度の資産は各地に点在させてますし、偽造パスポートもこの8人分は確保してます。脱出ルートも、5本作っていますんで、海外で足場を固めましょう」
 忠雄が当然というような顔で、良顕に説明した。

「今日子と理恵は連れて行けませんか? あの2人は、かなり深い所まで、私達の事を知ってます。他の奴隷達は、細部は知りませんし足手纏いにも成りかねませんから、置いていった方が得策でしょう」
 啓介が、考えながら良顕に告げると
「私もそう思います。それに、あの2人はご主人様を敬愛しておりますし、足手纏いにも成りませんわ」
 夏恵が啓介の意見に賛同する。
「組の方は、そのまま矢野に任せれば、恐らく何事も無く組織に組み込まれる筈です。良くも悪くも、アレは組織の構成員ですから」
 千春が涼しげに告げると、話しは終わってしまった。

 良顕は5人の話を聞きながら、呆気に取られ
「お前ら…、そんな準備いつしてたんだ…?」
 ボソリと問い掛けると
「いつもです。ご主人様の安全の確保は、私達の最重要任務ですから」
 乙葉が、良顕の後ろからソッと告げた。
 呆気に取られていた良顕の表情が、笑いをかみ殺し始め
「クックックッ。俺は、それ程頼りなかったか…。参ったな」
 ボソボソと呟くと
「そ、そんな事は絶対に有りません!」
 優葉が慌てて、良顕に詰め寄り訴える。

 良顕は、そんな優葉を右手で制し
「ああ、分かってる。今のは自虐だ。俺は、お前らと一緒にやれて、本当に幸せもんだ。有り難う、感謝する」
 スッと、頭を下げて感謝を告げた。
 その途端、落ち着き払った5人にパニックが走り
「「や、止めて下さい! ご主人様」」
 全員が床に身を投げ、平伏して額を擦りつける。
 良顕はそんな忠雄達の慌て振りを見て
「くっくっくっ。済まん、冗談だ。これぐらいの仕返しはさせろ」
 笑いながら頭を持ち上げる。

 忠雄達は、自分がからかわれた事に呆れ、やがて笑い始めた。
「ご主人様が、こんなパンチの効いた洒落をするなんて、思いませんでしたよ…」
「ビックリしましたわ。でも、そんな姿も素敵です」
 忠雄と千春が声を揃えて言うと
「本当に驚きました。いつも、冗談なんて一つも言わない人だとばかり思っていましたから」
「あら、啓介それは違うわよ。ご主人様は、貴方を鍛えるために、そう接してるの。本当は、もっとフランクな方よ」
 啓介が忠雄夫婦に同調し、夏恵がすかさず否定する。

 そんな姿を、良顕は穏やかな微笑みを浮かべ見ていたが、千佳だけは俯いて所在なげにしていた。
「どうした千佳?」
 良顕が千佳に問い掛けると、千佳は床にっつっぷし
「ご主人様が、こんな窮地に陥ったのは、全部私のせいなんです! みんなにも、迷惑掛けて…。私どう謝ったらいいか…」
 泣きながら、告白を始める。
 だが、その千佳の言葉を
「もう良い、済んだ事だ。俺は、お前が無事戻ってくれた事が、一番嬉しい」
 良顕が遮り、告白を呑み込ませた。

 千佳が泣き顔を跳ね上げると、晃がスッと良顕の肩に手を乗せ
「良ちゃん。それじゃ、駄目よ…。それは良ちゃんの優しさかも知れないけど、千佳の気持ちも分かって上げて。千佳はここにいる全員に謝りたいの…。みんなが、大好きだから…。良ちゃんに守られてるだけじゃ、みんなと一緒にいられない…。そのために、みんなに謝りたいと思ってるの…。ここで止めたら、この子また暴走しかねないわよ」
 低く渋い声で、優しく良顕を諭す。
 千佳は、晃の顔を驚いた表情で見つめ、意志を固めた視線を良顕に向け、コクンと大きく頷いた。

 良顕が溜息を吐き千佳に頷くと、千佳は全員に事のあらましを告げた。
 千佳の告白を聞きながら、一様に全員の表情が曇り、溜息を吐く。
 千佳の告白が終わると
「ご主人様…。出過ぎた真似は、十分承知してますが、千佳からケジメを取らせて下さい…」
「私も…、これは許せません…」
「俺も、ちょっと腹のうちに収める事は出来ませんね…」
「信じられない…。こんなお馬鹿だなんて…」
 4人が千佳を睨み付けながら、口々に呟く。

 その雰囲気に千佳が萎縮すると
「俺が[もう良い]と言っているのにか?」
 良顕が、低い声で4人に問い掛けるが
「お叱りや罰は、いかようにもお受けします。しかし、組織の長を危険に晒してお咎め無しは、遺恨を残してしまいやす…。どうか、お許し下さい…」
 忠雄は真剣な表情で、良顕に懇願する。
 良顕は、忠雄の目をジッと覗き込み
「好きにしろ」
 ボソリと呟いて、溜息を吐いた。

 良顕の許可が下りた忠雄達は、スッと立ち上がり千佳を囲む。
 4人に見下ろされて、怯える千佳だがグッと息を呑み込み
「申し訳有りませんでした!」
 大きな声で平伏して謝罪した。
 その頭に、[ゴチン]と忠雄の拳骨が落ち
「この馬鹿たれが! なんで、俺にちゃんと話さねぇ! 俺は大概お前の話は聞いてるだろうが!」
 千佳に怒鳴ると、[パシーン]と千佳のお尻が派手な音を立て
「千佳様の馬鹿! そんな危ない所に飛び込んで、何か有ったら、春はどうなると思うんですか!」
 千春は涙ながらに訴え、千佳の両方のほっぺたが摘み伸ばされ
「お前! 本気で心配したんだからな。なんで、俺に説明に来なかったんだ。俺はそんなに信用出来ないか?」
 啓介が千佳の顔の正面にしゃがみ込み、悲しそうな声で問い掛ける。
「だ・か・ら。いつもお店で言ってるでしょ。考えがあ・さ・いって! 本当ガキ何だから。心配ばっかり掛けないの!」
 夏恵が、千佳の鼻を摘んで、叱りつけた。

 4人はそれぞれ、自分の言いたい事を告げ終えると、次々に良顕の前に正座して平伏し、夏恵が揃うと
「「ご主人様、罰をお与え下さい」」
 声を揃えて、良顕に懇願する。
 キョトンとした顔で、良顕と千佳が4人を見つめ、乙葉と優葉と晃の3人は、クスクスと笑っていた。
「良ちゃん。みんな、一緒なのよ…。良ちゃんとね…。千佳の無事が嬉しくて、良ちゃんの行動に益々惚れて…。羨ましくて、悔しいの…。いろんな事がね…」
 晃が良顕に静かに告げた。
 良顕は、晃の言葉に納得すると、肩を揺らして[くっくっくっ]と笑い
「おう! 飲むか!」
 全員に大声で宣言する。
「「はい、ご主人様」」
 千佳以外の全員が声を揃えて答えると、女性陣は足早にキッチンに向かい、忠雄と啓介はテーブルのセッティングを始めた。

 ぽつんと床にへたり込んだ千佳が、惚けた顔を良顕に向けると
「千佳。何してるの! こっちを手伝いなさい」
 晃がキッチンから千佳を呼びつける。
 名前を呼ばれた千佳は、キッチンを向き直ぐに良顕に視線を戻す。
 千佳が、良顕に視線を戻すタイミングで
「呼んでるぞ…。早く行け…」
 良顕は優しい微笑みを浮かべ、千佳に頷いた。
(終わったんだ。みんなお前を許した…。だから気に病むな)
 良顕の優しい微笑みが、千佳に良顕の心を伝え、千佳の目に涙が込み上げる。
 千佳はコクンと大きく頭を縦に振り、そのまま跳ねるように身を捻りながら立ち上がって、キッチンに駆けだした。

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