狂牙
MIN:作

■ 第5章 血の連鎖7

◆◆◆◆◆

 千佳は大学に着くと直ぐに、美咲達の姿を探し始める。
 良顕には、昌聖との接触を禁じられていたが、千佳はそれを守れなかった。
 [マテリアル]と[紳士会]が敵対関係にある事を千佳は理解していたが、それが何故か迄は理解していない。
 千佳は、[マテリアル]と言う組織の鬼畜性が敵対の原因だと思っており、鬼畜では無い自分達が昌聖達と敵対関係に成るとは、思っていなかった。
 それは、この間自分が捕まった時、昌聖達から溢れていた柔和な雰囲気が、千佳に錯覚を起こさせたのだが、それを知らない千佳には、判断のしようも無かった。

 千佳は大学の前庭で、トボトボ歩く昌聖の姿を見つけ、駆け寄ろうとした。
 すると、スッと行く手を阻むように、野暮ったい私服を着た美咲が現れ
「叶さん…。どう言うつもり? 一体、何の用…」
 小さな鋭い声で、千佳に問い掛けた。
 千佳は美咲の言葉と声に驚き、口を開こうとしたが
「貴女は、この間はゲストに成ったけど、確か[不干渉]を命じられてる筈でしょ…」
 右手から、佐知子が現れ静かに告げる。

 千佳の視線が佐知子に向くと
「駄目ですわ。私達に取って主人の命令は、絶対の筈です」
 丁寧だが、氷のような声音で歩美が囁く。
 ビクリと震え、歩美に目を向けると
「それとも、癖になちゃったのかな?」
 美由紀が背後から音も無く近付き、千佳の背中に抱きついて耳元に囁いた。

 千佳は、一切美咲達の気配に気付いていなかったが、あっと言う間に四方を囲まれ狼狽える。
「あっ、あの〜…。わ、私…」
 千佳が用件を告げようとすると、美咲の携帯電話が鳴り、美咲は直ぐに電話に出る。
『美咲、目立ち過ぎ。研究室に移動して』
 美咲が電話に出た瞬間、昌聖が用件を告げて、直ぐに通話を切った。
 美咲は、無言で携帯電話をポケットに落とし込み、歩美達に目配せする。
 歩美達は、無言で頷き千佳の周りを固め、談笑を装いながら千佳を指示された場所に連れて行く。

 5人が工学2号館の1室に入ると、中に昌聖が待っていた。
 腕を組んで、ジッと黙考する昌聖の前に千佳が立って、その背後に4人が並ぶ。
 千佳は、あまりにこの間と雰囲気の違う昌聖に、オロオロしながら口を開こうとしたが
「どう言うつもり? 確か、お互い[不干渉]が言い渡されてる筈だけど…。それとも、君の所属する組織は、上からの指示を無視しても良い組織なの?」
 機先を制するように、昌聖が低い声で問い掛けた。

 千佳はギクリと顔を引きつらせて、力なく項垂れ
「いえ…。私達の組織は…。いえ、私の立場は…、奴隷なので…、主人の命令は…絶対です…」
 ボソボソと呟いた。
 昌聖は腕組みを解き
「だろうね。どこの組織か知らないけど…。んっ? 奴隷? 千佳ちゃん奴隷って言った? じゃあ、あの[ご主人様]は、言葉通りの意味?」
 大きく頷きながら、千佳の言った言葉に引っ掛かって、再び腕組みをして考え込む。
(ちょっと、待てよ…。奴隷を使って…。あれだけ、簡単に命を諦められて…。こんな、情報封鎖されるって…。まさか? 千佳ちゃんの組織って!)
 昌聖がそれに気付いた時、今迄出鼻を挫かれていた千佳が口を開く。
「私の所属する組織が、近藤さんの組織と敵対関係に有る事は知っています。ですが、私はどうしても美咲さん達みたいに成りたいんです!」
 千佳は、自分の思いを昌聖にぶちまけた。

 千佳の言葉に、ピクリと反応した美咲が
「私達と敵対している組織?」
 低い声で、千佳に問い掛けると、昌聖が千佳の言葉を封じる前に、千佳はその名前を口にする。
「はい、私の組織は[マテリアル]と言います」
 千佳の言葉を聞いた、美咲達の全てが凍り付いた。
 それは、時間が止まったようなリアクションだった。

 千佳は、あまりに意外な反応に、キョトンとした顔で美咲を見つめると
「そう…。貴女は、あの組織にいるの…。へぇ〜っ…、何で早く言ってくれなかったの…。もっと、手厚いおもてなしをして上げたのに…」
 美咲は項垂れたまま、震える声で千佳に告げる。
「まさか…。まさか…、こんな風に出会うなんて、思ってもおりませんでした…。私は、震える身体を止められません…」
 歩美が血も凍るような、冷たい声で千佳に語り掛けた。
「自分で何を言ったか理解してるか? その言葉を私達の前で、良く吐けたな!」
 低く押し殺した声で、佐知子が千佳を恫喝する。
 美由紀は、ジッと睨み付けて黙り込んでいたが、その視線には十分な敵意が込められていた。

 千佳は、その4人の言動に驚きながら後ずさり
「えっ! な、何の事…」
 思わずボソリと問い掛ける。
 すると、昌聖が大きな溜息を一つ吐き
「僕の両親を殺して、歩美の姉を廃人にし、歩美に催眠術を掛けて人生を無茶苦茶にして、美咲のお兄さんとは、何度も命の遣り取りをしてるんだよ…。君の組織は…」
 昌聖達と[マテリアル]の関係を口にした。
 昌聖の言葉に、千佳が愕然とすると
「殺されても、貴女は文句の言えない立場にいるのよ。お判りかしら?」
 美咲はその雰囲気をガラリと剣呑な物に変え、一歩踏み出す。

 千佳は、その時始めて自分の属する組織の悪行を理解する。
(た、確かに…。[マテリアル]って、鬼畜の集団だもの…、敵対してる組織なら、そんな事をしいていても…こんな風に思っていても、全然不思議じゃない…。私って、本当に考えが浅い…。目の前の事しか見えてない…。本当に…馬鹿だわ…)
 そして、それと同時に自分の行動の軽率さに、情けなさを覚えた。
(ご主人様…馬鹿な千佳は、また同じ事を繰り返しました…ごめんなさい…)
 4人の輪が狭まり、取り囲まれると千佳は、絶望的な状況に観念し、身体の力を抜いた。

 しかし、その時ボソリと昌聖が呟く。
「お前達、一体何をするつもりだ? まさか、千佳ちゃんに危害を加えるつもりか?」
 昌聖の言葉に、4人の顔が跳ね上がって、昌聖を見つめる。
 その4人の顔は、明らかな驚きで満たされていた。
「えっ? ま、昌聖様…[マテリアル]ですよ? あの、組織ですよ?」
 美咲が驚きに戸惑いを混ぜ合わせながら、昌聖に問い掛けると
「ああ、知ってるよ。今僕も確かに聞いたけど、今僕が言った事は、その組織がやった事で、千佳ちゃんには関係ないよ。それに、千佳ちゃんには[不干渉]の指示が出ている。お前達は、僕にその指示を破れって言うのかい?」
 昌聖は静かな声で、美咲達に問い掛ける。

 昌聖の問い掛けで、美咲達が項垂れ唇を噛むと
「で、千佳ちゃん。一つだけ聞かせて…。啓一…、葛西啓一は、巻き込まれたって事かな?」
 昌聖は低い静かな声で、千佳に問い掛けた。
 千佳は、昌聖の顔に向き直ると、真っ直ぐその瞳を見つめ、コクリと首を縦に振り
「はい…。あの家の人達は、ご主人様の相手の、一方的な攻撃で洗脳されてしまいました…。ご主人様は阻止しようとしたんですが、相手は国内のbPで為す術が有りませんでした…」
 千佳は、誠意を持って出来る範囲の事を説明する。

 昌聖は、その言葉を聞いて、再度大きな溜息を一つ吐き
「そう…。君の組織の洗脳だと…、もう引き返せない所まで行ったんだろうね…」
 ボソボソと呟いた。
 千佳は再び頷いて、昌聖の言葉を認める。
「うん…、有り難う…。そこ迄教えてくれただけで、十分だ…。千佳ちゃんも、もう僕たちには、近付かない方が良い。こんな接触をしている事がバレたら、間違いなく君も殺されちゃうよ…」
 昌聖は、悲しそうな視線を千佳に向け頷くと、静かに千佳に告げた。
 千佳は昌聖のその視線を見て、ギュッと胸が押し潰されそうに成り、呼吸が苦しくなる。
 何か言葉をかけようと考えたが、千佳は何も思い浮かばずコクリと頷いて
「はい…。お気遣い頂き有難う御座いました…。失礼します…」
 肩を落として、部屋を出て行く。

 その背中を見詰める美咲と歩美の視線は、なおも厳しいものだったが、佐知子は完全に怒りを消し、美由紀に至っては、好奇心のような色が浮かんでいた。
 しかし、啓一の事で頭がいっぱいに成った昌聖は、美由紀の眼の色に気付かない。
 昌聖は黙考しながら美咲達に解散を命じると、美咲達は判然としない気持ちのまま、それぞれ退室して行った。
 そんな中、美由紀は1人輪の中から外れると、スッと姿を隠し単独行動に走る。
(へへへっ…。あの子に聞いて、昌聖様の喜ぶ情報集めちゃお…。幸い、あの子も私達に興味が有るみたいだし、ここはギブアンドテークよ…)
 美由紀はニヤニヤと笑いを浮かべ、千佳の姿を探し始めた。
 美由紀も千佳と同じで、4人の中では1人奴隷として落ちこぼれている。
 その焦りが、この危険な行動に出たのだが、美由紀には目先の物しか見えておらず、その先に何が有るか分かっていなかった。

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