狂牙
MIN:作

■ 第5章 血の連鎖8

◆◆◆◆◆

 千佳は項垂れながら、キャンパスの中を歩いていた。
 自分の行動が、あまりにも浅薄で浅はかだった事に、かなりの落ち込みを見せている。
 肩を落とし歩く姿は、誰の目にも儚げで、道行く男子学生の視線を奪っていた。
 千佳は元々美少女系だったが、良顕に調教され、乙葉や優葉と言った超の付く美人と身近に触れ合う事で、その素質を開花させている。
 単純に言うと、[女として磨かれている]千佳は、そこら辺の女子学生など、足元にも及ばない美形だった。
 その千佳が愁いを帯びた視線で、トボトボと歩いていれば、視線を向けない者は居ない。

 そんな千佳の背後から、スッと音も無く近寄る1人の姿があった。
 落ち込んでいる千佳には、その人物の気配すら察知出来て居ない。
 いや、その足運びは、千佳が落ち込んでいなくても、気付く事はなかったかも知れない。
 それ程、その人物は気配を殺し、足音を忍ばせて千佳に近付いた。
 その人物は、間合いが十分に近付くと、一気に無防備な千佳の背中に襲い掛かり、脇の下から両手を差し込んで、千佳の両乳房を一挙に握る。
「ばぁ〜〜〜」
「ひゃふぅ〜〜〜っ」
 千佳とその人物の声が同時に上がり、千佳は両手で乳房を押さえて、慌てて身体を引きはがした。

 両乳房を揉まれて驚いた千佳は、その相手を見て別の驚きを浮かべ
「み、美由紀さん…」
 ボソリと痴漢の名前を呟いた。
「よっ。隙だらけの背中見せてると、襲われちゃうぞ〜」
 美由紀は、千佳に軽く挨拶し、悪戯っぽく笑いながら千佳に告げる。
「な、何してるんですか! い、いきなり…。って、そんな事じゃなくて、どうして…」
 千佳は乳房を揉まれた事と、美由紀がここにいる事と、今現在笑いかけてる事とに驚きながら、自分ですら何を言っているのか分からない。

 美由紀は、そんな千佳の質問を全く無視して
「ちょっと、あっちに向かって歩こうか。少し早足で、移動してくれるとありがたいかな。佐知子が、何か気付いてそうだし…」
 辺りをキョロキョロと見回しながら、足早に移動し始めた。
 千佳は美由紀の言葉で、流石に気付いて足早に移動する美由紀の後ろについて行く。
 大学の敷地を抜けると、美由紀は直ぐに町中に溶け込むように移動し、その姿を隠して行った。
 千佳は、一瞬でも視線を外すと、見逃してしまいそうな、美由紀の動きに驚きながら後を追う。
 美由紀は常に背後との視線の間に、遮蔽物を挟み、動きのタイミングを変え、その姿を紛れ込ませて行く。
 その姿は、まるで気まぐれな猫のようで、2m程しか離れておらず、意識を常に向けている千佳でさえ、姿を見失いそうに成っていた。

 大学から100m程離れた場所で、スッと立ち止まった美由紀は、千佳が追いつくのを待つ。
 千佳はすれ違った人の背後に、突然現れた美由紀に驚き
「あっ、あの…。どうして…?」
 小声で問い掛けた。
「ん〜っ? どうしてって、千佳ちゃんは私達に近付きたかったんでしょ? 私は、千佳ちゃんに聞きたい事が有った。どちらも、何かを差し出せるなら、それはギブアンドテークが、成立するでしょ…。だから、私は来たの…」
 美由紀は千佳に向かって、ニッコリと笑いながら、自分の考えを伝える。
「私に聞きたい事…? それは、ご主人様の事ですか…? なら、私は何もお話し出来ません…。ご主人様が危険に晒されるような事は、私は絶対に口にしません」
 千佳は美由紀に向かって、ハッキリと告げると、一歩後ずさる。
「あら。可愛い事言うじゃない。でも、違うわ。私が知りたい事は、そんな事じゃない。昌聖様の心を苦しめてる、今の状況の細部。それがメインよ」
 美由紀はコロコロと笑いながら、一つも笑っていない視線を千佳に向け、周囲に聞こえない程の声で告げた。

 一瞬の緊張。
 一瞬の沈黙。
 一瞬のにらみ合いの中で、双方がギブアンドテークの成立を理解し、頷き合うと
「私の家にいらっしゃい。そこなら、誰も邪魔は入らないから」
 美由紀はクルリと千佳に背中を向け、歩き始めた。
 千佳は美由紀の背中を見つめ、美由紀について行く。
 この取引が、後に何を産むか、2人には一切予想など付かなかった。

◆◆◆◆◆

 美由紀は高校を出た時点で、父母と決別しマンションに一人暮らしをしている。
 美由紀の住んでいた自宅は、離婚した母親が慰謝料として譲り受け、浮気相手の男と新しい生活を送り、父親も再婚を済ませ新しい生活を送っていた。
 そんな経緯からか、それとも根っからそうだったのか、美由紀は快楽主義の自分に目覚める。
 とにかく、エッチが好きなのだ。
 気持ち良い事には、全く持って目が無い。
 昌聖の淫具の開発には、自分から人体実験を申し出るのは、日常茶飯事だった。
 だが、男性経験は昌聖ただ1人という変わり種でもある。
 昌聖のような[雄]が側に居れば、他の男に魅力を感じないのも当然だが、昌聖以上の[雄]に対しても、美由紀は興味を持てなかったのだ。

 美由紀の性の対象は、昌聖とその淫具。
 それに、何よりも強い結びつきで結ばれた、美咲達だけだった。
 それ故に、美由紀はその輪から外れるのを極端に恐れる。
 昌聖の求める[上品な美しさ]は理解出来るが、比較される対象が恐ろしい程ハイレベルだった。
 快楽に勝てない自分を叱咤し、いつも後悔する美由紀は、千佳と同じように突出する何かを求めていた。
 そんな美由紀が、自宅で千佳の告白を聞いた時、思わず千佳を抱きしめたのは、仕方が無い事だった。

 美由紀の自宅に招かれた千佳は、リビングで美由紀に抱きしめられ、目が点になっている。
 千佳を抱きしめる美由紀は、オイオイと泣きながら
「大丈夫! ずぇったい、私が千佳ちゃんを仕込んで上げる! 私の持ってる技術の全てを、千佳ちゃんに全部伝授して上げるわ!」
 千佳に宣言した。
「あっ、やっ、あの…。有り難うございます…」
 千佳は美由紀の余りの迫力に、しどろもどろに成りながら、感謝の言葉を告げる。
 そして、その後に美由紀の状況を聞いて、同じ仲間を見つけた気持ちになり、2人でしっかりと抱き合って泣いた。

 敵対組織で、仇敵同士の2人は複雑な気持ちを掻き消すように、お互いがお互いの心に近づき始める。
 すっかり打ち解け合った美由紀と千佳は、いつの間にか親友のような関係になってしまった。
「千佳ちゃん。ちょっと、待ってて。お姉さんの秘蔵の品々見せたげる」
 美由紀がニコニコ笑いながら、千佳に告げると
「うん、見た〜い。美由姉、見せて見せて〜」
 千佳は無邪気に笑って、美由紀におねだりする。
 美由紀は、そんな千佳に頷くと、直ぐに寝室に向かい、アタッシュケースを2個、両手で押しながら戻って来た。

 千佳がワクワクと微笑む中、美由紀はアタッシュケースの蓋を開けた。
「じゃ〜〜〜ん。昌聖様特製ツール〜っ! 傑作から試作品のボツ迄、私が試したお気に入りの全てよ〜」
 美由紀が楽しそうに千佳に見せると、千佳は目を丸くしてケースの中を覗き込んだ。
 その数、ざっと5千点。
 ビッシリと様々な淫具が詰め込まれており、中には何に使うのか分からない物まで有った。
「ふぉぇ〜〜〜…。凄〜い…、これ全部、あの方が作ったんですか?」
 千佳はケースの中身を覗き込みながら、感心した声で美由紀に問い掛ける。
「そうよ。昌聖様は、道具作りの天才なの。こう言った淫具も作るし、義肢や武器も作っちゃうの。昌聖様自体、何とかって、古い武術を使いこなす、凄い人なんだから」
 美由紀が自慢げに、千佳に教えると
「う゛〜ん…。それって、かなり反則ですよね。凄い才能が有って、あんなに綺麗で、強くて、優しい…」
 千佳は、尋問中に見た、昌聖の視線を思い出し、唇を尖らせ項垂れた。

 そんな千佳の表情を見ながら、美由紀はニヤニヤと笑い
「千佳ちゃん。昌聖様に惚れちゃったかな〜?」
 茶化すように、問い掛けると
「そ、そんな! 私には、良顕様って言うご主人様が、ちゃんと居るんです! そ、そんな事…、あ、有りません…」
 千佳は弾かれたように強く否定したが、徐々にその否定の言葉は力を無くした。
 その反応を見た美由紀は、ただ茶化したつもりが、本質を突いた事に驚き、バツが悪くなって頭を掻きながら
「千佳ちゃん。あのね…、あの方は、正直ハードルかなり高いよ…。好きに成ると…、きっと辛い…」
 ボソボソと、慰める言葉を探しながら、千佳を諭す。
「そ、そんなの、良顕様でも同じです! 私の好きになる人は、みんな…みんな…。凄く、素敵な人が…素敵な人達が、必ず居るんです!」
 千佳は込み上げる激情を押さえ切れ無く成り、突っ伏して泣き始めた。

 美由紀は、[面倒臭い事に成ったなぁ〜]と思う反面、こんな乙女心を持たせる良顕に興味がわき始める。
(千佳ちゃんって、本当に奴隷なの? 何か、イメージが全然違うんだけど…。[マテリアル]の中にも、いろんな人が居るんだなぁ〜…)
 美由紀は、その性質の一番の感覚で、正確に物事を捉えていた。
 この時点で[マテリアル]イコール[鬼畜の集団]を成り立たせなかったのは、[古狐]こと、一也と美由紀だけだった。
 そして、美由紀自身は、自分の感覚こそが、昌聖にどれほど役に立っていたか、知るよしもなかったのだ。
 出会いは、物語を進めそれぞれ、必然の帰結に向かう。
 それがどういう物になるかは、神のみぞ知る事だった。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊