狂牙
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■ 第5章 血の連鎖10

 涙の浮いた瞳を、キッと意志を固めた視線に変え
「美由紀お姉様! 千佳が間違っていました! もう、絶対弱音は吐きません! ですから、私に今の技術を教えて下さい!」
 居住まいを正して、美由紀に懇願する。
 美由紀は、千佳の懇願を鼻で笑いながら
「へぇ〜っ…。あの程度で、音を上げるお子ちゃまが、随分偉そうな事を言うのね…。良いわよ教えて上げる…、但し、次は無いわよ。千佳が、今度弱音を吐いたら、その場でお仕舞い。[駄目][嫌][許して]は、絶対に許さないからね」
 茶化すように、だが強い口調で告げた。
「はい! 絶対に言いません! よろしくお願いします、美由紀お姉様!」
 千佳は、床に額を擦りつけながら、美由紀に誓う。

 千佳はこの後3日間、誓い通りに美由紀に弱音を吐かなかった。
 2人は、定時連絡と食事、僅かな睡眠時間以外、身体を合わせ続け、千佳は美由紀を責める事まで、出来るように成る。
 昌聖の特製淫具も分け与えられ、千佳は自分の知る限りで、話せる事を全て話し美由紀の家を後にする。
 濃密な時間は当然のように、お互いを深く結びつけ、密かに合う事を約束し合って、2人とも暫しの別れを告げた。
 2人がどのような関係に成ろうとも、お互いの主人は[仇敵]どうし、公に会える筈も無く、2人ともそれは強く理解している。

 だが、2人の別れは、それを感じさせる事は無く
「千佳ちゃん、又ね。今度は、お酒でも飲もうよ」
「うん、美由姉。美味しい物食べながら、いっぱい飲もうね」
 笑い合って、まるで仲の良い姉妹のような言葉を交わした。
 アタッシュケースを一つ持って、背を向ける千佳。
 それに手を振って、笑って見送る美由紀。
 2人の出会いと関係は、昌聖と良顕の関係に大きく影響を及ぼす。
 全ては、必然の流れのままに、歯車が噛み合い帰結に行き着く。

◆◆◆◆◆

 KO.堂の中に、軽快なポップスが流れた。
 言わずと知れた、一也の携帯電話の着メロである。
 一也は、携帯電話のサブディスプレーに目を向け、顔を歪めると大きな溜息を吐き
「何じゃ?」
 ぶっきらぼうな声で、通話口に出た。
『[何じゃ?]は無いでしょう。昌聖はその後どうなりました?』
 優駿の低く渋い声が、訝しげに問い掛ける。
「昌聖? 元気じゃぞ…。おおそうか! あの時の電話か…。あれは、儂の勘違いじゃ。まぁ、早とちりという奴じゃな…。あ奴は何も変わらず、勉学に精を出しておるわ」
 一也は優駿の追求を、三文芝居で煙に巻こうとした。

 だが、直ぐに優駿はそれに気が付き
『御老…。それが通じる相手だと、本気で思ってるんですか…』
 声のトーンを更に落として、一也に詰め寄る。
 一也は、苦虫を噛み潰した表情で、携帯電話を見詰め
「[紐]の付いてない奴で、連絡して来い…。儂の方からかけ直す…」
 再び通話口を口に当て、素早く告げた。
 用件を告げると、一也は直ぐに携帯電話を切り、カウンターに放り投げ、大きな溜息を吐く。
(はてさて…。どこ迄話した物かの〜…。下手に隠すと、勘ぐられてややこしい事に成るし…。全部を話せば、これまたややこしい事に成る…。難儀じゃの〜…)
 一也は、自分で蒔いた種に、本気で頭を抱えた。

◆◆◆◆◆

 常用の携帯電話を切った優駿は、直ぐにヘルマに向かって
「Eコードを持って来い」
 短く命じると、ヘルマは深々と頭を下げ、退出する。
 優駿の両脇には全裸の女性が2人、蕩けた視線でまとわり付き、足下には更に2人の全裸の美女が、仰向けで倒れお腹を波打たせて荒い息を吐いている。
 優駿自体も全裸で、つい先程まで倒れている奴隷を貫いていたのだ。

 ヘルマが軍用通信機のような携帯電話を持って、執務室に戻り優駿に差し出すと、優駿はそれを受け取り、ダイヤルする。
 相手のコール音を確認した優駿は、直ぐに通話を切り、ジッとごつい携帯電話を見詰めた。
(こいつで話さなきゃ成らない事が有ったのか…。こりゃ、厄介事程度じゃすまねぇぞ…)
 Eコードとは、秘匿通信用に開発された特殊なコードで、暗号変換した通話内容を、秒単位で通信波を変更し、会話する通信機だった。
 携帯電話の通信帯でも使用出来、双方で使えば先ず通話が傍受される事は無い。
 優駿が見詰めていると、通信機が受信を知らせる。
「もしもし、御老。一体何が有ったんですか?」
 優駿が問い掛けると、一也は重い口を開いた。

 一也の話を黙って聞いている優駿の表情が、徐々に険しくなり、ミシミシと通信機が悲鳴を上げ始める。
 一也が優駿に、ほぼ状況の全てを語ると
「御老…。あの組織がどんな物か、貴方が知らない筈は無いでしょう。半世紀戦い、殺し合って…。あまつさえ昌也さんを失った貴方の口から、そんな言葉を聞かされるとは、思いませんでした…」
 優駿の声は、重い鉄(くろがね)のような声で、一也に告げる。
 すると、その言葉に
『半世紀見てきた儂じゃから、これは言えるんじゃ…。あ奴は[獣]じゃが[鬼畜]では無い!』
 一也はきっぱりと断言した。

 一也のあまりに力強い声に、優駿は口を閉ざし言葉を呑み込む。
「ですが、本人はどうあれ、やっている事は同じでしょう! 仇敵は、仇敵だ!」
 しかし、直ぐに口調を荒げて、一也に食って掛かる。
 暫くの沈黙の後、通信機から大きな溜息が聞こえ
『優駿…。そこまで上ったお前が、遺恨に我を忘れてどうする…。もっと、人の言う事に耳を傾けんか…。お前が意固地に成るのは解らんでも無いが、それでは昌也と咲は犬死にじゃぞ…』
 ボソボソと諭すように、告げた。
 優駿は一也の言葉で、グッと唇を噛み締め項垂れると
「解りました…、俺自身の目で確かめます。ですが、俺の目に御老と同じ物が見えない時には、俺は俺の道を進みます…」
 固い石のような声で告げ、一方的に通話を切った。

 優駿がヘルマに通信機を差し出すと
「マイロード。レベル2クラスの案件を後に回しますと、3日で対処が可能です。ですが、日本に滞在出来る期間も3日が限度で御座います…。いかが対処致しましょうか?」
 ヘルマは通信機を受け取りながら、優駿に再度スケジュール調整した試案を告げる。
「3日…。それで、構わん…。調整しろ」
 優駿は短く答え、自分の携帯電話を取り出し、ダイヤルした。

 数度のコール後、相手と通話が繋がり
『もしもし、今度はどうしました?』
 電話口に宗介が出る。
「指揮官交代だ。そっちは、誰か適任者に任せて、お前は日本に飛べ」
 優駿は、固い声のまま宗介に告げた。
『昌聖の相手、そんなにやばいんですか?』
 宗介は声を潜めて、優駿に問い掛けると
「ああ、最悪だ…。俺も3日後に飛ぶ、それまでに何とか、安全だけは確保してくれ…」
 優駿の告げるぶっきらぼうな言葉に、宗介は息を呑み
『マーシャルに任せます。俺は、直ぐに移動を開始します』
 即座に優駿に答える。

 電話の向こうで、宗介が何か指示を出す気配を聞き
「宗介、支障が無い最低限の人員を残して、一緒に日本に飛べ」
 優駿が言葉を継ぐと
『解りました。直ぐに人選して、日本に向かいます』
 宗介の言葉も固くなり、通話を切った。
「[マテリアル]…絶対に、潰してやるからな…」
 優駿は携帯電話を睨み付け、腹の底から低い声を絞り出し呟いた。
 優駿の大切な者は、美咲を除き全てマテリアルとの戦いの中で、命を落としていた。
 優駿のマテリアルに対する憎悪は、他の者以上に強く根深い。

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