狂牙
MIN:作

■ 第5章 血の連鎖13

 美由紀が捕まって、早1時間が経過しようとしていた。
 美由紀が尋問されている映像を見ながら、千佳は身悶えしている。
「美由姉…美由姉…。駄目だって、言ったじゃない…。危ない奴らだって…教えたじゃないの…。あ、ああ〜…ごめんなさい…ごめんなさい…」
 千佳はモニターの正面でへたり込み、滂沱の涙を流しながら、身を捩り苦悶の表情を浮かべて、自分の言った事を正当化し、直ぐに自分の行動の浅はかさに謝罪する。
 そんな千佳を、良顕は苦悩の表情を浮かべ、見詰めていた。
(このままで、済ませる訳にはいかないな…。御老には恩が有るし、これは正直俺のサイドの失態だ…。どうする…? 急襲するか? しかし、それをすればこのゲームは終わってしまう…)
 良顕はそこまで考えると、途端に笑いが込み上げてきた。

(ゲームの終わり? くっくっくっ…。もう、終わってるじゃねえか…。ワンサイドゲーム…。どう足掻いたって、今の時点で俺の勝ちは無い。少し、結果が早まり、少しの恩は返せる…ただそれだけだ…)
 良顕は自分の気持ちにケリを付けると、携帯電話を取り出し、ダイヤルを始める。
 携帯電話を操作しながら、良顕は千佳に
「もう良い…。泣いてどうなる物でも無い…。優、千佳を部屋に連れて行ってやれ」
 優葉に命じて退室させると、携帯電話を耳に当て、コール音に注意を向ける。
「どちらにお電話ですかな?」
 携帯電話に意識を向けた瞬間、静かな低い声で問い掛けられた。
 一切の気配を感じなかった良顕は、ギクリと顔を引きつらせ通話を切りながら、背後を振り返る。

 優駿の背後5mの位置に、由木が両手を体側に垂らして、立っていた。
 由木の表情と仕草から、由木が既に臨戦態勢に入っている事を窺い知った良顕は
「何だ、友人に電話するのも[マテリアル]内じゃ、許可が必要になったのか?」
 ズボンのポケットに携帯電話ごと手を突っ込み、問い返す。
 由木は目線を外さず、ゆっくりと首を左右に振り
「そのような事は御座いません。ただ、本部としては、あらぬ不正が有る場合、速やかに対処しなければ成りませんので…」
 慇懃な態度で、良顕に答えた。

 その由木の態度に、良顕はいち早く気付き
「由木さん。今日の用件は、そんなモンじゃないね…?」
 緊張を滲ませている、由木に問い掛けると
「はい、ご推察痛み入ります。今日は、どうしてもと言う事で、誠に勝手ながら、ゲストをご案内いたしました。こちらのお二方です…」
 由木が身体をずらし、背後の入り口を示すと、2人のブラックスーツを着た美女が現れた。
 2人の美女は、由木の横に立ち並ぶと、スッと頭を下げて
「魔夜(まや)と申します」
「魅夜(みや)と申します」
 順番に呼び名を告げる。
[キリングドールズ]と呼ばれる、[マテリアル]最強の殺し屋達は、丁寧な所作で良顕に挨拶した。

 ロングヘアーの魔夜とショートボブの魅夜。
 双子の美女が頭を上げて姿勢を正すと
「お二方は本部より、ゲームの終了まで私に変わり、こちらに詰める事に成りました。私は、変わりに天童寺様の元へお伺いいたします…」
 由木が丁寧な口調で、説明すると
「「宜しくお願いいたします」」
 2人は揃って頭を下げて、良顕に告げた。
「ちょ、ちょっと待て。今、詰めると言ったな? それは、この2人がこのアジトに滞在すると取るのか?」
 良顕の言葉に、由木が深く頭を下げると
「はい、異例ですが、過去にもこのような事が御座いました。それに、これは本部の決定で御座います。私ども同様[空気]のような存在と、お考え下さい…」
 由木はそう告げると、2人に向き直り、頭を下げて退室しようとする。

 由木の言葉に呆気に取られる良顕は
(おいおい。こんな、剣呑な[空気]がどこの世界に有るんだ…。これじゃ、身動き1つ出来やしない…。こりゃ、本部もグルで俺を潰そうとしてるな…。ケッ、なら良いさ、徹底的に抗ってやる!)
 この決定に、腹を決めた。
 すると、その時入り口を潜ろうとした由木が振り返り
「そうそう、私昔こう言う言葉を聞いた事があります。[覚悟と自暴は違う]どうぞ、ご一考下さい…」
 良顕に静かに告げて、一礼する。
(ふっ…、解ってるよ…。だが、[仕方が無い]って言葉も有るんだぜ…)
 良顕は軽く笑って、由木に手を挙げて見送った。

 由木が去った後、魔夜と魅夜はコントロールルームの入り口が有る壁の隅に散って行った。
 穏行を使い、気配を消す2人だが、良顕の首筋にはチリチリと産毛が逆立つ感触がまとわりつく。
(マジで洒落に成らねぇ…。首筋が寒くて仕方無い…)
 良顕が感じている事を、乙葉は感じて居らず、黙々と仕事をしている。
 良顕はズボンのポケットの中で、携帯電話を操作しながら、発信履歴を消去した。
(しかし、これで迂闊に動く事は出来なく成っちまった…。ゴリ押しでもしようものなら、直ぐにこの姉妹は動き出す…。俺だけでも、逃げ切れるかどうかなのに、ここには乙も優も居る…。首根っこを押さえられちまった…)
 良顕は、苦虫を噛み潰した表情で、ソファーに座り両膝に両肘を乗せ、天童寺の対処の早さに歯噛みする。

 モニターの向こうでは、吊り下げられた美由紀の身体に、啓一が拳を叩き込んでいた。
 目隠しをされた美由紀は、既にグッタリと項垂れ、か細い苦鳴を漏らしている。
 啓一は、無言で美由紀の周りを回りながら、無慈悲に拳を打ち込み、その度に美由紀の身体が跳ね上がった。
 美由紀の両手の平を貫く、碇のような金属がその度に、美由紀の掌を割いて行く。
 美由紀は全身を青黒く打撲跡に染めながら、掌の穴は10p程に広がっており、後数発の衝撃で中指と薬指の間の肉は、千切れてしまうだろう。
 既に小指と薬指の間の肉は、爆ぜたように裂け、その末路を示している。
 美由紀の全身が余す事無く、青黒く染まる頃には、最後に残った人差し指と中指の間も、同じ状態に成る筈だ。

 その場を支配する小夜子は、壊れたレコードのように同じ言葉を問い掛ける。
『お前は、どこの組織に属してるの?』
 美由紀はその度に、か細い声で
『知らない…。そんなの、有りません…』
 小夜子に答えた。
 小夜子自身は、その答えが本当だろうと、既に納得していた。
 だが、小夜子は尋問を止めようとしなかった。
 何故なら、それが楽しくて仕方が無いからだ。
 苦痛を与えるための尋問は、小夜子の気が済むまで、延々と続けられる。

◆◆◆◆◆

 KO.堂に[黒電話]のコール音が響く。
 一也は訝しそうに、ポケットから携帯電話を取りだす。
(何じゃ? この携帯に登録外の電話…。おおっ、あの青年か!)
 一也は、直ぐに相手が良顕だと気付き、通話を繋げようとしたその時、携帯電話は沈黙した。
(な、何じゃ? せっかちじゃのぉ〜…。いや、違うの…、こりゃ、何か有ったと考えるのが妥当じゃの…。儂に連絡を取る必要が有って、しかし直ぐに状況が変わった…。トラブル発生か…。さてさて、どうしたもんかのぉ〜…。個人的には、手伝ってやりたいんじゃが…)
 一也が大きな溜息を吐いた時、KO.堂のスピーカから
『ご隠居! ら、来客です。[マスター]2人がお越しです』
 予定より随分早く現れた、マスターの姿に驚く。

 一也は溜息を一つ吐くと、KO.堂の扉を開けて、一組のカップルが現れる。
「ディディ…。マジでそんな状況じゃない…」
 宗介が、金髪の女性に溜息混じりにフランス語で告げると
「あら、非戦闘員の私には、どんな状況も同じよ。ちゃんと守らないと、ミニスターに大目玉喰らうわよ」
 豊満な身体を宗介に擦りつけ、[マインドマスター]のデュディェ・クリスティーヌ・プリュデルマシェが笑いながら、フランス語で宗介に答える。
 デュディェの顔を見た瞬間、一也の顔が驚きに染まり
「な、何でお前がここに居るんじゃ?」
 素っ頓狂な声で言って、顔をしかめる。
「うるせ、スケベじじい。昌聖がピンチ。助ける、当たり前」
 デュディェは片言の日本語で、一也に一喝する。

 宗介は、その言葉を聞いて大きく溜息を吐き
「御老、済みません。優駿さんが、ミッションにこいつをねじ込んで来て…。付いて来ちゃったんです…」
 宗介が済まなさそうに、一也に告げると
「まぁ、良いわい…。こいつも、役に立つ事が有るじゃろう。事態は、大事(おおごと)になっとるから、こういう特出した能力がどう役に立つかも解らん…。それより、どこまで聞いて来た?」
 一也はウンザリした声で、宗介に告げ問い掛けた。
 宗介は、スッと一也の目を見て
「何も…」
 真剣な表情で、端的に答える。
 一也はそれを見て、優駿と宗介の間で交わされた言葉を推測し、優駿の気持ちも、宗介の考えも理解した。
 何一つ理解していないデュディェがキョトンとした表情で、2人の顔を見比べた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊