狂牙
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■ 第5章 血の連鎖19

 天童寺に拉致された良顕達は、与えられた個室で眠りに付いていた。
 そんな良顕達に、天童寺が招集を掛ける。
 時間は明け方の5時だった。
 それぞれ、来た時と同じ衣装を身に纏い、広大なリビングに現れる。
「おう、呼び出して済まんな。今から、ショーが始まる予定だ。悪いが叶君、ここのモニターにリアルタイム映像を流して呉れんか?」
 天童寺はそう言って目の前に有る、大スクリーンを指さして言った。
 リアルタイム映像は、良顕の特権で、他の者は本部の人間ですら見る事が叶わない。
 良顕の所有するパスワードがなければ、ブラインドデーターなどの開示も出来ない為、言ってみれば良顕の虎の子だった。
 それを天童寺は、当然のように要求したのだ。

 だが、良顕はこの程度の事は想定していた。
 いや、寧ろ拘束されモニターが無い状態で、今の状況が解らなくなる方を恐れていたのだ。
 良顕は、乙葉にキー操作を命じる。
 乙葉がパスワードを入力すると、モニターに映像が現れた。
 その映像は、見慣れないどこかのビルの上だった。
 良顕が訝しげに首を傾げると
『啓一…ママは、羨ましいわ…。ご主人様のお役に立てるなんて…』
 毬恵が、悔しそうな表情で啓一の頬に手を添え、ソッと告げると唇を合わせる。

 その姿を見た、天童寺が
「おう、間に合ったようだな。今から始まるぞ…」
 楽しそうに、グラスを掲げ良顕に告げる。
 ネットリとした口吻は、たっぷり3分程続き、お互い改造された舌をダラリと垂れながら、離れて行く。
 毬恵が離れると、晶子がその場所を変わり
『お兄ちゃん、本当に羨ましい…。私も、ご主人様のお役に早く成りたい…』
 泣きそうな顔で、啓一の頬に手を添える晶子が呟くと
『何言ってるんだ、晶子と母さんも直ぐに大役が待ってるんだろ? 僕は、それの引き金なんだ。本番は晶子と母さんなんだから、僕はそっちの方が羨ましいよ…』
 ここ最近見せた事の無い、人間的な表情で晶子に微笑み、唇を重ねる。
 激しい口吻を交わし、長い舌を絡め合いながら、お互いの目を見詰め合う。

 晶子とも口吻を交わした啓一は、スッと小夜子に向き直り
『由梨様、旅立ちの準備が整いました…』
 コンクリートに平伏して、小夜子に告げる。
 小夜子は啓一を見下ろしながら
『良かったわね。コレでお前は、本来の役目を果たせるのよ。ご主人様の道具として、存在を示せるの』
 静かに、啓一に告げた。
『はい、幸せを心の奥底から感じています』
 啓一が、コンクリートの床に額を擦りつけ、小夜子に答える。
『ほら、準備なさい』
 小夜子が優しげに告げると、啓一は着ていた洋服を脱ぎ、全裸に成った。
 脱いだ洋服をキッチリと畳み、その上に遺書を置いて靴を重し代わりに乗せる。

 その行動を見た、良顕の顔色が変わった。
「おい、待て…。まさか…」
 良顕の口から、小さく声が漏れると
「んっ? どうした…。これぐらいは、想像が付いただろう?」
 天童寺が薄く笑いながら、良顕に問いかける。
「これは、ルールに抵触する筈だろ! まだ、こいつらの命は、お前の物じゃ無い筈だ!」
 良顕の鋭い声に
「ああ、儂の物では無い。だが、これも儂の命令でも無い。こいつらの、自発行動だ…。儂にもどうする事もできんな…」
 天童寺は戯けて、肩を竦め良顕に答えた。

 全裸に成り、ウィッグも外して無毛の頭に浮かぶ[チ○ポ奴隷]の焼き印を晒した啓一は、首に輪を作った細いワイヤーを掛け、スッと締め込んだ。
 ワイヤーは端末に輪が作られており、その輪を更にワイヤーが潜って可動する作りで、引っ張れば締まるように成っている。
 ワイヤーの太さは1oを切っているため、ワイヤーに全体重が掛かれば、肉など簡単に縊り切ってしまう。
 ワイヤーの固定を確かめた啓一は、次に直径2p程の太いロープを首に更に掛ける。
 ロープは西部劇の縛り首用の物と同じ結び方の輪が作られ、コレも荷重が掛かれば途端に締めこんで、頸椎をへし折る仕組みに成っていた。
 啓一はそのロープも念入りに、点検して固定を確認する。
 固定した根本の直ぐ手前に、3m程のロープがΩの形に固定され、撓めた根本に細い紐が結びつけて有る。

 良顕は眉根を寄せて、その仕掛けの意味を知ろうとしたが、ムカムカと込み上げる胸くそ悪さで表情が消えて行く。
 言葉を無くし、ジッと見守る良顕。
 その良顕をニヤニヤと笑いながら見詰める天童寺。
 2人の視線が絡み合い、良顕の顔から感情が消えた時、啓一が立ち上がる。
 いつの間にか、啓一はビルの屋上に一人切りに成っていた。
 モニターに映る映像に、新しいアングルが加わり、その中に3人の女が見上げる視線で立っている。
 小夜子達は、啓一の居るビルの前に有る、5階建てのビルの屋上に移動していた。
 良顕は、小夜子達が見上げるビルに気が付く。
 その8階建てのビルは、3階と4階に、ある貿易会社が入っている、オフィスビルだった。
 貿易会社の名前は[葛西貿易]。
 そう、今回のターゲットの葛西孝司がオフィスとして使用しているビルだ。

 その正面玄関の真上の屋上に、白い影が現れる。
 言わずと知れた、全裸の啓一が手すりを越えて、屋上の縁に立ったのだ。
 画面の中の啓一をカメラがズームする。
 啓一は、無邪気な笑顔を浮かべ、正面のビルにいる自分の家族に手を振った。
 もう一つの画面には、その啓一に応えるように、毬恵と晶子が微笑みながら手を振っている。
 それは、久々の再会を喜ぶような、心温まる笑顔だった。
 だが、その状況は狂気に満ち溢れている。

 啓一は、スッと手を下ろすと、そのままスキューバーダイビングの、ジャイアントストライドエントリーのように、大きく足を前に出し、朝靄の包む虚空に身を投げた。
 スルスルと直立した姿勢の、啓一の身体が真っ直ぐ落下して行く。
 毬恵と晶子の目線を一挙に通り過ぎた啓一の身体を追うように、毬恵と晶子が手すりに進んで身を乗り出す。
 2人が啓一の姿を捉えた瞬間、3階と2階の間で啓一を吊るロープが緊張し、衝撃が啓一の首に掛かる。
 啓一の体重と重力加速度が、一挙に啓一の首に掛かり、啓一の頸骨を粉砕した。
 この時点で啓一は絶命した筈で、その証拠に全裸の股間から糞尿がまき散らされる。
 ロープに掛かった荷重の反動で、啓一の力無い身体が上に舞い上がり、3階の窓を越えた。
 直ぐにその身体が重力に引かれ、落下を開始するが、先程止まった位置から更に落ちて行く。
 Ω状に固定していた紐が切れ、ロープの長さが伸びたのだ。

 啓一の身体が地面から50p程の高さまで落ちると、2度目の静止が起きた。
 啓一の首に掛けられたワイヤーが、限界に達し啓一の首に食い込んで、肉を縊り切る。
 ブツっと言うような音が聞こえた気がするぐらい、その光景は全身の毛を総毛立たせた。
 ワイヤーの反動で、啓一の身体が足先から仰向けに小さく浮き上がり、そのまま地面に落ちる。
 首から上が無い啓一の身体が仰向けに寝転がり、その上に遅れて頭が落ちて来た。
 啓一の胸板で、小さくバウンドした生首は、改造されて長く伸びた舌が、腹に張り付き胸板の上で首の切り口を下にして、静止する。
 啓一の体重、身長、ビルの高さ、衝撃力、ロープの張力に至るまで、全て計算された結果だった。
 偶然と言えば、啓一の首が綺麗に胸の上に、鎮座した事ぐらいだろう。
 啓一の身体は、無様に改造された姿を何ら損なう事無く、仰向けに倒れ、その胸の上に自分の身分を焼き付けた生首が虚空を見詰めていた。

 身の毛もよだつ残酷な死に様だった。
 啓一は、自らの意志で絞り首と斬首と晒し者の死を選んだ。
「おうおう、中々シュールな自殺だな。これは、有る意味芸術だぞ」
 天童寺が、啓一の自殺を見終えて、拍手しながら評価する。
 ビキンと音を立てて、良顕が手に持ったグラスが砕けた。
 その音に気付いた、天童寺が視線を向けると、良顕は先程の無表情のまま
「これが、お前のやり方か…。これが、お前の楽しみか…」
 静かに低い声で、問い掛ける。

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