狂牙
MIN:作

■ 第5章 血の連鎖24

 一也は座敷に入り、テーブルの前であぐらを掻くと
「久しぶりじゃな…。穴蔵から出てきたか…?」
 一也がニヤリと笑い、老人に話し掛ける
「お久しぶりです。どの面を下げてと思いましたが、少しお話しする時間を頂いても、宜しいですか?」
 住職は一也に静かに頭を下げ、ロックグラスに氷を入れて、焼酎を注ぎながら尋ねた。
「何言うとる…気兼ねは止めろ…。お前のせいじゃ無いと、何度も言うとろうが…」
 一也はおしぼりを使い、既に並べられている、自分の好物のつまみに目を向けながら、溜息混じりに住職に呟くと
「痛み入ります」
 住職は、スッと頭を下げて一也に頭を下げる。

 住職は頭を上げると、顔の正面を一也に向け
「一さん、つい先日、お店に窺った、[リョウケン]と名乗る青年について、教えて頂く訳には、参りませんか?」
 改まった顔で、一也に問い掛けた。
「良顕…。その名前、誰に聞いた…」
 一也が驚きながら、住職に問い掛けると
「はい、昌聖から聞きました」
 住職は包み隠さず、一也に答える。

 その、真剣な住職の表情に一也は肯き
「解った。言える事は、教えてやるが、言えん事は喋らん。それで良いか?」
 固い表情のまま呟いた。
 住職はスッと頷くと
「その青年の容貌と、告げる事の出来る来歴をお教え頂けませんか?」
 まるで、縋るような声で問い掛ける。
 住職の声音に、一也はグッと息を呑み、その真剣さに押され
「な、何じゃ…。まさか、知り合いか…」
 思わず問い返す。
「はい。場合に寄れば…、深い知人に成ります…」
 住職は沈痛な表情で、肯き答える。

 住職の答えに一也は、少し考え
「身長は180ぐらいで中肉じゃが、相当鍛え込んどる。一言で言うと[獣]の印象が強いが、優駿や宗介のような猫科じゃ無く、狼のような印象じゃ…。警察関係の職に従い取るらしいが、職業柄じゃ無いなあの雰囲気は、儂には生まれつきに見えた…。情に強(こわ)い所が有り過ぎる…」
 ボソボソと批評を始めた。
 一也の言葉を聞いた住職は、大きく息を吸いゆっくりと吐き出しながら
「一さん。私の一族と組織の間に交わされている密約はご存じですか…」
 唐突に一也に問い掛けて来た。

 突然の問い掛けに、一也が戸惑い
「ああ、知っとるぞ。お前さんの、庚(かのえ)の一族に関しては[素性その他の一切の情報に、みだりに関与せん]と言う奴じゃろ? まぁ、お前さんの宗派に関する秘術も有るじゃろうし、こんな世界じゃ、事情は何かしら抱え取る。それが…」
 自分で、今迄の慣習を呟きながら、ある事に気付く。
 一也の言葉が止まると、住職がゆっくりと口を開き
「その青年…。[叶]と名乗りませんでしたか?」
 一也に問い掛けた。
 その言葉、その雰囲気に、一也は肯定の言葉を出す事が出来なかったが
「やはり…。あの馬鹿か…、何をして居るんだ…」
 住職が身を切られるような声で、ボソリと呟く。

 今度は住職の言葉に、一也が反応し
「何じゃ? 知っとるのか!」
 住職に問い掛けた。
 住職は、一也の問い掛けに居住まいを正すと
「一さん。これは、ここだけの話しにして下さい。一族の恥も、組織との盟約にも反している事です…」
 深々と頭を下げて、一也に依頼する。
「うむ、解った。儂は墓場まで持って行く事を誓う」
 一也も大きく頷いて、居住まいを正した。

 その一也の決意とほぼ同時に、住職が口を開き語り始める。
「私には、妻と息子と娘が1人ずつ居りました。その妻が、娘を産んで直ぐ掠われてしまいました。掠った者は私の親類で有る、鹿児島に住んでいた辛(かのと)の一族の長子です。妻の家は元々辛の家に嫁ぐ仕来りに成っており、辛の長子と幼馴染みの縁を結んでおりましたが、私の元に嫁ぐ家系に女子が恵まれず、妻が私に嫁ぐ事に成りました。その事を由とし無かった辛の長子が、組織の用件で留守にした時の事です」
 住職の告白話に、一也は軽く相づちを打ち聞き入った。
「辛の一族も庚の一族もこの暴挙に、総出で対処に出ましたが、辛の長子は有る組織の中に逃げ込みました…。今思えば、アレもあの組織に誑かされたのかも知れません…」
 住職は沈痛な表情で言葉を句切ると、一也は思わず頭に浮かんだ問い掛けを口にする。
「あの組織と言うのは、もしや[マテリアル]か…?」
 一也の問い掛けに、住職がコクリと頷いた。

 息を呑み込む一也に、住職が更に口を開き
「私は、組織に身を置きながら、辛の長子と妻の行方を捜しておりました。そして、それを5年前探し出しました」
 一也に告げると
「5年前と言うと…。まさか…」
 一也の顔が驚きに染まり、ボソリと問い掛ける。
「はい、不覚を取りました。それ自体が罠だと気付かず、[マテリアル]の連絡員に囲まれ、この有様です…」
 住職が呟くように答えると
「お前さんがそこまで成る事故なんか、おかしいと思っとったが、そんな裏があったのかい…」
 一也は溜息混じりに、納得した。

 しかし、一也は自分の抱いた疑問に、一向に近付かない住職に対して
「しかしよ、それと今日の質問とどんな関係があるんだい?」
 訝しそうに尋ねると
「はい、私は妻の件も有り、この世界との関わりを私の代で終わらせるつもりでした。そのために、私は一人息子に全く別の道を歩ませたんです。そう、警察官僚の道に…」
 住職はボソボソと言葉を落とすように呟く。
「警察官僚…? それじゃ!」
 一也がそれに気付き、住職が大きく頷くと
「私の名は、叶 良遵(かのう りょうじゅん)。私の息子は、叶良顕と申します」
 一也にその秘密を語った。

 愕然とする良遵の告白に息を呑む一也だったが
「先程、妻の件も有りと申しましたが、私が良顕をこの道に引き込まなかったのは、アレの持って生まれた物にも有ります。アレの才能は、私を遙かに凌ぎます。高校の時点で奥技を身に付けましたし、今でも研鑽を積んでいれば、間違い無く歴代最強の使い手に成っている筈です…。ですが、その反面情に強(こわ)い所も有り、この世界には向いていない…、日の当たる道を歩いて欲しい…。そう思い、完全に組織との関係を絶ったのです」
 良遵の言葉の内容と、良顕の容貌を思い出し知らず知らずに顎を引き頷いていた。
「組織には[良顕に宗家の能力は無い]と報告し、変わりに優駿達に技を伝える事で、関係を絶てました。私の勝手な都合で、一族と組織を騙し、密約まで反故にしたのです…」
 良遵の告白は重く低い声で続けられ、一也はただ黙って聞き入る事しかできない。

 良遵は大きく溜息を1つ吐くと、目の前にあるグラスを掴み、一息に中身の焼酎を煽った。
 空に成ったグラスを、音を立ててテーブルに置き
「それが、蓋を開けてみれば[マテリアル]に与(くみ)しているなんて…。一体、アレに何が有ったんでしょうか? お聞きなら、是が非でも教えて頂きたいのです!」
 身を乗り出しながら、一也に問い掛ける。
 突然の良遵の変化に、一也は驚きながらも
「い、いや、儂も詳しい事は知らん。彼は、ただ昌聖に捕まった身内を引き取りに来ただけじゃ…」
 良顕の現れた理由を良遵に告げた。
「昌聖に捕まった身内? それは、千佳と言う女性ですな…。あ奴は、一体何をしとるんだ…」
 良遵は苦しそうな表情で、顔を伏せ思いに耽る。

 一也はその良遵の表情に、計り知れぬ苦悩を感じ、自分が聞いた話を良遵に語った。
 良遵は一也の話を聞く内に、その顔を驚きに染め
「と言う事は、良顕は[マテリアル]内で異端になっとるんですな? それなら頷ける。アレの性格なら、あの中に居ても鬼畜に成れる筈が無い。なら、あの胸くそ悪い組織に、居続ける理由が存在しない筈…。それでも、戦い続けていると言う事は…、戦わざるを得ない理由が有る…。涼子さんと香織の死が、絡んでる可能性が高いな…」
 ブツブツと呟きながら、良顕も血の連鎖の中にドップリと浸かっている事を、推測でほぼ的中させる。
 血で血を洗う負の連鎖は、人々を巻き込み取り込んでゆく。
 それを断ち切るためには、全てを忘れ唯ひたすら耐えるか、相手の全てを根絶やしにするしか道はない。
 どちらの道を歩んでも、情を投げ捨てる以外無いのだった。

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