狂牙
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■ 第6章 狂った牙1

 狂った肉の宴は、終焉の時を迎えようとしていた。
 媚薬香もその全てが燃え尽き、効き目も薄れ始める。
 淫らに絡み合った、参列者もその大方は体力と精力を使い果たし、綿のように眠りについていた。
 その中で、一際粘液にまみれた白い身体が2つ蠢いている。
 毬恵と晶子だった。
 2人は体力を回復した男女に、身体を嬲らせ続けている。
 その群体の前には、腹這いに這いつくばった、孝司が苦しそうな視線で睨み付けていた。
(何故、俺を裏切る…。何故、こんな事をする…。何故、そんな身体になった…何故…何故…)
 孝司の目には、狂おしいまでの疑問が満ち溢れ、問い掛けている。
 そんな、孝司をあざ笑うかのように、毬恵と晶子は淫猥極まりない交わりを見せつけ続けた。

 孝司の死角に成る位置で、見守っていた小夜子は時計に目を向け、矢口に合図を送る。
 時刻は、6時半を少し過ぎていた。
 小夜子は、ツカツカと孝司の方に歩き始める。
 小夜子の姿を確認した、毬恵と晶子の身体が起き上がり、まとわり付いていた男女を跳ね飛ばす。
 突然の豹変に驚いた男女は、跳ね飛ばされた場所で遠巻きに毬恵と晶子を見詰めた。
 誰も寄って来ない事を確認した2人は、その場に正座して頭を床に擦りつける。
 孝司の目の前に、焼き印の押された無毛の頭が2つ並んで、火傷の跡を見せつけた。
 その姿は、孝司にひれ伏しているようにしか見えないが、孝司自身は全くその意味を理解していない。

 呆気に取られて見詰める参列者の耳に、コツコツとヒールの音が聞こえる。
 その音を聞いて、始めて起きていた参列者達は、小夜子の姿に気が付いた。
 黒いスーツ姿の小夜子は、全裸の男女の間をヒールの音を立てて、優雅に歩いてくる。
 その手には、犬の首輪が付いた2本のリードが持たれていた。
 小夜子は、孝司の背後から現れた為、孝司にはその姿が見えていない。
 這いつくばる孝司と毬恵達の間に小夜子が立ち止まると、小夜子はリードを持ったまま、首輪を2人に投げ下ろす。
 2人は直ぐに首輪を手に取り、自分の首に嵌めると、又平伏する。

 孝司は身体が麻痺している為、目の前に現れたハイヒールの女の正体が分からない。
 孝司に確認出来るのは、目の前にあるハイヒールの踵と、それを履く白く細い女の足首だけだった。
「だ、誰だお前は!」
 叫び過ぎてカラカラに掠れた声で、孝司が問い掛けるが、小夜子はその質問に答えようとしない。
 それどころか、孝司の存在自体無視していた。
 孝司は藻掻きながら、何度も問い掛ける。

 小夜子はその問い掛けをクスリと鼻で笑うと、リードを軽く波打たせた。
 その合図を受けて、毬恵と晶子の顔が上がり、スッと身体が持ち上がる。
 毬恵と晶子は、高足の四つん這いに成り顔を小夜子に向け、白い裸身を孝司に晒す。
 小夜子が2人に向かって、足を一歩差し出すと、毬恵と晶子はお互い身体を離して、小夜子の歩みに道を空けた。
 孝司の目に徐々に女の姿が、見え始める。
 足首までだった視界に、ほっそりとした脹ら脛が見え、スラリとした太股が映り、引き締まったお尻が現れた。
 小夜子の歩みに合わせ、毬恵と晶子は高足の四つん這いで、お尻を振りながらついて行く。

 距離が開き加速度的にその全体像が見えると、孝司は思わず叫んでいた。
「由梨! お前かー!」
 孝司の悲痛な叫びを聞き、小夜子が[ホーホホホホッ]大きな高笑いを上げる。
 すると、毬恵と晶子のユラユラ揺れていた尻尾が、お互いのオ○ンコを貫き合う。
 ニチャニチャといやらしい音を立てながら抽出を始め、2人は鼻に掛かった喘ぎ声を漏らし、小夜子に連れられて行った。
 1人と2匹の姿が、告別式場の扉に呑み込まれ消えると、式場のスプリンクラーが作動する。

 天井から降り注ぐ水に、昏倒していた全員が悲鳴を上げて、目覚め出す。
 式場は大量の水が降り注ぎ、グショグショに濡れそぼった。
 頭から水を掛けられた参列者は、その効果で冷静さを取り戻し、自分達の行った行為を思い出す。
 悲鳴を上げて泣き崩れる者、顔を真っ赤に染め怒りに震える者、その態度は様々であった。
 しかし、その全員がこの騒ぎの元を、孝司だと断定している。
 それは、小夜子がそう成るように、毬恵と晶子にし向けさせたのだ。
 怒りに震える、取引先の社長が孝司の顔を蹴り上げる。

 それが合図だった。
 140人の人間が、全裸のまま孝司に群がって、罵倒しながら、殴り、蹴り、引きずり回した。
 孝司は身動き1つ出来ないまま、謂われ無い暴行を受け、心身共にズタボロにされる。
 老若男女の暴行が10分も続くと、いきなり式場の扉が開かれ
「な、何だこれは! あんた達、一体何をしてくれるんだ!」
 斎場の職員が怒鳴り声を上げた。
 それもその筈である、200人入るこの斎場のメイン会場が、スプリンクラーの作動で、水浸しになったのだ。
 支配人が怒らない訳がない。

 参列者は突然現れた[常識有る者]の姿を見て、自分達の姿に慌て始める。
 そそくさと自分の洋服を探し、身に付け始めた。
 洋服を身につけた参列者達は、顔を伏せて慌てて式場を出る者や、怒りを振りまきながら帰る者が居たが、中には孝司に駆け寄り、侮蔑や罵倒を投げ掛けて帰る者もいる。
 この時には、痛みと共に孝司の身体に自由が戻り始めた。
 ヨロヨロと身体を起こす孝司に、支配人がズカズカ近付き
「あんた、どうしてくれるんだ! この後もこの会場は、スケジュールが詰まってるんだぞ! この損害は、100や200じゃ済ませないからな! 修理費と賠償金、それと葬儀代は正式に請求させて貰う。とっとと出て行け!」
 顔を真っ赤に染めて、孝司に怒鳴り散らした。

 呆然とする孝司に、職員の1人が近付き
「まぁ、セットに成ってるから、アレは火葬場まで持って行ってやる。早く準備しろ」
 啓一の棺を顎で示し、ぶっきらぼうに孝司に告げる。
「な…、まだ葬式が…」
 孝司が驚きながら、職員に呟くと
「こんなざまで、葬式もクソも無いだろ…。それとも何か? あんた1人で、その棺桶担いで火葬場まで行くか…」
 職員は怒りをかみ殺した声で、孝司に告げた。
 孝司は職員の怒りに項垂れると、職員が孝司の耳元に
「お前が妙な事をした、ウチのスタッフの中にはな…。俺の婚約者も居たんだ…、ぶち殺してやりたいぜ…」
 怒りの正体を囁いた。

 孝司がその言葉で顔を上げると、孝司を見詰める職員全員の目に、あからさまな怒りが浮かんでいる。
 孝司は項垂れて
「済みません…宜しくお願いします…」
 ポツリと呟く事しか出来なかった。
 孝司に囁いた職員が、顎で合図をすると他の職員が、一斉に祭壇を片付け、啓一の棺を移動させ始める。
 その移動には、恭しさなど皆無で、まるで粗大ゴミを扱うようなぞんざいさが有った。
 その扱いに、悔しさが込み上げてくるが、孝司は毬恵達の行った事で何も言えない。
 ボロボロに成った身体を引き摺り、職員の後に続いて霊柩車に乗った。

 火葬場に着いた孝司は、直ぐに釜に入れられ炎にあぶられる啓一を切なそうな目で見守る。
(お経の一つも上げて貰えず…、お前は骨に成ってしまうんだな…)
 孝司は、狂おしく込み上げる悲しさに、1人涙を流す。
 だが、孝司の悲嘆は、これだけでは済まなかった。
 火が消され、釜から出て来た啓一の亡骸を見て、孝司は愕然とする。
 無いのだ。
 そこに有るべき、骨が1本も存在して居なかった。
 薬物により骨格を強化された啓一の骨は、その硬さ故に熱を加えられ、粉々に砕け散っていた。

 呆然と見詰める孝司に
「けっ、シャブ中かよ…。親が親なら、子も子だな…」
 随行していた斎場の職員が呟く。
 確かに、覚醒剤などの中毒患者は骨が脆くなり、火葬の際、一部の骨しか残らなくなるが、ここまで酷い状態には成らない。
 啓一の残した物は、股間近くに落ちていた、金属球だけだった。
「お、親不孝者が…」
 孝司は、苦痛に晒されたような表情で思わず呟き、その場にへたり込んだ。

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