狂牙
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■ 第6章 狂った牙3

 昌聖は啓一の死を朝に成って知った。
 大学の友人が、葬儀に出るかどうか問い掛けてきた為だ。
 通常なら、啓一の死程センセーショナルな事件は、ニュースなどで報じられる筈だが[マテリアル]の手により、公開される事は無かった。
 インターネット上でも、啓一に関する情報が流れ次第、そのPCがサイバー攻撃され、破壊される。
 徹底した情報管理は、啓一の死を関係者以外の目に触れせなかったのだ。
 そのため、軟禁状態の昌聖は、情報の入手に後れを取ってしまった。

 昌聖は、その情報が自分に知らされ無かった意味を知り、愕然としながらも怒りを覚える。
(爺ちゃん…。美由紀を見限ったね…。僕信じてたのに…)
 昌聖の思いは、少しズレて居たが、そう遠くは無い物だった。
 昌聖を心配するあまり、一也は美由紀の処遇を良顕に一任していたのだ。
 そして、一也のこの思いが、物の見事に裏目に嵌り、昌聖は単独館を抜け出した。
 更に悪い事に、一也は宗介にも動きが有った事を伝えて居らず、事態は思わぬ方向に転がり始める。

 宗介が昌聖の不在を知ったのは、実に昌聖が館を抜け出して、30分が経っていた。
 昌聖の不在をひた隠しにする美咲達を問いつめ、やっとの事で手に入れた情報は、啓一の死と昌聖の脱走だった。
「クソ! 何で爺さん俺にまで隠すんだ! 完全に出し抜かれた!」
 宗介は苛立ちを隠せず、携帯電話を取り出すと
「もしもし! 昌聖、30分も前に姿を眩ませました! 何で、俺にも情報統制なんか…。一体何を考えてるんですか!」
 一也に連絡して怒鳴り散らした。
『30分! 何をやっとるんじゃ! 何の為に、お前に監視を頼んだ!』
 一也は一也で自分の非を認めるどころか、逆に捲し立てる。

 宗介は流石に頭に来て
「こんなミッション、成功させる事なんて、不可能ですよ! 情報は来ない。周りは敵だらけ。保護する人間は身勝手! 俺に一体どうしろって言うんですか!」
 怒りを顕わにすると
「全く、未熟としか言えんな…。宗介、お前良くそんな泣き言を言って、死線を潜れたな…」
 低く渋い声が、リビングの入り口から聞こえる。
 宗介はその声に、顔を向けると
「し、師匠…」
 ボソリと呟いた。

 館のリビングの入り口には、黒ずくめの衣装を纏った、良遵が立って居た。
「全く、お前が日本に戻ってると聞いて、顔を出したが…。いつまで経っても、ガキだなお前は…。今はそんな事を言ってる場合か?」
 良遵が呆れ果てた顔で、宗介に言うと
『師匠って…住職か? そこに来とるのか? なら、合流せい!』
 宗介の携帯電話から、一也の声が微かに聞こえる。
 良遵は顎で宗介に示し、携帯電話を戻させると
「合流すると伝えろ…」
 渋い声で、答えながら顎をしゃくって、踵を返す。

 宗介は呆気に取られながら、良遵の後を追い
「師匠と合流します。で、場所は?」
 一也に問い掛けると
『恐らく、昌聖は葛西の家じゃ! 兎に角急げ!』
 一也は宗介に指示を出して、携帯電話を切る。
 宗介は、ポケットに携帯電話を滑り込ませ、良遵に並び掛けると
「師匠…戦闘ですよ…。その…大丈夫なんですか…?」
 気まずそうに問い掛けた。

 良遵は左手で右足を叩き、[カキーン]と言う、甲高い金属音を立て
「儂は良い弟子に恵まれた。今は、[雷神旋]が打てるぞ…」
 ニヤリと笑いながら、宗介に答える。
「昌聖ですか?」
 宗介が驚きながら、良遵に問い掛けると
「もう、技術だけなら立派な[ギミックマスター]じゃ。あいつの右に出るモンは、恐らく世界でもおらんじゃろ」
 良遵は楽しそうに認めながら告げた。
「じゃから、死なせる訳にはいかん…。急ぐぞ宗介」
 真剣な表情でボソリと呟き、歩調を早める。
「ええ、解ってます。俺の弟分ですから…」
 宗介も頷いて、良遵と共に足を速めた。

◆◆◆◆◆

 昌聖は一也の読み通り、葛西家に向かっていた。
 昌聖の考えでは、啓一の葬儀を行っている以上、メインの警備はゲームの主会場で有る、斎場に向いている筈だと考え、狙いを決めた。
 それに、美由紀は言ってみれば[ゲーム]には関係のない、第3者である。
 そんな人間を進んで、メイン会場に連れて行く筈は無い、と思い葛西家に向かったのだ。

 昌聖が葛西家の1ブロック前に着くと、ピタリと動きを止める。
(な…、何だこれ…。監視カメラが増えてるなんて、生易しいモンじゃないぞ…)
 眼鏡に映り込む、監視モニターの数が、今現状で既に5台確認出来た。
 昌聖は、カメラの監視範囲を確認し、踵を返して道を戻る。
 そのまま、葛西家の有るブロックをぐるりと歩き、周辺の状況を確認すると、何所もカメラの量が増え穴が消えていた。
(この監視カメラの量…。逆に人間の少なさを露呈してるのか…。クソ…、よく分からない…だけど、このままじゃ、絶対に美由紀は僕の元に返って来ない気がする…)
 昌聖は本能的にそう感じ、足を葛西家の方角に向ける。

 昌聖が葛西家の方角に歩き始めて、暫くすると一台の貨物トラックとすれ違う。
 昌聖はそのトラックを避けて、カメラの死角を突きながら、葛西家に向かった。
 葛西家に着いた時、その賑やかしさに訝しむ昌聖。
 葬儀の真っ最中の葛西家は、何人もの作業員が行き来し、まるで引っ越しの真っ最中だった。
 人の多さに舌打ちをしながら、葛西家の前を過ぎると、昌聖の顔がギクリと引きつる。
 だが、その表情の変化は直ぐに消え、昌聖は俯いたまま葛西家の前を通り過ぎた。
(不味い…、美由紀は、もうここには居ない。一歩遅かった…)
 昌聖がそう判断した理由は、先程すれ違ったトラックと、葛西家の前に止まっているトラックが、全く同じだったからだ。

 昌聖は足早に、監視されているブロックを抜けると、トラックが走っていった方角に向かう。
 だが、直ぐにその足は止まり、美由紀が既に自分の手の届かない場所に移った事を理解する。
 昌聖がガックリと肩を落とした時、目の前を過ぎる車に信じられない人物が乗っているのを見た。
(あっ、あれ? 今の、啓一のお父さん…。どういう事? まだ、葬式は始まってさえいない筈…)
 昌聖は疑問を抱きつつ、時計に目をやる。
 時計は9:30分を少し回ったばかりだ。
(おかしい…。こんな時間に、どうして喪主のあの人が…)
 そう思った時には、昌聖の足は監視区域を回り込み、葛西家に向った。

 昌聖が監視区域を回り込み、葛西家の見える道路に出ると、目の前からボロボロの礼服を身に纏った孝司が、蒼白な顔で走ってくる。
 昌聖は思わず顔を伏せ、孝司とすれ違った。
 すれ違った瞬間、孝司が昌聖に向かい
「あっ、済まない…」
 掠れた小声で謝罪すると、そのまま大通りに向かう。
 昌聖は一旦孝司をやり過ごし、直ぐに角を曲がって少し離れた場所から、大通りに戻るとタクシーを拾う。
 昌聖の気持ちは焦っていた、あのタイミングなら、間違い無く孝司は先に向かっている。

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