狂牙
MIN:作

■ 第6章 狂った牙5

 メインモニターに映る、孝司の映像を良顕は天童寺と見ていた。
 良顕は革製のごついジャケットを羽織り、1人掛けのソファーで足を組んでいる。
 その右側には、2m程離れた位置に、ガウンを纏った天童寺が座っていた。
 天童寺はブランデーを飲みながら、楽しそうにメインモニターを見ている。
 良顕は何も飲まず、ジッと黙り込んだまま、孝司の全てが消えて行く様を見詰めていた。
 それは丁寧に、しかも徹底的に潰される、孝司の人間関係。
 築き上げた家庭、知人との信頼は瓦解し、積み上げた実績は根こそぎ消えた。
 孝司の過去と現在と未来が磨り潰される。
 その孝司の落胆を、天童寺はブランデーを楽しみながら眺め、良顕は重い刃のような視線で見詰める。

 良顕は、斎場で繰り広げられる、大乱交の終焉を見ながら、スッとポケットの中に右手を滑り込ませた。
 サブモニターでは、トラックの荷台に乗った小夜子が、毬恵と晶子の記憶を奪い去っている。
 すると、天童寺が良顕を一瞥もせず
「何だ…。もう手詰まりか?」
 ボソリと呟くように、問い掛ける。
 良顕の身体が、その言葉でピクリと震え、クスリと笑う。
「やはり、知っていたか…。ろくなボディーチェックもしなかったから、間違いないと思っていた」
 良顕はそう言いながら、ユックリと右手をポケットから引き出す。
 その手には、何かグリップのような物が握られている。

 天童寺がユックリと首だけ回して、良顕を見て微笑み
「ああ、連絡は受けている。だから、この屋敷には、そのスイッチを無効にする周波数の妨害電波が流れてる」
 余裕を浮かべながら、良顕に告げた。
 天童寺は、ここで良顕が驚くと思っていたが、良顕は逆にニヤリとした笑みを強め
「晃は、どうやって俺の命乞いをしたんだ?」
 天童寺に静かに問い掛ける。

 その言葉に、天童寺の表情から笑みが消え
「お前、まさか知っていたのか…。美加園が、お前を裏切っていた事を…」
 ボソリと低い声で問い掛けた。
「ああ、解ってたさ。あいつは俺の親友で、俺はあいつを良く知っている。だから、あのお節介が、こんな時どう動くかも、十分理解していた…」
 良顕はニヤリと獣の笑みを浮かべ、天童寺に笑いかけ
「だから、自爆用のジャケットを着てる俺に、おざなりなボディーチェックしかしない事も予想は出来た訳だ。ここまで言えば解るか? こいつはあいつが用意したジャケットじゃ無く、俺が別に頼んだ同じ仕様のジャケットだ。勿論、スイッチの周波数帯も違う。正真正銘の[自爆用]さ…」
 静かに天童寺に告げた。

 天童寺は、良顕の視線をまともに受止め、表情を固めたまま
「ブラフでは無いようだな…」
 呟くように、良顕に問い掛ける。
 良顕が肩を竦めると、天童寺は噛み殺した笑いを上げ、爆笑した。
 良顕は、その笑いに訝しげな表情を浮かべ、天童寺を見詰める。
 天童寺は、フッと笑いを収めると
「死を選ぶ事は簡単だ。だが、それは只の自己満足だとは思わんか? 残された者が、その後どういう目に遭うか、考えた事があるのか? お前は、そこまでフォローしているのか?」
 良顕に静かに問い掛けた。

 戸惑いを浮かべる良顕に、天童寺は尚も言葉を続け
「例えば、今この空間。これは、お前が思い描いていた状況か? そこに穴は無いのか?」
 良顕に問い掛けると、良顕は始めてリビングの中に意識を向ける。
 来た時と同じく、壁際に並ぶメイド奴隷達、リビングの奥に控えるキリングドールズ。
 全てを見守る、由木。

 良顕の思考は、そこでピタリと止まり
(由木…。いや、違う! キリングドールズが、別人だ!)
 天童寺の言わんとしている事に気付く。
 天童寺は、良顕が気付いた事を知り
「[目に見える事が全てでは無い]中々、含蓄のある言葉だ。それが全てでは無いかも知れんが、その意識を持って、事に当たるのは必要だな…。なぁ、由木…」
 天童寺が由木に問い掛けると、由木はスッと頭を下げ、能面のような顔を俯かせる。

 良顕は、由木の反応を見て、大きな溜息を吐き
(だな…。これも、想定しておくべきだった。俺との付き合いは2年だが、天動寺とは比べるべくもない…)
 身体の緊張を緩めると、天童寺の左手の肘から先が、軽く上がる。
 すると、スッと1人のメイド奴隷が頭を下げて退出し、暫くして戻って来た時は、晃を筆頭に乙葉達も現れた。
 乙葉達の後ろに、忠雄と啓介が車椅子に乗り、メイド奴隷に押されて現れる。
 脂汗を流し顔をしかめているのは、恐らく何所か怪我をして、その痛みに耐えているのだろう。
 最後に本物のキリングドールズが現れ、偽物と入れ替わった。

 項垂れた晃が、良顕の顔を見て
「良ちゃん、ごめん…」
 小さく一言だけ謝る。
 良顕は晃に軽く手を挙げ、優しい微笑みを浮かべた。
(気にするな…。お前は、それが最良だと思ったんだろ…)
 良顕の微笑みには、その気持ちが嫌という程籠もり、晃は涙を流す。
 全てを任せた友人は、良顕を見捨てる事が出来ず、良顕の意志を曲げたのだ。

 そんな光景を見ていた天童寺が
「美加園はな、儂に研究の全てを渡し、奴隷になる事を誓った」
 ボソリと呟く。
 良顕の顔から微笑みが消え、鋭い視線で天童寺を睨む。
「お前を殺さず、儂の部下に置く事を条件にだがな…」
 天童寺は、良顕の視線を受け止め、低く響く声で告げる。

 天童寺が再び、左手を持ち上げ手を振ると
「はい、畏まりました。至急、美加園氏の奴隷契約申請書採決を本部に通します。小一時間程で、書類は受理され正式に、叶氏の奴隷と成るでしょう」
 由木が固い声で、天童寺に告げた。
「全く、一足違いで、お前の名前で書類が提出されたから、少し骨が折れたわい…」
 天童寺はグラスを掲げ、良顕に妨害工作の事実を認め
「まぁ、コレも力の内じゃ」
 ブランデーを喉に流し込む。

 暫くの沈黙が続き、天童寺がブランデーのグラスを空けると
「さて、どうする? このまま、この場にいる全員を巻き込んで、その爆弾を爆発させるか? そうなったら、まぁ儂とお前と、数名の奴隷は死ぬだろうが、後ろのあいつらは生き残る。このリビングの後ろ半分は、特殊ガラスが爆発や振動を感じると、コンマ02秒程で遮蔽する仕組みになっとる。生き残ったあいつらが、儂の後継者にどんな目に遭うか…。まぁ、儂の趣味を見て居れば、想像は容易いと思うぞ…」
 良顕に笑いながら問い掛ける。
 この問い掛けで、完全に良顕は敗北した。
 天童寺に刃向かう良顕の牙は、全て剥ぎ取られてしまった。

 良顕は慎重に右手のグリップを左手に持ち替え、空いた右手をポケットに戻すと、リングが着いたピンを取り出し、グリップに差し込んで無造作にテーブルに放り投げる。
「あ〜っ、くそ熱ぃ!」
 声を上げながら、革のジャケットを脱ぎ捨て、グリップの上に放り投げた。
 ドスンと異様に大きな音を立て、ジャケットが床に落ちると、壁際の奴隷メイドがスッと近付き、ジャケットとグリップを持って下がる。
「アレだけのテルミットが有っても、この屋敷のリビングは壊せん。まぁ、儂らは肉も残らんがなハハハッ」
 天童寺が笑い飛ばすと、良顕は鼻で笑い、右手でグラスを持つように差し上げた。
 壁際のメイド奴隷がスッと、ブランデーのロックを良顕に手渡す。
 良顕は、面白くもなさそうに、クッとグラスを傾け、ブランデーを一息で空けた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊