狂牙
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■ 第6章 狂った牙7

 サブウインドーが消え、モニター画面には葛西家の門前で、言い合いをする孝司が映っていた。
 孝司の言い分を全て跳ね除け、ぞんざいに扱うスーツの男は、確実に[マテリアル]の人間だ。
 いや、それどころか、この場に居る孝司以外の人間は、全て[マテリアル]の者だった。
 そうでなければ、こうも高圧的な態度を取る筈が無いし、家族の写真を目の前で踏みにじり、細切れにする必要もない。
 ましてや、取り落とした骨壺の上に、ハンドルで調整しながら、狙いを付けて車を走らせるような真似は、絶対にする訳がなかった。

 メインモニターいっぱいに、愕然とし項垂れる孝司の顔が現れる。
「けたクソ悪い…」
 良顕が鼻梁に皺を寄せ、ボソリと呟くと
「おお、そうか。確かお前の実家は、坊主だったな…。死者に対する冒涜は、やはり腹が立つか?」
 天童寺は、良顕をからかうように問い掛け、新しいグラスを要求した。
 良顕は天童寺の言葉に、一瞬怒りを顕わにしたが、後方で膨れ上がる殺気に、気持ちを落ち着ける。
(くそ、完全に人質を取られてる状況で、何も出来ないのは、心底ムカ付く!)
 良顕が大きく溜息を吐いた時、モニター画面で、孝司が背の高い青年とすれ違う。
 瞬間、後方で千佳が[あっ]と呟いた。

 その声に、天童寺が微かに反応すると、良顕の横顔をジッと見詰める。
 良顕の表情は、微動だに動かなかったが
(な、何で、ここに現れる![不干渉]が盟約だった筈だ…。掠われた、彼女を助けに来たのか…)
 内心は相当焦りを覚えていた。
(後ろの奴隷の声は聞こえた筈だ…、その上であえて無視を決め込むという事は、この青年何かあるな…)
 天童寺は、良顕の表情の無変化を読み取り、逆に知人と判断した。
 だが、どの程度の知人か判断が付かず、昌聖の存在を心に留める程度にする。
 この判断の結果が、後に大きく影響するとは、天童寺でも判断出来なかった。

 良顕はこの時、天童寺に昌聖の存在を突き詰められなかった事に、安堵を覚える。
(今のは、マジでやばかった…。今天童寺の資産は、約500万…プール額は245万だから、次のベットは49万…。今の状態で問いつめられれば、[ブラインド]が届かない…。折角ここまで詰まったんだ、何か…、何か、後一手無いか…)
 必死でポイントを計算するが、何の手の打ちようも無い事に、良顕は歯噛みした。
 そんな良顕とは裏腹に、天童寺はタクシーに乗る、孝司を見詰め
(さて、そろそろ詰めに入るな…。会社に行けば、否が応でも自分の状態が解るだろう…。何もかも無くして、誰1人寄る辺が無くなれば、お前の性格なら、結末は見えている…)
 孝司の性格まで調べ尽くし、シナリオを描いた天童寺は、この時点で100%の勝利を確信した。

 タクシーで移動する孝司の姿が会社前に現れ、社員に見つかると、趨勢は一挙に結末に向かい始める。
 孝司は襟首に掴み掛かった社員に、苦しそうな視線を向け押し黙っていると、ビルの中から次々に社員が現れ、孝司の周りを取り囲む。
 社員の言葉に愕然とする孝司。
 ビルの中から、止めを刺す為に出てきた矢口が、孝司を罵倒する。
 矢口の罵倒で、殺気立つ社員に恐れを感じながらも、何一つ説明出来ない孝司は、その場から逃げ出した。
 追いすがろうとする社員達に、要らぬ介入をさせない為に、矢口が制止の声を掛ける。
「こいつの三文芝居も、中々使えたな…。上手く制御出来とるわい」
 天童寺が、矢口の芝居を褒めると、モニターには銀行に入る孝司の姿が捉えられた。

 数分して、肩を落としながら現れた孝司。
 全ての資産が完全に無くなった事を知った孝司は、最早死霊のようにユラユラと揺れていた。
 孝司の身体が、閑散としたオフィス街を駅に向かい始める。
 孝司の向かう駅は、駅にたどり着く前に高架陸橋が有り、毎年数名の自殺者が出ていた。
 それは、場所柄なのか、死者が呼ぶのか、はたまたその両方なのか判然としないが、その数字はリアルな物として、皆に語られている。
 そんな高架橋に、孝司の身体が差し掛かり、遠くの方でカンカンカンと電車の通過する事を教える、電子音が響いて来た。
 孝司の身体がビクリと震え、幽鬼のような無気力な青い顔が、音の方を向く。
 孝司の視線の先に、オレンジ色の電車が小さく映る。
 それに誘われるように孝司の身体が、陸橋の手すりに引き寄せられた。

 その時、別アングルで孝司を捉えていたサブウインドーの端に、良顕は見覚えのある顔を見つける。
(こ、近藤君! こんな所まで!)
 良顕の頬がピクリと跳ね上がった事に、天童寺が気が付いた。
「ほう…。この青年、こんな所にも現れたか…。一体、彼は何者なんだ?」
 呟くようにメイド奴隷に問い掛けると、メインモニターとサブモニターの映像が切り替わり、昌聖の顔が大きく映る。
 モニター上の昌聖の顔が四角い枠で囲まれ
「データーベースで検索します」
 メイド奴隷が落ち着いた声で告げると、良顕の顔が悔しそうに歪んだ。

 だが直ぐにモニターの昌聖の横に[Can’t search]の文字が現れた。
「何だ個人の情報に[ブラインド]を掛けているのか? 彼はそんなにお前のお気に入りか…[パブリック]の申請だ」
 天童寺が、メイド奴隷に命じるとメイド奴隷が手続きを始める。
 良顕は、ジッと天童寺とメイド奴隷の遣り取りに耳を傾けながら、最後の抵抗を試みようとしていた。
 それは、言ってみれば、良顕が最後に通せる[筋]のような物だった。
「天童寺…さん…」
 良顕が口を開き呼び掛ける。
 天童寺はその言葉に、ピクリと反応し
「…さんだ…?」
 小さく呟くと、ジロリと睨め付けるような視線を向け
「まさか、お前はここで[負け]を認める訳じゃないだろうな…」
 押し殺した声で、良顕に問い掛けた。

 良顕はスッと視線を天童寺に向けて
「ああっ、そのつもりで話し掛けた。今、この状態で、俺は[負け]を認める」
 ハッキリとした声で、天童寺に告げる。
 良顕が告げると、天童寺はジッと良顕の目を真正面から見据えた。
 2人が沈黙する中、スッと由木が2人に近付き
「叶様より[ギブアップ]の申し出が有りました。これにて本部は[ゲーム]の終了を認めます。この[ゲーム]に関するデーターは、特例が無い限り永遠に封印されます」
[ゲーム]の終了を宣言する。
 良顕の敗北が、ここで確定された。
 良顕の資産のその全ては、天童寺の物となった。

 良顕の奴隷達は、皆一様に項垂れ、主人の敗北を認めた。
 その場にいた全員が、天童寺の[勝利]で[ゲーム]に幕が下りたと思った。
(済まんな…、昌聖君…。君の奴隷は、無事に送り届ける事は出来ないかも知れない…。だが、俺は全てを掛けて、君の奴隷を庇護し、いつか手元に返す…)
 良顕は項垂れながら、昌聖に謝罪する。
 昌聖の素性を庇護し、美由紀を守る為に、良顕は最早抵抗する事を止めた。
 これが、現状で良顕に出来る、最大の手だったのだ。
 一也と約束した事を守り通す為、現状での[敗北宣言]だった。

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