狂牙
MIN:作

■ 第6章 狂った牙8

 良顕の目を見ながら、天童寺が口を開く
「認めん!」
 ボソリと低く太い声が、良顕の言葉を強く否定した。
 由木の表情が強ばり、良顕の表情が鋭い獣の視線に変わる。
「そら、その目だ! そんな目をする男が、あっさり負けを認めるのは、その男の矜持に関わるからだ。そんな矜持を持った犬は、必ず飼い主の首に喰らい付く。そんな、猟犬もおつだが、お前は剣呑すぎるわ…。どれ、お前が何を隠そうとしたのか、しっかりと見せて貰おうか」
 天童寺はニヤリと笑いながら、良顕の敗北宣言を拒絶し[ゲーム]の継続を告げた。
 良顕の鼻梁に、深く強い皺が寄り、眼光が更に鋭くなる。
「天童寺…。お前は、人をそこまで嬲るのか…」
 良顕の言葉に、天童寺は獰猛な笑みで返しながら
「人は、そんな目をしては居らん。お前の目は、獣その物だぞ」
 良顕に静かに告げた。

 良顕と天童寺の遣り取りに宛てられた、壁際のメイド奴隷が、ビクビクと身体を震わせ、頬を赤く染める。
 彼女達は、無論天童寺の所有する奴隷の中でも、最上級のランクであり、皆S以上の奴隷だ。
 その奴隷達が、解放された獣性に堪える事が出来ない程、欲情している。
 本来の良顕は、自分で解放しても、これ程の獣性は放てなかった。
 人としてのモラルやルールに、縛られているからでも有るのだが、本来持っている性質により、無意識に抑制されていた。
 それを天童寺の老獪な獣性が、良顕の潜在する獣性を解放させたのだ。
 歯噛みする程の攻撃性を顕わにしながら、良顕は天童寺を見詰める。
 天童寺は、その視線を真正面から受け止めて
「[パブリック]の申請を続けろ! この小僧の素性だ!」
 惚けていたコンソールを操作するメイド奴隷に命じる。

 メイド奴隷が慌てて、コンソールを操作すると
『ピンポロン』
 空気を読まない間の抜けたチャイムが鳴り
『[パブリック]の申請を受理しました』
 女の声が天童寺に告げる。
 すると、再びチャイムが鳴って
『天童寺様より[パブリック]の申請が御座いました』
 同じ女が良顕に告げ、内容を確認すると
「[再ブラインド]だ! 開示は認めない!」
 鋭い声で、メイド奴隷に命令する。

 メイド奴隷が、良顕の声で素早く動き、[再ブラインド]の申請をした。
 天童寺の30回目のベット490,585に対して、良顕の[再ブラインド]は2,600のベットで行える。
 だが、良顕はコレが只の足掻きでしかない事も、良顕には解っていた。
「ほう…、そこまで足掻くか…。だが、解っているだろ? 現状では、僅かに届かないと言う事を…」
 天童寺はニヤリと笑い更に[パブリック]を求める。
 2人はお互いに、意地に成ったように[ブラインド]と[パブリック]を繰り返し、モニター上の資産がカタカタと目まぐるしく変動した。
 33回目の[パブリック]申請でその態勢は決する。
 天童寺が851,807のポイントをベットし、良顕は20,800のポイントをベットした。
 この時点で、天童寺の所持ポイントは2,265,241残っており、対する良顕には8,406のポイントしか残っていなかった。
 つまり、天童寺はまだ[パブリック]を申請出来るが、良顕にはそれを[ブラインド]するポイントが無い、と言う事だ。

 天童寺は、満足げな表情を浮かべながら
「足掻いたな…。儂にここまでポイントを使わせたのは、お前が初めてだ」
 良顕に告げる。
[ぐっ]と歯を食いしばり、天童寺を睨み付ける良顕に
「しかし、良くコレに気付いたな…この[ゲーム]の中で唯一、お前が有利に成るポイントに?」
 天童寺は賞賛を浮かべながら、良顕に問い掛けた。
「ああ…、途中で気付いた…。ポイントはルールに有る、[ブラインド]の保護と別レートのベット設定だ。アレだけがこの[ゲーム]内で浮いていた。雪だるま式に増えるこの[ゲーム]のベットから完全に隔離されている。そしてそれをどう使うべきかも、直ぐに思いついた…」
 良顕が答えると天童寺は、楽しそうに[フッ]と鼻で笑う。

 良顕は悔しそうに歯噛みすると
「開始時のチップ数10,000ポイントは、双方の力の差を見せる為の物だと思っていた。だが、それが違う事には直ぐに気付いた。アレは、必要だったんだ、ペナルティーで俺の資産を吹き飛ばすため、俺を[ゲーム]に参加させる為、お前にはどうしても必要だった。だが、それは同時にお前の首を絞める結果に成る。デカ過ぎるんだ。ポイント数がな…」
 良顕が告げると
「ふむ、流石だな…。まぁ、普通の奴ならそれに気付く前に、儂に張り合って[ゲーム]の主導を取ろうと自滅する。同じ土俵で儂に勝てる筈がないからな…」
 天童寺は肩を竦めて、良顕の言葉を認める。

 良顕はその言葉を聞き、自嘲気味に鼻で笑うと
「だが、気付いてもどうする事も出来なかった…」
 ボソリと呟きモニター画面を見詰めた。
 天童寺もほぼ同じタイミングで、モニターに視線を向けると
「[パブリック]だ」
 短くメイド奴隷に命令する。
 メイド奴隷が頷いて、操作を開始するとモニターの数字が、カタカタと動きベット数1,026,329の数字が、総プール数の中に溶け込み、天童寺の残り資産が1,238,912に成った。
「おう、ギリギリだったな…。儂の資産が底を尽き掛けたのは、始めて見たわい」
 天童寺は、楽しそうに呟いた。

 その時、いつもの間抜けなチャイム音が鳴り
『本部から叶様に連絡です。美加園晃の奴隷申請が受諾されました。美加園の所有する全ての権利が、叶様に移行します』
 女がいつもの口調で、良顕に報告する。
 モニター上の良顕の資産数が、カタカタと動き始めた。
「おう、これでお前が負ければ、美加園も儂の物だな。資産が1万程増えても、どうする事も出来んだろう」
 天童寺が笑いながら良顕に告げるが、その笑い顔が凍り付く。
 良顕の資産数が20,000を超えても止まらないからだ。
「あっ、もしかして…!」
 美加園が背後で大きな声を上げ、何かに気付いた。
 良顕も、その声で意味を知り
「洗脳薬の利権か!」
 椅子から立ち上がり、後方の晃を見詰めた。

 モニター上の良顕の資産数が、41,808で止まる。
 晃の資産は33,402有ったのだ。
「ば、馬鹿な…。新薬の利権が20,000を越えただと…」
 天童寺が呟くと、チャイムが鳴り女の声で[パブリック]が伝えられた。
 良顕は、その申請に
「[再ブラインド]だ!」
 大きな声で、メイド奴隷に告げる。
 メイド奴隷は、天童寺の許可を受ける前に、良顕の指示に従い手続きを行った。

 天童寺の資産数1,238,912、良顕の資産数208。
 どちらも、ベットに必要な額に満たず、双方この[ゲーム]に対する手出しが出来なくなった。
 良顕は一也との約束を果たせた事に、ホッと胸を撫で下ろす。
[ゲーム]の帰結は人の手を離れ、ダイスが転がるように、天のみぞ知る状態に移行する。
 良顕と天童寺は、お互い睨み合ってユックリとソファーに身を沈めた。
 モニター上では、昌聖が孝司に近付き始める。
 良顕は、後は昌聖の行動に全てを掛けるしかなかった。
(頼む、昌聖君! 孝司の自殺を止めてくれ)
 良顕は真剣な表情で、モニターの昌聖に願う。
 天童寺は火の出るような視線で、昌聖を睨み付けていた。

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