狂牙
MIN:作

■ 第6章 狂った牙9

 メインモニターには孝司の姿が映し出され、昌聖の姿はサブ映像に回された。
 メインモニターに映る孝司の身体が、フラフラと橋の中央付近に進み、その身体が欄干に寄って行く。
 良顕がジッと見入っていると、孝司の動きに気付いた昌聖の両肩が、スッと下に落ちる。
 その瞬間、昌聖の身体が静かに前に倒れ始めた。
(だ、脱力? どう言う…)
 良顕が、昌聖の動きに不思議さを感じ、それを頭の中で反芻している間に、それは起きた。
 メインモニターに映る、孝司の身体が陸橋の欄干に掴まり、片足が欄干の上に乗ると、画面の中を影が過ぎり、孝司の身体がメインモニターから消える。
 突然姿を消した孝司を見て、天童寺が呆気に取られた。
 今、後数秒で、天童寺の完全勝利が確定していたのだ、当然と言えば当然のリアクションである。

 だが、その天童寺のリアクション以上に、良顕のリアクションは大きかった。
 良顕は、ソファーの上から立ち上がり、愕然とした表情でサブウインドーを見詰めている。
 そのウインドーのアングルでは、昌聖が5mの距離を瞬時に移動し、孝司を抱えてフレームアウトしたのだ。
(今のは、間違いなく[雷神]だ…。な、何で彼がアレを使える!)
 良顕の中で膨らむ疑問に
「何じゃ! 今、何が有った!」
 天童寺が、怒鳴り散らす。
 だが、その瞬間、誰も予想しない事態が起きた。
 次々と、モニターに映る映像が、ダウンし始めたのだ。

 呆然とする、天童寺と良顕。
 その2人が見守る中、全てのモニター映像が消えてしまう。
 しかし、そんな中天童寺は直ぐに自分を取り戻し
「一体何が有った?」
 メイド奴隷に問い掛けると
「はい、本部でも解っていませんが、次々に[ウォッチャー]からの映像が、送られ無く成ったそうです」
 受話器を持ったメイド奴隷の1人が答えた。
 天童寺はその答えを、キッとモニターを睨み付けながら聞く。
 ブルブルと震える天童寺の奥歯から[ギリリッ]と歯噛みの音が漏れた。

◆◆◆◆◆

 昌聖が孝司の身体を抱え込み、高架陸橋の上に倒れ込むと、昌聖の腕の中で孝司がキョトンとした顔をして見上げていた。
「早まった真似は、止めて下さい!」
 昌聖が孝司に強い調子で告げると、孝司は情けない表情を浮かべ
「離せ! 離してくれ! 俺は、もうお仕舞いなんだ!」
 駄々をこねる子供のように、暴れ始める。
「貴方は、嵌められたんです! こんな事しちゃいけない!」
 昌聖は孝司を取り押さえながら、怒鳴った。

 昌聖の言葉に孝司が反応し
「嵌められた? ど、どう言う事だ!」
 孝司が昌聖に掴み掛かって、問い掛けると
「そこまでにして貰おうか…。この人には、どうしてもそこから飛んで貰わなきゃ、いけないんでな…」
 昌聖の背後から声が掛けられた。
 昌聖がその声に驚きながら、背後に視線を向けると、黒い闇を切り取ったような雰囲気の男が、体側に手を垂らし立って居る。
 昌聖の背中に、ゾクリと冷たい物が流れ落ち
(し、しまった! 完全に後ろを取られた!)
 自分の迂闊さを悔いた。
 男の手がソロリと動き掛けると、昌聖が感じている冷たさが、強く濃く成る。

 昌聖が死を予感した瞬間、一台の黒いベンツが、男の背後から突進してきた。
 男はベンツに一瞥もくれる事無く、左手を閃かせると、ベンツの右前部が道路に接触し、男を巻き込むコースで欄干にぶつかって行った。
 男の身体を巻き込んだかに見えたが、男はベンツの突進よりも僅かに早いタイミングで、宙に飛び上がり激突をかわしていた。
 ベンツの運転席が開き、その中から黒い影が飛び出し、昌聖に向かって突進する。
「宗介さん!」
 昌聖は突進する影に、驚きの声を上げると、宗介は右手に持ったナイフで昌聖の身体の周りを素早く薙いだ。
 昌聖は身体中から、何か微かに引っ張られるような抵抗を感じ、驚きを浮かべていると
「鋼糸だ! あいつの指が、後数o動いてたら、お前達は死んでたぞ!」
 宗介が怒鳴りながら、男に向かって構えを取った。
 黒い男が、ニヤリと不気味な笑いを浮かべ
「ほう…。今は、東欧じゃなかったのか…[ナイトマスター]ともあろう者が、職場放棄か?」
 宗介に問い掛ける。
「お主こそ、今の行為は重大なルール違反の筈じゃろう…」
 ベンツの助手席から、スッと姿を現した良遵が告げた。

 良遵の姿を見た、黒い男は大きく目を見開き
「爺…。まだ、生きてたのか…」
 ボソリと呟くと
「おお、お前に奪われた右足が疼いての…、死んでも死に切れんかったわ…。才寛(さいかん)いや、今は霧崎か…辛の鬼子(おにご)が今度は、何を企んどる? 兄弟子を誑(たぶら)かしただけでは、まだ足りんのか…」
 良遵が霧崎に問い掛ける。
 霧崎が3人から間合いを取りながら、右手を振ろうとすると
「止めておけ。お前の芸は、宗介には通じん…。鋼糸を切り裂いた手並みを見れば、お主にも解るじゃろ…。宗介、その人を連れてこの場を離れろ。儂は、今暫くこやつと遊んで行く」
 良遵が静かに、しかし有無を言わせぬ口調で、宗介に告げた。
 宗介は、一瞬躊躇ったが
「何、こんな身体でも、こやつ1人に後れは取らん。さぁ、早う行け」
 良遵に促され、宗介は言葉に従った。
 昌聖は心配そうに良遵を見るが、宗介が目で合図し共に移動する。

 宗介と昌聖が孝司を連れてその場を離れると
「さて、お主もそうそう悠長には、して居れんじゃろう…」
 良遵は霧崎に呟く。
「くっ、大口を叩くじゃないですか…。その身体で、本当に私に勝てるんですか? 私が貴方の右足を頂いたんですよ?」
 霧崎は、良遵に向かって問い掛けると
「ぬかせ…。あの双児に囲まれ無ければ、お前如きの技、儂に通用する筈も無かろう」
 良遵は霧崎の言葉を鼻で笑い、ユラリと身体を移動させた。
 ベンツを挟んでの対峙では、良遵の攻撃が制限される為だが、霧崎もそれを理解し間合いを計る。
 この時、霧崎の指が忙しなく動き、何かを操っていた。

◆◆◆◆◆

 宗介と昌聖は孝司を連れて、高架陸橋を渡り終えると、孝司は宗介に向かって
「な、何なんだ! これは、一体どうなってるんだ? 何がどういう事なのか、俺に説明してくれ!」
 必死の形相でしがみ付き、問い掛ける。
 宗介は昌聖の顔を睨み
(何を言った!)
 目で問い掛けたが、昌聖は視線を外して逃げる。
 宗介が視線を孝司に向けて
「詳しくは、後程説明します。今は、身の安全が一番です」
 力強く説明すると、孝司は宗介の迫力に押され、黙り込み昌聖に向き直る。
 昌聖は、苦しそうな表情で孝司を見詰め
「済みません。僕の口から説明は、出来ないんです…」
 項垂れて孝司に謝罪する。

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